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第3章 別れと旅立ち――白豚と龍帝――
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しおりを挟む「最初はニコニコ話しかけてくる幼い彼女が鬱陶しかった。だけど、めげずに何度も声をかけてきて、『狼大兄、狼大兄』と慕ってくれたんだ。だけど、少年時代の俺は頑なに彼女を拒否していた」
彼は続ける。
「だけど、そんな中、彼女に実は特殊な力があることを知ったんだ」
「特殊な力――?」
すると天狼が頷いた。
「ああ、たまにだが――未来が視えるという、特殊な力が――」
――未来が視える?
蘭花の心臓が、どくどくと高鳴りはじめる。
「最初は他の大人たちのように、子どもの不思議な言動ぐらいに思っていた。だけど、そうではないと気づいた。俺は危うく大人の怒りを買って、命を失いかけたことがあったんだが、彼女が予言してきたことで免れたことがあったんだ。そうして、彼女も大人から『嘘つき』呼ばわりされて、苦しんでいることを知ってしまった。そんな彼女に親近感を抱いたのか、俺はだんだん心が絆されてしまった」
――嘘つき呼ばわりされていた。
(なんとなく身に覚えがある……)
頭の中に、綺麗な顔立ちの黒髪の少年がちらつく。
「そんな中、盗賊団の頭領が彼女の能力に気づいてしまった。俺は反発した。だが、ダメだった。彼女の力を利用して、どんどん金をまきあげるようになった。彼女は未来が視える少女だと、だんだんと噂になった。――俺は頭領に反発した。そうして、彼女と出会った頃から、龍としての力に覚醒していた俺は、頭領に妖をけしかけてしまった」
彼は続ける。
「気づけば、道士達が取り囲んできていた。盗賊団の頭領は捕まった。だが、俺も同時に盗賊団の一味として捕縛されてしまった」
「それで……どうなったの?」
「ああ、俺は牢の中、鞭で打たれ続けた。だけど、やっと汚れ仕事から解放される。もしかしたら、子どもだし多めに見てもらえて、恋した少女のそばで平和に暮らしていけるかもしれない。そんな気持ちだった。だけど、そんな中、俺を心配した少女が牢まで来て叫んだんだ。『その人こそが未来の皇帝だ! 皇帝になる宿命の星に生まれた男だ』……と」
「あ……」
「彼女は、まだ幼かったから、どうやら俺のことを覚えていないようだったがね――」
ぼんやりと幼い頃の記憶が戻ってくる。
蘭花の唇が震える。
「彼女の言葉を耳にした皇帝が――俺に顔がそっくりの男が牢に現れた。そうして、実は俺が彼の落とし胤だったことが判明して――あれよあれよという間に、皇太子扱いだ。少女には会えなくなった。窮屈な皇太子生活のはじまりだ」
天狼は続ける。
蘭花の中に記憶が蘇る。
(そう、私は彼の言った通り、役人たちに訴えに言って……)
「だけど、どうしても彼女に会いたくなった。宮殿を抜け出した俺は彼女のいる場所に会いに行ったんだ。だけど、いなくて――兵役を終えた父親と元居た村に戻ったという。追いかけて追いかけて、辿り着いた村では、ちょっとむっちりした地方領主の息子と一緒に遊んで、彼女は楽しそうに笑っていた」
地方領主の息子。
「思い切って声をかけたが――少女は俺のことなんて全然覚えていなかった。彼女の一言で窮屈な生活を強いられるようになったのに、好きな女とだけ添い遂げたかったのに、将来的には後宮で興味のない女の相手をしなければならない――なのに当の本人は忘れてしまっている。子どもだった俺は、ひどく恨めしく思った」
彼は続ける。
「今にして思えば、単純に覚えられていなかったことに俺は腹を立てていただけだ。出会った頃よりも身奇麗だったから、当時の少女は分からなかっただけだろうし」
「天狼、私は……」
蘭花が何かに気づいた頃、天狼も気づいたようだった。
「皆まで言うな。分かっている、俺は戸籍上は殺された扱いになっていたのだと、今なら知っているよ」
そう。結局、慕っていた少年は処刑されたと聞かされて、あまりの衝撃に、幼かった彼女は記憶に蓋をしてしまったのだ。
彼が彼女の頬に、そっと手を添える。
「――今回、俺の父である皇帝の命があり、番である君の純潔が俺には必要となった。妖を完全に従えた、完璧な皇帝になるために、な。だけど、彼女の意志に反するような行為、俺は嫌だったんだ。まあ、結局、会ったら自制が効かずに、この体たらくだが」
「なんで、私の意志に反する行為は嫌だったの――?」
いつもはふざけた天狼が、至極真剣で、蘭花の鼓動は高まる。
「そんなの決まっているだろう? 運命だとか宿命だとか、番だとか本当にくだらない。そんなもので俺の気持ちを縛られるのは御免こうむりたい」
「天狼……」
「我が花嫁・蘭花。冗談や嘘ばかり言う俺だが、これだけは本当だ。ずっと昔から――俺は――君に心を奪われている」
蘭花の心が打ち震えた。
彼は立ち上がる。
「だが、君を後宮のくだらない争いには巻き込みたくない。だから一人で帝都に帰っていたのに……結局戻ってきてしまった。何にも固執しないと思って生きて来たが、どうやら俺は、諦めがひどく悪い男だったようだ。嘘をついてふざけてばかりの俺だが、それだは言っておかないといけない。そう思ったんだ――それでは」
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