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第7章 2000年前、悲劇
第27話 檻で鎖される※
しおりを挟む真っ暗闇の中、ティナの頭の中に声が響く。
『クリスティナ姫の魂を持ったティナ姫……お可哀想に……嘘つきなシグリードに好きなようにされて……』
「シグリード様のことだから、何かお考えがあるんだと思うの……」
『そうでしょうか? だって――貴方をずっと欺いていたような男ですよ?』
「いいえ、貴方の言っていることはおかしいわ」
『おかしいというと?』
ティナは凛とした声音で返す。
「シグリード様はずっと嘘はついてらっしゃらなかった。夢の中の騎士様だったらいいなと思ってしまった私が勘違いしてしまっただけだし……それに、彼が邪竜だって分かった上で全部を受け入れたのだもの……」
『騙してはいなかったかもしれないけれど、黙っていたでしょう? あの男のことだ、今頃あのクリスティナ姫と楽しく過ごしているかもしれません』
彼女はそれには答えなかった。
「それに――」
『それに――?』
「何か違和感がある。仮にシグリード様がクリスティナ姫に横恋慕していたのだとして――」
声は黙っている。
「貴方、私と最初に会った時に言っていたわ。クリスティナ姫は、『周りのためにと自分自身を犠牲にして、自身の幸せを犠牲にした』って……そんな高潔な女性が、貴方とシグリード様をわざわざ両天秤にかけるような言い方をするのかしら?」
『2000年も経てば、考えも変わって……』
「姫の魂は壊れていて、まだ半分は私と一緒にある。あのクリスティナ姫は、壊れた欠片から再生されたのでしょう? 目覚めたばかりなのなら……彼女から見たら幼なかったシグリード様のことを恋人にしようだなんて、そんなこと思いつくものかしら?」
『…………』
「インフェルノさん、貴方、クリスティナ姫の恋人だと言っていたでしょう? 二人が一緒の姿を見て、何も思わないの?」
ティナは矢継早に問いかける。
「そもそも、貴方はどこで何をやっているの?」
苦し気な声が響いた。
『貴女は――いつもそうやって――あいつの肩ばかり持って……!』
そこで――プツンと声は途切れたのだった。
***
次にティナが意識を取り戻した時、真っ青な空が視界に入った。
「あ……私は……?」
視線を彷徨わせる。
「檻……? きゃっ……!」
檻の中に鎖されていたのだが――その檻というのが宙に浮いていたのだった。
真下は先ほどの花畑のようだ。落ちてもなんとかなりそうな距離ではある。
光で出来た格子に触れると眩い光が零れた。
少しだけ身体を動かした彼女の脚の間から、どろりと何かが溢れてくる。
「あ……シグリード様の……」
――白銀の髪の美少年シグリードのことを思い出す。
『ああ、これから先、何があったとしても――俺のことを信じてくれるか?』
『すまない……ティナ……』
ティナはきゅっと唇を引き結んだ。
そっと両手を組んで、彼女は祈りを捧げる。
「シグリード様のことを信じるって決めたもの……」
その時――ふと、ティナは気づいた。
「魔核……なんだろう? 少しだけ黒かった気がしたけれど、また乳白色に戻ってきてる……」
ふと、クリスティナ姫とシグリードの姿が頭に浮かんだ。
ちょっとだけ、ずきんと心が痛む。
(――あれ?)
ティナは自身の魔核に目をやった。
やや黒く染まっているではないか。
ちょうど、その時、影が差す。
「あ……」
何かと思えば、魔物の群れだ。
ギュルギュルと人語ではない言葉を口にしていた。
なんだか皆少しだけ寂しそうな瞳をしている。
「シグリード様のお城にいた魔物さんたち……?」
その時――。
「お前達、さがりなさい……」
――凛とした声が聴こえる。
気づけば、眼下に女性の姿があった。
「あいつの……シグリードの残り香がするな」
「クリスティナ姫……」
現れたのは金髪の美女クリスティナ姫だった。
彼女の背後には美少年姿のシグリードも立っていた。
ティナはぎゅっと両手を組んで、彼女と対峙する。
相手を見下ろす格好になっているにも関わらず、毅然とした態度で臨まないと心が折れそうだ。
「私の欠片よ、今からわたくしはシグリードとインフェルノと共に、このシルフィード王国を攻め滅ぼそうと思ってる」
「え……? どうして、だって、クリスティナ姫は、この大地を愛して……」
――建国の女神とされている彼女の思いがけない発言に、ティナは衝撃が走る。
「昔はな。だが、あいつらは私を道具としてしかみていなかった。そんな人間たちなど滅びれば良い」
「そんな……それに、攻め滅ぼすって、三人で? 確かに伝説上の皆がそろえば不可能ではないのかもしれないけれど……」
「帝国でずっと眠りに就いている皇子がいて、その者の身体を使って、インフェルノが死者を蘇生してくれていたんだ。だから、死者たちと一緒にな」
(そういえば、神官長様が仰っていた……死んでいたはずの帝国の皇子が復活して動いていると……)
――あの不気味な黒い鎧の集団は、帝国の死者たちだったのか。
「わざわざシグリードは邪竜になってくれて魔物を統べてくれている。三人で人魔戦争を起こし、この世界を一度無に帰そうと思う」
「――っ」
「さて、わたくしの欠片よ、そろそろ我々が一人の人間に戻る時が来たようだ」
「――っ……!」
ティナに衝撃が走る。
彼女が復活したことで、もしかしたらと思っていたが――。
「インフェルノとシグリードの力を借りて、やっとここまで復活出来たのだ。まだ目覚めたばかりで記憶が混乱しているところもあるがな……さあ、シグリード、彼女から私の魂の欠片とお前の心臓を奪っておくれ……」
バサバサと羽音が聴こえた。
光の粒子を零しながら現れたのは――。
「シグリード様……!」
――美少年姿のシグリードだった。
(私が気を失ってそんなに時間は経っていないはず……もう小さな姿に戻られたの?)
「――クリスティナ、別にこいつと一人にならなくとも、心臓を返してもらいさえすれば問題はない」
彼はゆっくりと鉄格子の前へと寄って来る。
(あ……)
――冷ややかな氷のような蒼い瞳でこちらを覗かれると、ティナの心はびくんと震えた。
(信じるって思ったばかりなのに……だけど、やっぱり好きな人にこんな醒めた目で見られたら……)
すると、彼のやや小さな手が、がっと格子の中に伸びてくる。
かと思えば、彼女の項を掴んだ。
「心臓もらう前に――俺の魔力を返してもらおうか……」
格子ごしに引き寄せられたかと思えば、ティナは無理矢理シグリードから唇を奪われる。
「あっ……んっ……」
「いつも、もっと舌出せって言ってきただろうが……お前を犯して以来だから……足りねえんだよ」
彼の舌と彼女の舌が激しく絡み合って、くちゅくちゅと水音を鳴らす。
次第に彼の姿が美青年の姿に戻った。
「ふあっ……あっ……んっ……」
「――は……魔力を補充してるだけだってのに……勘違いする……なよ……」
ひとしきり嬲られた後、ティナの頬は薔薇色に染まり、息は完全に上がり切ってしまっていた。
「シグリード様……」
ふっと――彼がティナの魔核に手を伸ばしてくる。
「あ……」
一瞬だけ彼の表情が寂しそうに見えたが――すぐに唇を引き結んだ。
「終いだ――もう俺の心臓は要らねえな……」
ずっと共存してきて疎んですらいた魔核だが――彼との唯一の繋がりが失われると思うと、急に不安がティナを襲う。
(どうして、そんな……もう二度と会えないような……そんな哀しそうな表情をしているの?)
「――確かに、要らないぐらいに元気になったけれど……シグリード……様っ……待って……聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「貴方は、私を本当に騙していましたか? 信じろっていった、あの言葉も全部嘘ですか?」
「…………」
彼女の紫水晶の瞳から一筋の涙が零れた。
「インフェルノという御人がクリスティナ姫の護衛騎士であり恋人で、シグリード様は姫に仕えていた見習い騎士様で正解でしょうか?」
「……そうだ……」
――ティナは眼光を鋭くした。
「――本当のことを仰っていますか?」
「それは……」
「ずっとインフェルノさんが私に直接話しかけてきていました。今回の件、違和感があります。本当は――クリスティナ姫の護衛騎士であり恋人がシグリード様で、見習い騎士の方がインフェルノさんなのでは?」
「……答える義理はねえが……教えられることは教えてやる。今、竜殺しの剣を持っているのがインフェルノで、竜が俺。剣は俺の心臓なしじゃ発動しねえ」
「シグリード様の心臓で『竜殺しの剣』が発動するというのなら、それは……」
「…………」
「それに……竜殺しの剣が発動して、シグリード様に何かあったりはしないですよね……?」
「……魔核に話を戻すぞ」
彼は返答してくれないまま、次の言葉へと移った。
「もう、魔核要らねえぐらい健康になったな」
「……はい……ありがとうございます……もう要らないぐらいに……」
「だったら――」
シグリードが少し寂しそうに笑んだ。
「お前が要らねえっていうんなら、俺の心臓返してもらおうか」
彼がティナの胸にある真っ赤な魔核に触れる。
「シグリード様」
白く美しくなった肌から、それは簡単に零れ、彼の掌の上に落ちた。
シグリードは、すぐに騎士団のコートの中にそれを仕舞う。
(このまま立ち去ってしまう……)
すると――。
シグリードが真下にいるクリスティナ姫をちらりと一瞥した。
その後、格子に手をかけたティナの手に、彼がそっと手を添えてくるではないか。
彼が手首にちゅっと口付けを落とす。
(あ……シグリード様)
そこから、じわじわと彼の愛情が伝わってくるような気がした。
格子越しに、彼は彼女の両手をぎゅっと握りしめた。
「おそらくここにいた方が安全だ。全てに決着をつけたら、ここから出て、お前は幸せになれ……」
「シグリード様……」
その時――。
「シグリード遅いぞ」
クリスティナ姫が天上の二人に文句を言ったかと思うと、ティナの光の檻がふっと消えてしまう。
(あ――)
ティナは突然支えを失い、がくんと身体が傾いた。
そのまま地面にぶつかると思ったが――。
ふっとティナの頭の中に洪水のように記憶が雪崩れ込む。
『いつも無茶ばっかりして、俺に心配かけやがって――って、うわっ……!』
――これは、すごく昔、わたくしとシグリードが木に登った時の――。
自然とついた言葉。
ふわり。
「大丈夫か?」
光の羽根で飛ぶシグリードが、ティナの身体を横抱きにしていた。
そのまま、ゆっくり彼女を花々の間に降ろすと、クリスティナ姫の下へと移動する。
「魔物たちに監視させている。必要な時に連れてこれるようにするから」
「分かった」
そうして――二人は闇の中へとすっと消えてしまったのだった。
「シグリード様……」
しばらくクリスティナは彼らの背を見送った。
シグリードの雰囲気がおかしくて、何やら不安でしょうがない。
その時、ふと先ほどの内容が脳裏に浮かんだ。
「私が後ろ暗いことを考えれば考えるほど……あの魔核は黒く染まっていった……そういえば……クリスティナ姫が現れる直前に、確か魔核から黒い何かが噴き出して……」
ティナは瞳を開く。
「そうか……彼女は……彼女の正体は――行かなきゃ――!」
彼女は決意を胸を宿し――近くの魔物に声をかけたのだった。
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