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虚像
しおりを挟む宰相と共に妃の部屋に来た俺を彼女はいつもの愛らしい表情で迎え入れた。
後ろ暗い気持ちなど微塵もないというように。
「何故、嘘を吐いたんだ」
俺が来たことを喜ぶ彼女に返事をせず問いをぶつける。
「殿下? どうしたんですか?」
不思議そうな顔をする彼女は何も知らない少女にしか見えない。
しかしそれが全て虚像であることを俺はもう知っていた。
「義姉に虐げられていたというのは嘘だったんだろう?
何故嘘を吐いた。 王子妃になるためか?
それなら何故王子妃になってからも悪事を働いた。
なんのために、裏社会の者と繋がった。
わざわざ人を浚わせ興行をさせたのは何故なんだ!」
叫んだ俺にぱちぱちと目を瞬いていた彼女が口元を緩めた。
愉悦に歪んだ、醜悪な笑みに。
「なんでお姉様が私を虐めてたなんて言ったか、ですか?
それはそう言った方が殿下が興味を持ってくれるかなって思ったからです。
健気に虐めに耐える美少女って守りたくなるでしょう?
自分が強く誇らしい存在になったような気分になれたでしょう?
それだけですよ。
結果お姉様を公の場で断罪してくれて、嬉しかった……!
あれでお姉様が殿下へ泣いて縋ってくれたらもっと見世物として面白かったんですけどね」
お姉様じゃ無理でしたね、表情変わるとこ見たことないものと笑う。
自身の嘘を暴かれ問い質されている人間とは思えない落ち着きで、目の前の彼女のことが改めて理解できない。
宰相も得体のしれない者を観察する目をしていた。
「それから?
悪事、は心当たりないんですけど」
馬鹿なと叫び出しそうな俺へ笑みを向けて続ける。
「でも言いたいのはあのことですよね。
お姉様を懲らしめる劇をやってもらったこと。
あれはちょっとお小遣い稼ぎと、お姉様がどこかで生きていても恥ずかしくて死にたくなっちゃうかなって思って。
だって直接不幸になるところが見たかったのにいなくなっちゃうんだもん」
「それが、君の知己だというのは?」
言葉の発せない俺に変わって宰相が問う。
彼女は笑みをさらに深くし、何でもないことのように語った。
「お姉様みたいにお高くとまった人ってその辺の子じゃ真似できないって思ったから、昔私に楯突いた生意気な子を紹介してあげたの!
本当はー、私に愛人の子とか貴族の血を引かない下賤の子とか言ってきた子を使ってもらうつもりだったんだけど、貴族令嬢は死にやすいからダメだって言われちゃって。
身体も強くないし、純潔を無くしただけで自殺しちゃうから大して使えないって。 そう言われたら確かにそうだなって思って諦めたの。
その点私が紹介した子はまだ使えてるんでしょ?
まあ私見てないし、殿下がくれた部下も詳細を教えてくれないからいい働きができてるかは知らないけど。
見に来た人も雇い主も喜ばせてるんだから天職だったんじゃない?」
なんの痛痒も感じていない口調で言われて、普段冷静な顔を崩さない宰相ですら顔を顰めた。
「まさに悪魔の所業、人のすることとは思えません。
これが王子妃になっていたとは国の恥ですね」
「王子が選んでくれたんだもん。 私悪くないわ」
悪魔のような女、心の底から嫌悪感が湧いた。
悪びれず微笑む彼女に俺は表面しか見ていなかったのだとようやく悟る。
「君のしたことは法律に照らしても人道に照らしてもしてはならないことだ」
「あら、一方的に契約を破棄することも衆目の中で糾弾することも、法律・人道に背くことですよね。
私と殿下って本当にお似合い。
出会うべくして出会ったと言っても良いんじゃない?」
ナイフを刺されたような痛みが走る。
苦しい、痛い、けれど彼女の言う通りだ。
「そうだな。 まるで運命のようだ」
否定するのではなく肯定されたことに眉を上げる。
俺が取り乱して後悔するのを見たかったのだろうか。
彼女の手を取って枷をはめる。
枷の嵌まった手を不思議そうに見つめる彼女を騎士に命じて牢に移す。
結局彼女が何を思ってこんなことをしたのか何もわからなかった。
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