離宮の王子、間諜を拾う

招杜羅147

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6話

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 本を読むわけでもないのに、コーラルはまたアウインの膝の上に乗せられていた。

背中越しに感じるアウインの熱がコーラルの顔を赤く染め上げるかのようだ。

(ルチルは、殿下は妹を欲しがっていた と話していたから妹のように可愛がりたいのかもしれないわ。…平常心でいなきゃ。)

目の周辺は痛々しい傷跡があるが、整った顔立ちだし、何よりコーラルを最初から邪険にせず優しく扱ってくれる。



 「コーラル。」

「っひゃいっ。」

耳元で名を呼ばれ、飛び退く勢いで驚く。

「ああ、驚かせてすまない。頼みがあるんだ。」

アウインはコーラルを抱きかかえながら、コーラルの魔力を見ていた。

(…自室でも地に伸びた魔力は繋がっていないな…。生まれ育った街でないと無理なのか…?)

コーラルの部屋での検証が終わり、もう一つの検証の実行に移す。



「成人の印形を触らせてもらいたい。」

コーラルは固まった。

印形は鳩尾の少し上、胸の谷間にあるのだ。

「なっなな何で…っ。」

逃れようと暴れ出すコーラルを抱きしめる。

「コーラルが記憶を無くしていても、その不思議な印形が伝統と共に記憶を持つ可能性が高いと考えられるからだ。コーラルも自分が何者か分かれば少しは気が楽だろう。」

記憶が戻らないため皆に遠慮し、いつも感じる不安を隠そうとしていることに、離宮の誰しもが気付いている。

安心感を与えられれば と特にアウインはコーラルに触れたり抱きかかえたりしている。

それは己が母から受けたかった愛情表現でもあるのだ。

それ以上にコーラルは柔らかくて気持ちの良い魔力なので”触っていたい”のだが。

「それは…そうですが。」

暴れるのは止めたが、身を固くするコーラル。

コーラルも、アウインが母親の力を受け継ぐ、強い力を持つ魔術師なのは聞いている。

自分が何者なのか知りたい。

「…分かりました。なるべく短い時間でお願いします。…ルチルが入って来たら恥ずかしいので…。」

そこは人払いをしてあるので問題ないのだが。

アウインは頷くと、コーラルのブラウスのボタンに手を掛ける。



「え…えっ!? 服の上からじゃないんですか!?」

慌ててアウインの手を除けようとするコーラル。

「ボタンの感触が邪魔になるし、直接触れた方が情報を拾いやすい。」

コーラルの抵抗をものともせず、シュミーズをずらす。

「こ、婚前に肌を晒すなんて駄目です!!」

「私は肌は見えないから晒すことにはならないだろう。」

「触るのもダメです…!」

確かに”検証”と考えていたため、女性の淑女ルールが欠落していたと気が付いたアウイン。

「では私と結婚すれば問題ない。」

「ひ…っン。」

印形に触れられた途端、ビリッと電気が走ったような感覚に襲われる。

「警戒反応か…? すまない、コーラル。痛かったか?」

最初の強い反応が消えたので、おそるおそる印形をなぞる。

「は…っ、で、殿下…っ。」

甘い痺れが背筋を走る。

「あまり可愛い声で鳴くな。…コーラルの胸を揉みしだきたくなる。」

指を印形に滑らせれば、両側のふくらみは感じられるのだ。

獣性を抑え込むのは拷問に等しい。

コーラルは両手で口元を抑え、イヤイヤするように首を横に振る。

「さすがにそれは少し傷つくのだが。『殿下になら構いません!』とか言ってほしいな。」

また首を横に振る。

気が少し紛れたところで、印形を抑える指に集中する。

「また衝撃があるかもしれんが耐えてくれ…。」



 アウインは大きな神殿の中にいた。

太い柱が立ち並び、四方は壁に覆われ、照明を灯しても尚暗い。

「ここは…地下神殿か。」

ここは印形が見せる記憶の海の中にだ。

そしてアウインは白い衣装に身を包んだコーラルの中にいた。

周辺の国々の民からの訴えを聞くために多くの言語を学んでいるコーラル。

その人々の為に祈るコーラル。

その魔力は地を通って神聖樹と繋がっていた。

かつては世界各国から奇跡を求めて人が集まり、繁栄していたスフェーン神国だが、西の大国に滅ぼされた。

王は可愛がっていた末の息女を神職の者と共に地下へと逃がした。

多くの民は殺されるか、逃げるか、奴隷になった。

滅ぼされたこの国は打ち捨てられた。

伐ることも焼くことも出来ない神聖樹が、処刑された王の最期の魔術によってこの国を呑み込んだからだ。

神聖樹の周囲は配慮と化した。

だが地下神殿に避難した末姫と巫女達は、神聖樹の根によって侵略されることもなく倹しい生活を送って生き延びた。

神聖樹の力なのか、地下神殿では時がおそろしくゆっくりと流れているようだ。

もしくは神聖樹と繋がることで不老となっていたのか…地下神殿に住まう者たちは地下に来てから誰も年を取らなかった。

しかし変わり映えのしない侘しい設活に嫌気がさした1人が、外に通じる通路を見つけ、贅沢欲しさに仲間を売った。

そして奴隷商が市場に商品として出し、たまたま上級魔道士に買われたのが―。



 「亡国の巫女姫、アンデシン…それが君の名前か。」

王女ではあるが、神に仕える者として王族から籍を抜かれているため、探し出されることはなかったようだ。

「門外不出の秘術に近い古い魔術だから聞いたことがなかったのだな…。そして…あれは治癒の力だったのか。」

第1王子が雇った魔道士は知っていたのだろうか。

彼の祖先も神国の者だった。

故に高い才能を持ち合わせていたのかもしれない。

ただ古代魔術は知らず、使えなかった。

古代魔術が狙いだったのか、彼女を女王に擁立して国の復興を目指したのか…。

コーラル…アンデシンは魔道士の元で魔道士の魔術に抗い、傷つきながら逃げてきたのだ。
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