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14 予言が示すこと
しおりを挟む道具屋は、グラノ・ベーカリーから歩いて8分ほどのところにある。大通りを行きかう人に当たらないよう、注意しながら俺はできるだけ急いで道具屋を目指した。
(あった! あそこだ!)
俺が道具屋に辿り着いたとき、その隣には前までなかったテントのようなものが設置されていた。テントの前には机が置かれ、瓶や箱やらが積まれている。俺は息を切らしながら、そのテントに走って行った。
「あれ、トウセイじゃん!」
「リサ……」
そこにはやはり、道具屋の店主であるトニーの妹、リサが何やら作業をしていた。良かった、まだ何も起きてはいない。俺は安心から大きく息を吐いた。
「聞いたよ、マーサおばさんから! トウセイ、花束を贈ったんだね!」
「うん……ごめん、ちょっと休ませて……」
マーサが言っていた、「リサがすごく喜んでいた」という話はどうやら本当だったようで、彼女は俺の顔を見るとキラキラした表情でそう話した。正直、自分ではない他人が自分ではない他人に花をプレゼントした話を聞き、喜ぶってどういうことだろうと疑問だったが、確かに彼女の様子は、「喜んでいる」と言うしかない。俺は、元気いっぱいにはしゃぐ彼女を見て腑に落ちながら、呼吸を整えた。
「あれ? 走って来たの?」
「ちょっとね……そうだ、トニーさんはいる?」
「店の方にいるけど……呼んでこよっか?」
「いや、それなら大丈夫。俺の方からお店の方に行くよ」
急に「ここで火事が起きるかもしれない」なんて伝えても、困らせてしまうだろう。まずは、兄のトニーの方に話をする、もしくは事情を聞く方が良い気がした。俺はリサにお礼を伝えてから、”open”と書かれたプレートが下がっている扉に近づく。そして、ふと確認していなかったと思い、俺は後ろを振り向いた。
(……え)
扉のハンドルにかけた手が止まる。振り返ったその先、大通りを挟んだ向こう側にある水路に、橋なんて架かってはいなかった。
*
(これは……一体どういうことなんだ)
ようやく掴んだと思った真実。それが間違いであると突き付けられ、俺は困惑と驚きを一気に感じていた。それだけでなく、リサが行おうとしている店が予言の店だと確信していたせいで、その確信は外れていたという精神的ショックも大きい。いや、リサの店が予言の店ではないと決まったわけではないが、これでは昨日、4店目の店の存在を疑ったときと状況は何も変わらないじゃないか。なんだ、次は5店目の店の存在でも疑えと言うのか。俺はため息を吐いた。
(これで、近くに川や水路のある店は、ショップ・フローチェとフラワーショップ・シャレム、そしてリサの店……予言の店候補が増えてしまった……)
俺は近くにあったベンチに座り、自分の足元に視線を落とした。焦る気持ちは強くなる一方だった。今朝も考えたが、今月が終わるまであと1週間もない。その1週間の間に火事は起きる……しかし、起きるお店が分からない……昨日見て回ったお店はどれも素敵だった。リサがやろうとしているお店も、きっと良いものになるだろう。でも、そのうちのどれかが火事の被害にあうと分かっているのに何もできていない自分が悔しかった。
(……へこんでたって仕方ない。考えなきゃ)
転移者として俺は絶対に当たる魔女の予言を知っている。だから、できることをしたかった。今できるのは、予言がどの店で起きるのか考えることだ。俺は1つ息を吐いた。
(本当に新しい5店目が存在するのか? 可能性は否定できないけど、考え始めたらきりがない……すでにある4つの店の中にあると仮定すると……だめだ、結局それでも3店から絞り切れない……どの店の近くにも橋なんてなかったんだ。「橋」が別のものを指すとか、そういうことか? 「箸」とか「端」みたいな感じで……いや、これまでの予言でそんななぞなぞみたいなものはなかった)
予言は絶対に外れず、ただ真実のみを教えてくれる……俺が異世界に来たばかりのころ、そう教えてくれた人がいた。「橋の近くにある花屋で火事が起きる」これは将来、必ず起きることだ。後一週間もしないうちに必ず___ふと、思ったことがあった。リサの店は昨日までは存在しなかった店だ。俺に触発され、今日この町にできたばかりの店と言っていい。
「……橋も同じなんじゃないか」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。俺は今まで、橋の近くにある店が予言の店だと考え、橋の有無で調査をしてきた。しかし違うんじゃないか。「橋が近くにある」ではなく、「橋が近くにできる」店、それが予言された店なんじゃないか。
(分からない……まだこれも可能性の話だ。本当に5店目があることだってあるかもしれない……それでも、俺は自分の感を信じてみたい)
俺は顔を上げる。空は晴れ晴れとした青空だった。
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