鬼狩りトウヤ ―最後の鬼になる少年―

かさい さとし

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1章 

3話 許しの部屋

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意識が戻ったとき、まず感じたのは、鉄の味だった。

乾いた血が唇に貼りついて、口の中がザラザラする。

うわ、寝起きでこれって最悪じゃないか。

おそるおそる目を開けると、あたりは薄暗く、獣の匂いがただよっていた。

両腕は上へ引っ張られ、体はゆらゆらと揺れている。

……これ、僕、吊られてるのか?

背名を汗がつーっと下りた。

ここは?

捕まった?

これから何されるんだ?

「……トウヤ」

となりから、かすれた声がした。

顔を向けると、ジンも同じように吊るされていた。

顔は腫れ、唇が切れ、血が黒くこびりついている。

目だけはまだ力強いけれど、その奥にちょっとだけ震えがあった。

「ジン……ここ、どこ?」

「“許しの部屋”だ」

吐き捨てるみたいな声。

「掟破りが“ありがたい教え”を受ける場所だとさ。笑えるだろ」

「……笑えるね」

そのときだった。

ギ……ギギ……

鉄がこすれる音とともに、扉がゆっくり開いた。

暗闇から、でっかい影がぬっと現れる。

衛兵隊長――ドルガ

黒金の飾りがついた角。

岩みたいな肩。

背には黒革の鞭。

部屋の床にこびりついた赤黒い跡を、まるで家の汚れみたいに踏んづける。

「ガキども、目が覚めたか」

声だけで空気がゆれた。

ドルガの視線が、僕の額――角のない場所に落ちる。

「欠け者め」

胸がぎゅっとつまった。

数えきれないくらい言われた言葉なのに、どうしてこんなに刺さるんだよ。

そんな僕を見て、ドルガは愉快そうに笑う。

「グレン様の息子が角なしとは。“息子”と呼べるのかも怪しいがな」

父さん――鬼王グレン。

その血を引いているくせに、僕には角がない。

悔しくて、情けなくて、ずっと歯を食いしばって生きてきた。

「黙れよ」

ジンが低くうなる。

「なんだ、その口の利き方は」

「大鬼だからってデカい顔してんじゃねぇよ。ムカつくんだよ、クソが」

バシィッ!

するどい音がして、僕の背中に火が走った。

「――っあ!」

体がはねて、涙がにじむ。

「おい! なんでトウヤを!」

ジンが叫ぶ。

ドルガは淡々と言った。

「お前が反抗したら、この角なしを打つ。この角なしが反抗したら、お前を打つ」

ジンの目が大きく見開かれた。

怒りと悔しさが交じりあった顔。

「……卑怯者め」

「卑怯? 鬼にそんな言葉はない。勝った者が正義だ。弱者は這って死ね」

こいつは本気でそう思ってる。

そういう世界で僕らは育ってきた。

「ジン、なんで黙ってるのさ」

「でもよ」

「平気だよ。僕ら、痛みなんてなれっこだろ」

「……ああ」

「だったら言ってやれよ。さっきから口が臭いぞってね」

バシィッ!

今度はジンの胸に赤い線が走る。

「っつ!」

「ほら、おあいこだろ」

僕が笑うと、ジンも苦しそうに笑う。

「うるせぇよ、バカ」

ドルガの目が細くなる。

「クソガキども……もう一人いたはずだ。逃げたガキの名を言え」

僕とジンは目をそらした。

「言うかよ。最初から俺たちだけだ」

ジンはためらいなく言い切った。

ドルガの視線が僕へ移る。

「角なし。お前も同じ意見か?」

「そういうの、ほんとに飽きないね」

バシッ、バシッ、バシッ。

鞭が降り注ぐ。

皮膚が裂け、血が落ち、呼吸が止まりそうになる。

泣きたい。

叫びたい。

ぜんぶ言って楽になりたい。

でも、シロエの顔を思い浮かべて、歯を食いしばった。

そして、言わなかった。

僕も、ジンも、何も言わなかった。

どれだけの時間がたったのだろう。

ようやく鞭の音が止んだ。

残ったのは、血の匂いと、重たい静けさだけ。

壁や床の黒い染みは、ここで叫んだ僕らの痛みの歴史だ。

「この世界は強き者が支配する」

そう言い捨てて、ドルガは去っていった。

ジンが、苦しそうに笑った。

「……あの野郎、加減ってもん知らねぇよな」

僕も笑った。

震える声で、それでも笑った。

「ほんとだよ」

「トウヤ」

「なに?」

「俺、強くなる」

弱っているのに、言葉だけは力強かった。

「強く?」

「ああ。あいつらが頭下げるくらい……全部ぶっ倒せるくらい、強くなってやる」

その言葉が、痛みの中で、灯みたいに光って見えた。

でも、その温かさの影で、僕の胸に小さな疑問がわいた。

――強さってなんだろう?

暴力の世界で育った僕らは、暴力のことしか知らない。

殴りつけて、従わせて、それで何かが変わるんだろうか?

痛みと、恐怖と、混乱の中で、その問いだけが鮮明に刻まれた。

そして――僕の地獄はここからはじまる。

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