鬼狩りトウヤ ―最後の鬼になる少年―

かさい さとし

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1章 

4話 成鬼の儀

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夜が明けきるころ、僕はふらふらの足で家までたどり着いた。

里のはずれにある小さな石の家。

扉を押すと、薬草と焚き火の匂いが胸いっぱいに広がる。

「……トウヤ?」

寝間の奥からユナ姉さんが顔を出した。

次の瞬間、血の気がすーっと引いていく。

「その傷……どうしたの?」

「だ、大丈夫。ちょっと転んだだけで――」

「嘘」

姉さんの声は鋭かった。

「こっちに来て。座って」

僕は言われるまま、石台に腰をおろす。

姉さんは慣れた手つきで薬草をすり潰しはじめる。

「服、脱いで」

「ほんと平気だって、ほら、見た目より――」

「トウヤ」

その一言で、僕は逆らえなくなった。

昔っからそうなんだ。

姉さんにだけは逆らえない。

僕が服を脱ぐと、姉さんはぎゅっと眉をひそめた。

「こんな……ひどい……」

ひんやりした薬草が背中に触れ、思わず肩がはねた。

でも、痛みより、姉さんの震えのほうが、よっぽど胸に刺さる。

「誰にやられたの?」

「……」

僕はきゅっと口をむすんだ。

でも、姉さんに、だんまりって通用しない。

「“許しの部屋”ね」

思わず背中がビクッと震える。

ほらね、やっぱり隠せなかった。

「掟を破ったの?」

「ちょっと……その……見てみたかっただけ」

「なにを?」

灯の火がゆれて、影が長くのびる。

「保管庫」

姉さんの薬草をすり潰す手が止まった。

息がつまるほど静けさが襲う。

「どうして?」

怒っているわけじゃない。

責めているわけでもない。

本気で心配している声だ。

だからこそ、本当のことを言わなきゃって思った。

「……人間を見たかったんだ」

姉さんが息を飲むのがわかる。

僕は早口で続けた。

「ほら、僕って角がないだろ? 人間みたいだってよく馬鹿にされるし。だから、どんな生き物なのか、ちょっとだけ気になったんだ」

姉さんの手が肩に触れた。

優しくて、でも、どこか必死な感じ。

「トウヤ、あなたには角がない。でも、あなたは“鬼”なのよ。それを忘れちゃいけない」

「わかってるよ。そんなこと」

姉さんの言葉は、いつだって正しい。

だけど、どうしても、あの老人の目が頭から離れなかった。

「姉さん……人間ってそんなに醜い生き物なの? みんなが言うような、弱くて、僕らに食べられるだけの家畜なのかな?」

姉さんは、すぐには答えなかった。

ゆっくりと、しぼりだすように口を開く。

「醜いとか、弱いとか、そういう問題じゃないの。違うのよ。私たちとは」

「違う?」

「お願い。もう人間には近づかないで。わかっているでしょう。人間と関わるのは禁忌なのよ。あなたが傷つくのは……嫌なの」

泣きそうな声だった。

まるで、失った誰かのことを思い出しているって感じ。

僕はうなずくしかなかった。

姉さんは黙って薬草袋を結び、最後に僕の髪をなでた。

「あなたは優しい子よ。だからこそ心配なの。その優しさは、いつかあなたを傷つける」

姉さんの言葉は、薬の匂いより深く胸に染み込んだ。

「休みなさい。朝になれば……もっと痛むはずよ」

寝間で横になっても、姉さんの手の温かさが背中に残っていた。

――ああ、姉さんが側にいる

そう思った瞬間、まぶたが重くなり、意識は静かに落ちていった。



数日後。

太鼓が大地を震わせていた。

中央には巨大な石壇。

そのまわりを鬼たちが取り囲み、火柱が空へ噴き上げる。

――成鬼の儀。

十五を迎える鬼が“血”によって真の鬼になる日。

縄で縛られた人間たちが壇の中央に並べられている。

大人も、女も、子どもも。

みんな力なく俯き、ガタガタと震えていた。

その中に、見覚えのある顔があった。

牢で出会った白髪の老人。

細く乾いた体。灰にまみれた髪。なのに、やっぱり瞳だけは澄んでいた。

老人は炎をじっと見つめていたけど、やがてゆっくり顔を上げた。

視線をめぐらせ――僕を見つけた。

胸の奥がぎゅっと縮む。

老人の唇が、声もなく動いた。

――目をそらすな

そう聞こえた気がした。

いやだ。

見たくない。

どうして見なきゃいけないのさ。

そう思ったけど、どういうわけか視線が外せなかった。

老人の口元がかすかにほころぶ。

――恐れるな

そう言っているような気がして、かえって胸がしめつけられた。

「見ろよ、トウヤ!」

ジンが興奮した声で僕の肩をこづいてくる。

「すげぇな! 来年は俺らも血をなめて……本物の鬼になるんだ!」

ジンの瞳は期待と憧れで輝いていた。

僕とは正反対。

僕は体の芯が冷えていくのを感じていた。

「始めよ!」

鋭い声とともに太鼓が鳴り響く。

壇上の鬼たちがいっせいに人間に群がる。

人間は悲鳴をあげ、鬼たちは笑って、踊って、血をあびた。

生臭い匂いが、風に乗って運ばれてくる。

そして――かすかなすすり泣きが聞こえた。

誰だろう?

あたりを見回す。

でもすぐ気づいた。

泣いているのは――僕だ。

涙の理由はわからなかった。

ただ胸が、壊れそうに痛かった。

――ああ、これが僕の生きる世界なんだ
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