冒険者で食っていこうとしたけど前途多難です

加納ひより

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 甘く蕩けるような濃密な時間を過ごしてしまったノアは、レノと同じ空間にいるのを意識しすぎて言葉にならない羞恥に襲われ、居ても立ってもいられず、レノを残したまま寝室へと移動した。
 遠くの方で扉が開けられ、バスタブに水を溜める音が聞こえる。洗浄クリーンだけでは気に入らなかったようだ。
「リオン、ガウェイン、一緒にお風呂はいろ」
 しばらく姿を見せなかったノアが寝室からひょっこり顔を出し、リオンとガウェインを連れてバスルームへと引っ込んだ。

 今の状況に葛藤していたノアは、羞恥を振り切るように気合を入れる。
 後ろからついてきたリオンとガウェインは、普段とは違うノアに小首を傾げ、お湯へ入っていいかと目線で許しを待っている。
 2頭の真剣な眼差しにうなずくと、2頭は嬉しそうにお湯が半分しか溜まっていないバスタブへと飛び込んだ。
(やっちゃったことは仕方ない⋯それにしても、僕レノのこと⋯)
 意識した途端、再び顔を赤らめたノアは、バスタブの縁に手と頭を置いて、内から次々に湧いてくる羞恥に一人悶えていた。


「レノも入るでしょ?」
 レノの昂ぶりが治まった頃、バスルームからノアの声がして、ソファからレノもようやく立ち上がった。
「ねぇ聞いてる?」
 閉じられていない寝室のドアから再びひょっこり顔を出し、一緒にお風呂へ入ろうという誘いだった。そこには下心はまったくない。
 冒険者は、洗浄《クリーン》でほとんど事足りる。宿り木亭にも大衆浴場はあったが、有料だったためノアもレノもあまり入ったことはない。幸いにもノアは、水魔法と火魔法も扱えるため、ダンジョンに入っては風呂もどきを作って二人で入っていた。
「気持ちいいね~」
「お前⋯」
 ノアは艶めかしい色濃い空気など存在しない雰囲気で、知らぬ顔をして2頭にお湯をかけるノアだったが、見るからに平静を装っており、上気した頬と潤んだ瞳は情欲を隠せてはいなかった。
「エルヴィラ」
 ノアの状態に乗っかるていで何食わぬ顔をし、レノはもう1頭の使い魔エルヴィラを呼び出す。すでに名付けと魔力交換が終わっているので、魔法陣が必要ないほどつながりは深くなっていた。
『なぁに、私にそれと一緒にお風呂に入れって?』
 呼びだされた途端、洗面台の上から見下すエルヴィラは、気に入らないとばかりにレノに水を掛ける。
「チッ、主に水を掛けるとはいい度胸だな」
『主?主ですって?お前は私が選んであげたのよ、そこは薔薇風呂ぐらい用意するところじゃない』
 エルヴィラは再びレノに水を掛ける。優雅に床へ着地するとノアが浸かる湯船の縁に手をかけた。
「ノア、ブレイズも一緒に入れてやれ」
 エルヴィラを無視するとレノは湯船の縁に腰掛けながら、解けかけているノアの髪を結び直す。
「⋯ありがと」
 触れられた瞬間ノアは身体を強ばらせたが、レノのいつも通りの行動にホッと緊張を解き、ブレイズを呼ぶ。
「ブレイズ」
 呼ばれたブレイズは嬉しそうにきゃうきゃう言いながら、湯船の真上に召喚され落下し、水しぶきを上げながら登場した。
 この一連の動作を素でやってのけるので、ノアは呆れて思わず笑ってしまう。
「もう!お馬鹿すぎる!」
 辺り一面をお湯だらけにし、一人ご満悦そうに湯船を泳ぐブレイズ。
「鍛え甲斐のあるバカ犬だな!」
 レノは嬉しそうにブレイズを抱き上げ、濡れている腹に顔を擦り付けた。レノは自分の使い魔よりノアの使い魔を構い倒す。それでいいのかと問えば、ずっと一緒にいるんだから問題ないらしい。
「エルヴィラは、こちらをどうぞ」
 ノアは脱衣場に近い空いたスペースに、黒猫が一匹入れる猫脚の可愛らしい湯船を作り、湯を張ると薔薇を散らす。
『あら、主よりも気が利くわね』
「そう?良かった。でも僕の使い魔って男ばっかりなんだよね、こんなに気が利くのに、絶対女はレノの方に行っちゃう!」
『仕方ないわ、召喚者の性質によるの。貴方は雄が好む色をしているもの』
「なんか言い方が気になるんだけど」
 エルヴィラは優雅にお湯に浸かって貴婦人を思わせる雰囲気で、猫らしくなく意味ありげに口元歪めた。
『襲われないように気をつけなさい』
「いやいや、大問題でしょ!」
 ノアとエルヴィラの会話に、ぎょっとしてチラリとノアへ視線を向ける。
「まあ、ある程度は撃退しちゃうから、関係ないけどね」
 にっこりと冷ややかな笑みを深めたが、目は笑っていない。
「なぁノア一緒に寝てもいいか?」
「ん。ここのベッド、宿り木亭より広いから、ゆったり寝られるよ」
 ノアは、使い魔たちのおかげでいつもの調子を取り戻しつつあった。それは喜ばしいことではあったが、レノは少し残念でもあった。
 やっと、振り向いてくれたが、気持ちまでは言われていないからだ。
「さて出ようか、そろそろ寝ないと明日の朝困ることになるよ、乾燥ドライ
 ノアは指を鳴らすとバスタブのお湯を一瞬で蒸発させると、二人と4頭の表面から水気を切って、温風をあてた。
 ノアにとっては息をするように出来るが、火魔法と風魔法の応用なので、本来なら長年培った技術が必要となる。
「レノ、僕のガウンでも大丈夫?」
 寝室のチェストから2人分のガウンを出すと、下着もつけずにそのまま羽織り、レノの分を投げて渡す。
「ああ」
 ブレイズに右手を甘咬みさせながら寝室へ来ると、レノは受け取ったガウンを、袖を通さず肩に羽織る。
 リオンとガウェイはベッド上の足元脇に二人で寄り添うと、睦み合うように毛づくろいを始めた。
『私は帰るわ』
「エルヴィラは帰るの?一緒に寝ない?」
『睦み合いを邪魔する趣味はないわ、そこのバカ犬と違ってね』
 ベッドに乗ったものの所在なさそうにするエルヴィラは、ノアに片目を閉じてウィンクして、夜の空気に溶け込むように消えた。
 「バカ犬」ことブレイズは、甘咬みに満足したのか、枕脇のふかふかクッションの、ど真ん中に陣取ると満ち足りた表情でドヤり顔でスピスピと鼻を鳴らす。
「ノア、寝よう」
 腰を抱きベッドへ誘えばノアは、再び思い出した熱に頬を赤らめ、抵抗するようにレノの手から距離を取ろうと一歩引いた。
 宙に置き去りにされたレノの手のひらは、寂しそうに取り残されていた。
「⋯レノ」
 逃げてしまった手前どうすべきか、口を開きかけては口を噤むことを何度も繰り返しノアは、意を決したようにレノの名を呼ぶ。
「逃げてるわけじゃないから⋯ただ、ちょっと恥ずかしくて、自分でもどうしたらいいかわからない」
「⋯無理にとは」
「一緒に寝るのは大丈夫。ドキドキするけど」
 被せるように答え、ノアはレノのガウンの袖口を掴む。その手はわずかに震え、ノアの複雑な感情を伝えていた。
 二人は無言のまま、真ん中に1人分開けてぎこちなくベッドに横になった。
「らしくないでしょ、これ」
 顔を背けたままノアは、間の空間をぽんぽんと叩き、レノは叩いていた手のひらに手のひらを重ね握りしめた。
「今日はこれでいい」
「前はもっと普通に寝てただろ⋯なんでだよ⋯」
「ノア?」
 顔を背けてボソッと呟くノアの耳は真っ赤になっており、レノは身体を起こすとノアの身体を自分の方へ抱き寄せた。
「ノアは、どこまでが嫌?」
「今日の⋯以上はまだムリ」
「わかった」
 レノは身体を寄せ合った状態で横になると、ノアの体を抱きしめるように包み込み、ノアの頭頂部に唇を寄せた。
「おやすみ⋯」
「ん」
 レノの首元の匂いを嗅ぐと、ノアは嗅ぎ慣れた匂いにホッと安心したように息をつく。位置を決めたノアに安心するようにブレイズもノアの背に移動し、頭をくっつけて、ため息を付くように深く息を吐き出した。

 レノは少し進展したことに胸をなで下ろし、まだまだ先が長いことに苦笑を漏らした。
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