彼女は父の後妻、

あとさん♪

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第四章

21.彼女の願い

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 今まで逃げていた攻撃魔法を極めたいというフォルトゥーナ嬢のことばに、ルーカスは首を傾げた。

(いきなりどうしたんだろう)

 この地の現状を宰相閣下に報告しないでくれとお願いしたら、交換条件として提示されたのが魔法を教える人間を手配することだなんて、思ってもいなかった。

 実のところ、フォルトゥーナ嬢との“交換条件”は成立しない。
 なぜなら、彼女がどんな手段を用いて王都へ連絡をとろうとしても、ルーカスはそれらを完璧にシャットアウトすることが可能だからだ。
『魔法急報』などの魔法を使うのならば、ルーカスの『風の守護結界』にかならず引っかかる。
 紙の封書を送ろうとすれば、まちがいなくクエレブレの人の手を介さないでこの地から出ることはない。検閲し、問題のある内容ならば握りつぶすことなど容易たやすい。この地によそ者はいないのだ。
 クラシオン夫人の宰相への手紙も検閲済の物が送られているのが現状である。

 ルーカスとしては、立場の優位性を背景に無理強いをしたいわけではないし、それをひけらかしたくもない。あくまでもフォルトゥーナ嬢の意思で“伝えないこと”を選択してもらいたかったのだ。

 だから、本当の意味でフォルトゥーナ嬢の言う願いは“交換条件”にはならない。
 とはいえ。

(そんな交換条件ならお安い御用だな)

 ルーカスにとって“フォルトゥーナ嬢の願い”を却下する選択肢など無い。

「分かりました。実践形式がいいですか、座学がいいですか」

 ルーカスがそう確認すると、フォルトゥーナ嬢は一瞬意外そうな顔をした。

「え……。あー、そうね。実戦形式がいいわ。理論は把握しているから」

「わかりました。騎士団の人間に火魔法のスペシャリストがいますので、すぐ手配します」

 火魔法を使いこなす人材はそれなりにいるが、フォルトゥーナ嬢へ近づけても害がない人間を精査しないといけないなとルーカスは思った。

(とりあえず、若い男と独身の男も却下……あぁ、あの人ならいいかなあ)

「ねえ?」

「なんですか」

 脳内で早くも講師役の選抜をしていたルーカスに、フォルトゥーナ嬢が声をかける。

「……いいの?」

「なにがですか?」

 どこかおずおずと問われるが、なにを聞かれたのか分からないルーカスは首を傾げる。
 そんな彼にフォルトゥーナ嬢は少しだけ逡巡した。言おうかしら、言ってもいいのかしら。そんな小さな迷いを見せたあと、思いきったようすで口を開いた。

「危ないからって反対されるかと思ったのだけど」

 フォルトゥーナ嬢のことばは、ルーカスには新鮮な驚きを与えた。なぜなら、彼は“危ないから”という理由でやりたいことを禁止された思い出などないからだ。
 
「……王都にいたころは、反対されたのですか?」

 ルーカスの問いに、フォルトゥーナ嬢は子どものようにこっくりと頷いた。

(……かわいいなぁ……)

 フォルトゥーナ嬢は頬をうっすらと染め、恥ずかしそうに話してくれた。

「……まだ学園に入るまえなのだけどね、一度、攻撃魔法の練習をしていて失敗したことがあるの。ちょっと火傷をしちゃって……。それ以来、危ないことは極力避けるよう言われてて……」

 なるほどとルーカスは納得した。
 彼女は第一王子の婚約者だった人間だ。将来は王妃になることを望まれた人物。つまり守られることが大前提で、危険に飛び込むような立場の人間ではなかった。
 たとえ優秀な魔法使いであろうとも、危険を伴うものはダメだと周囲に止められたのだろう。

(でも、こんなキレイでかわいいお姫さまなら周りが過保護になっちゃうのも仕方ないよね)

「なにごとも習うより慣れろっていいますし、スキルを身につけるのは良いことだと思います」

 ルーカスが自分の思うところを述べると、フォルトゥーナ嬢は瞳をまんまるにさせて彼を見つめた。
 令嬢に見つめられ、ルーカスは嬉しくなった。

(初めて精霊たちのダンスを見せたときと同じ表情だぁ……可愛いなぁ……)

「それに、ぼくがお付き合いしますので、御身に危ないことなどありません」

「――え?」

「ぼくがフォルトゥーナさまをお守りします。だからだいじょうぶです。これはぜったいの誓いです」

 そう言って跪き、彼女のドレスの裾を少しだけ持ち上げて口づける。
 フォルトゥーナ嬢は一歩後ろによろけた。

「……あぁ、思い出したぁ……こういうのイケメンっていうんだわ……」

 本で読んだわというフォルトゥーナ嬢の謎の呟きは聞こえたが、ルーカスにその意味は分からなかった。耳まで真っ赤に染めた令嬢がそっぽを向いてしまったので、このひとりごとは聞かれたくない内容だったのかなぁと追求しなかった。


 ◇


 ある日のうららかな午後。
 ルーカスは騎士団員専用の訓練所に来ている。
 訓練所のなかでもここは、魔法を使う騎士のため特殊な防御の陣を施された専用の訓練所だ。少しくらいの攻撃魔法なら設備が壊れたりなどしない。

 先日フォルトゥーナ嬢と約束した火の攻撃魔法の特訓のためである。
 もちろん特訓をするのはフォルトゥーナ嬢で、ルーカスは付き添いだ。

 フォルトゥーナ嬢の指南役に任命したのは、辺境騎士団の副団長シエラ。
 黒髪に黒い瞳、雪のように白い肌の彼女は妖艶な雰囲気の美熟女で、辺境騎士団の団長、エドムンドの妻でもある。見かけは美熟女で、中身は“肝っ玉母さん”のシエラは面倒見もよいし、フォルトゥーナ嬢の指南役としては最適だろうとルーカスは思った。
 彼女は優秀な火魔法の使い手であり、同時に人に教えるのもうまい。



 シエラは手の平を少し離れた場所にあるまとへ向けた。
 彼女の周りでぶわりと熱が発生する。

「来たれ、我と契約せし精霊よ。我が力を糧とし我が意に従え。炎の拳、敵を討て! 『ファイヤーボール』!」

 彼女の詠唱に合わせ赤い光が出現したかと思うと、炎の塊が的に向けて放たれた。

 シエラの『ファイヤーボール』はなかなかの威力で、さらにコントロールもいい。
 彼女をお手本に、フォルトゥーナ嬢も同じ技を展開しようとしているが、いまひとつうまくいっていないようだ。

 ルーカスは邪魔にならないよう、彼女たちの背後にある見学席で練習を見守りつつ、フォルトゥーナ嬢へ向けて専用の守護結界を展開させている。
 彼女の姿かたちに沿って、薄く薄く張った守護結界には、他者からの魔法によるダメージをそのまま反転させ、本体フォルトゥーナ嬢には無害であるよう設定した。

(対魔法だけじゃなくて、爆風とか熱とか、物理衝撃からも身を守れるようにした方がよりよい守りになるよね)

 もっと改良を加えるべきだなと思いつつ、新たな守護結界を少しずつ重ね塗りしている。

(毎回ぼくがこうやって守護結界を張るより、同じ効果をもたらす物を常に身に着けさせるのはどうだろう)

 ルーカスはフォルトゥーナ嬢へ向け守護結界を張りつつ、いろいろと想定する。
 フルメタルアーマーなどは……と考えたが、着る本人に負担をかけるようなモノは却下だと思い直す。メタルアーマー自体がどう考えても貴族令嬢には重いだろう。鍛えあげられた肉体を持つシエラならともかく、フォルトゥーナ嬢には上半身のみでも無理だ。
 もっと軽く小さいモノでなにかないかと首を傾げながら思い悩む。
 だが生半なまなかなモノではルーカスの魔力を宿した瞬間に砕けて消滅するだろう。これは再考の余地があるな。などなど。
 脳内で試行錯誤を繰り返している現状は、つまり、新しい魔法をどんどん開発しているのだが、本人にその意識は皆無だ。
 おそらく、城の老執事がそのさまを見たら「うちの若さま、知ってはいたけどやっぱり超天才」と褒め称えることだろう。

 そんな「超天才」と褒め称えられるルーカスであるが、人に魔法を教えることは苦手である。
 幼いころから理屈がわからなくとも使いこなせたせいで、他者へことばにして説明することができないのだ。さらに、どうして他者はできないのか、どこにつまづいているのかが分からない。
 ぶっちゃければ「天才」であるがゆえに「できないことが理解できない」のだ。

 たとえばルーカスにとって『ファイヤーボール』は、彼の契約した火の精霊の名を呼び、『火の玉』とひとこと呟くだけでできる。彼の脳内で想定した大きさの火の塊が目的地へ向かい飛ぶ。手を翳す必要もない。
 彼にとってそれは理屈ではない。のだから。

 フォルトゥーナ嬢たちが練習する風景をぼんやり見守っている(ように見える)ルーカスのところへ、副団長シエラが大股でつかつかと近寄った。
 なんだかちょっと怒っているような顔で。

 そしてルーカスの正面に立つと、彼の近くまで顔を寄せ声をひそめて囁いた。

「若さま。邪魔をしていたのはあなたですね」

「へ? じゃま?」

 ルーカスには邪魔をする意図もないし、自覚もなかった。

「さきほどから、どうも令嬢の魔力がうまく循環しないと思っておりましたが……ルーカスさま。あなたがとんでもなく壮絶なまでに薄く薄く張り巡らせた保護膜が邪魔をして、令嬢の魔力がうまく精霊に届いていません。いますぐ解除してください」

「え」

 彼女を守るために張った結界が、彼女と契約精霊との絆を遮っていたらしい。

 まったく、なんでこんな無駄に高性能な保護膜を生みだしたんですか……などとシエラはひとりごちる。


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