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第四章
22.ぼくの願い
しおりを挟む「あぁ……それは悪かったな。ごめんなさい」
副団長シエラのなんともいえない迫力に押され、ルーカスはつい謝罪のことばを口にしてしまった。
(そうか。外側からの事象を弾くということは、内側から外へも漏れなくなるということか)
フォルトゥーナ嬢を完璧に守るために張り巡らせたルーカス特製の守護結界は、逆に彼女の邪魔をしていたらしい。
(うーん、どうしたものか)
「解除しました? ……まだまだ若さまの風の気配がしていますけど?」
シエラはジト目でルーカスを睨みつける。
「ん? ぼくの風の気配?」
「若さまの主な契約精霊は風の精霊でしょう? それに若さまの気配が色濃く残っていますよ」
へー。そんな違いが分かるんだぁ凄いなシエラは、と思ったときに閃いた。
(なんだ、そういうことか……)
「レイヤ」
ルーカスがそう呟くと同時に、彼の右の肩に紅い光がぽんっと現れた。ルーカスが契約している火の精霊だ。ルーカスの目には炎を身体に纏わせた人型(手の平サイズ)の精霊が視えている。
「なかよし。できる?」
ルーカスが火の精霊にそう尋ねると、その小さな精霊はくるくると回転しながら飛び上がり、フォルトゥーナ嬢の側にいる彼女の精霊に近づいた。
ルーカスたちが見ている前で、ちび精霊たちが手を繋ぎ、なにかを話しながら踊り始める。実に楽しそうである。
「カワイイ……」
フォルトゥーナ嬢が精霊たちを見ながらぽつりと呟いた。
瞳がキラキラと輝いて、口角があがった笑顔で。
それはまだ彼女の意識が完全回復していないころ、ルーカスの風の精霊たちのダンスを見ていたときと同じ表情だった。
あぁフォルトゥーナ嬢は精霊が好きなんだなと改めてルーカスは思う。
(ほら。おまえたちも混ざっちゃえ!)
ルーカスが『念話』で自身の風の精霊たちへも指示を出す。
いつもフォルトゥーナ嬢にダンスを披露していたちび精霊たちが、集団で火の精霊たちを取り囲み、仲間入りし手を繋いで、大きなダンスの輪になった。きゃらきゃら笑いながら踊る彼らは楽しげである。
(なんというか……牧歌的な風景だねぇ)
「えぇと……若さま? 精霊たちをたくさん顕現させて、いったいどうしたんですか? まぶしいですよ?」
シエラの目には、赤と白に光る光源(精霊だと認識している)が輪になってぐるぐるとリズミカルに動いたり飛んだり、なんとも賑々しい光景に見えた。
「うん。フォルトゥーナさまの精霊が、ぼくの魔力を認識できなかったから弾かれちゃったんだなぁって思って」
「……思って?」
「ぼくのと一緒に遊んで仲良くなればいいでしょ?」
「……はい?」
シエラは首を捻って考え込んでしまった。
ルーカスの言っている意味が分かるようで分からない。
精霊同士を遊ばせて仲良くさせているらしいことは理解したのだが。
「仲良くなると……どうなるのですか?」
「フォルトゥーナさまの精霊がぼくの魔力を認識するようになる。結果、彼女へ張った守護結界を“あるじを守るもの”と認識して彼女の一部となり、彼女から放たれる魔力が透過するんじゃないかなって」
「……スミマセン若さま。せっかくご説明いただきましたが、ワタシ、むずかしいことはヨク解リマセン」
そんなことが可能なのか、シエラには判断がつかない。
本来、人と精霊の一対一で関係が成り立っているという認識なのだ。他者の契約する精霊が関わるとどうなるのかなんて、考えたこともなかった。
数多くの精霊たちを従えるルーカスは規格外過ぎてわけがわからない。
「論より証拠だよね。フォルトゥーナさま。もう一度、『ファイヤーボール』を試してみてください」
フォルトゥーナ嬢がこっくりと頷くと、さきほどから高速回転し始めていた精霊たちへ声をかけた。
「サラ。来てちょうだい」
彼女の求めに応じ、赤い炎を纏った精霊が踊りの輪から抜け出した。
(おや。フォルトゥーナさまも精霊に名前をつけているんだ)
フォルトゥーナ嬢は緊張しているのか、真剣な表情になった。そしてゆっくりと右の手の平を的へ向ける。
一度、深い深呼吸をしてから、フォルトゥーナ嬢が叫ぶ。
「炎の拳、敵を討て! 『ファイヤーボール』!」
キュィィイィィィィンっっドォォォォオオオオンン!!!
周囲の空気を取り込んだ巨大な火炎の柱が真横に進み、的を木っ端みじんに破壊した。
爆風が過ぎ去ったそこにはなにもない。
周囲に焦げ臭いにおいが充満するのみだ。
(あれれ? ここって耐性の特別な陣を張ってなかったかな? 的が壊れるなんて前代未聞だよ?)
幸い(?)破損されたのは的だけで、そのほかの設備は少し焦げ目がついたくらいである。
ルーカスが陣の張り直しを検討すべきかと思ったとき、シエラが渇いた笑いを浮かべながらぽつりと呟いた。
「フォルトゥーナ嬢……それは『ファイヤーボール』というより……『爆発』? でしたね」
どうやら彼女の魔力はちゃんと精霊に届いているらしい。
ちゃんと届いたがルーカスの風の魔力も一緒に使っていた、ように見えた。
「うーん、相乗効果になっちゃったねぇ」
ただでさえ、“風”は“火”を煽る。だがこんなふうになるとは思ってもいなかった。
想定外の魔法を使ってしまったフォルトゥーナ嬢はというと。
初めてまともに攻撃魔法を使ったせいか、瞳をキラキラと輝かせ大興奮した嬉しそうな顔でルーカスを振り返っていた。
ことばはなかったが、「見てた? 凄かったよね⁈」と言われた気がしたルーカスである。
(うん。可愛いからいいか!)
そう。
彼女が、フォルトゥーナ嬢が笑顔でいてくれることが一番だとルーカスは思う。
生き生きとしている。
自分のやりたいことを言ってくれる。
ルーカスにとってはそれが一番たいせつなことなのである。
(だいじょうぶ。ぼくはきちんと笑っている)
渾身の笑みを満面に貼りつかせ大好きなフォルトゥーナ嬢を見れば、彼女もルーカスの視線に気がついて愛らしい笑顔を向けてくれる。
(だいじょうぶ。ぼくはきちんと笑っている)
フォルトゥーナ嬢が回復してから、まだたった数日しか経っていない。
どうして自分がこの地にいるのか。どうやってこの地で生きていけばいいのか。彼女はまだまだ模索途中。
彼女はこれからやりたいことを、自分の意思をとおすことを見つけていくのである。
ルーカスはその手助けができればいい。そう思っている。
ちゃんと、そう、思っている。
それでも。
ほんの一週間まえのフォルトゥーナ嬢が懐かしくて堪らない。
愛らしい声でルーカスの愛称を呼びながら、一生懸命彼を追いかけていた姿が恋しい。
あの日。
竜を見た日。
思わず告げてしまったルーカスの心情を、あの“幼いフォルトゥーナ嬢”は笑顔で聞いてくれた。
竜が消えたと同時に。
あのことばも一緒に消えた。
(だいじょうぶ。ぼくはきちんと笑っている)
ルーカスは自分の立場をよく理解している。
この想いは心の奥、たいせつな場所に保管するのだ。
たいせつな、とってもたいせつな。
彼女を守るために。
「も、もう一回やってみてもいいかしら?」
いい笑顔のフォルトゥーナ嬢はもう一度もう一度と、計五回『ファイヤーボール』改め『爆発』を披露したあと、魔力枯渇状態に陥り昏倒した。
彼女の保有魔力に比べ『爆発』は威力が大きすぎたらしい。
『爆発』は一日に三度が限度だとフォルトゥーナ嬢には説明しようとルーカスは思ったが、待てよ、と考えを改める。
自分の魔力を常に彼女に提供すれば良いのではないか? と。
そうすれば魔力枯渇状態にはならないだろう。
さて。ルーカスの魔力を常に彼女へ提供するための媒体はなにがいいだろうか。
まだまだ再考の余地のある思考は、ルーカスの心の虚ろを埋めてくれた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
次回から第五章!
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