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本編
33.依頼の品
しおりを挟む「兄さま。これ、預かってきたわ」
三年生になって初めての学力テストの後。
休日をまったりと過ごしていた俺にイザベラが長方形の小さめの包みを寄越した。なんだ? これ。雰囲気としてはネックレスとか宝飾品が入っているようなサイズの箱。
「遅くなったけど、年越し誕生祝いのプレゼントですって」
「誰からの?」
「兄さまが依頼した方からの」
俺が、依頼?
「いやだ、忘れちゃったの? なんて顔で呆けているのよ」
依頼って? 誰になにを? 自分の年越しの祝い? なんだっけ?
「ちょうど一年くらい前、いいえ、秋だったわね、わたくしにお願いしていたじゃない」
イザベラに、お願い?
イザベラにしたお願いといえば……
◇
『なぁ、イザベラ。年越し祝いのプレゼントをリクエストしても、いいかな。
俺、ずっと思っていたんだけど、ブリュンヒルデの絵が、欲しい。できれば、『彼女の自画像』が、欲しい。懐中時計くらいの、サイズで、その、持ち歩けるくらいの、で……』
だって、彼女は俺の『萌え絵』をたくさん描いている。そしてそれは簡単に描いたものではあるが『お仲間』にはなんの躊躇もなく下げ渡していると聞く。
ズルくね?
俺の方が彼女の絵を欲しがっているんだよ?
ささっと描いたデッサンであっても欲しいんだよ?
ずーーーーーーーっとそれを渇望している俺の手元に無いのって可笑しくね?
でもだからといって『俺の萌え絵』は欲しくない。この複雑な男心よ。
俺がもじもじとお願いすると、イザベラは呆れたように笑った。
『兄さまは、ずっと、あの子の絵を欲しがっていたものねぇ……それを、わたくしの口からあの子に依頼したい、というわけ? それが、“持ち運べる手の平サイズ”の“あの子の肖像画”? ……そう。わたくしが思う以上に兄さまって……』
悪いか。
いつでもどこでもブリュンヒルデと一緒にいたいけど、いられないからこそのこの望み。
『お前、いま濁した言葉は、なんだ?』
『あらいやだ。乙女には言えないわ』
『言えないようなことを考えるな!』
『たった今わたくしにお願いした件は、取り下げると言っているのね?』
『ごめんなさいもう言いませんイザベラさまには逆らいません』
『よろしい』
◇
そんな事もあった! そうだ、去年、そんなお願いしていた!
そしてブリュンヒルデ(と、イザベラ)のデビュタント当日、王宮へ向かう馬車の中で『ブリュンヒルデに了解を貰った』って言っていた件か!
そのあれが、これ、か!
でも俺、懐中時計のサイズってお願いしなかった?
懐中時計って円形だよね? それを箱に入れるなら、それは正方形だよね? 今俺が手にしているこれってば、どう見ても細長い、長方形なのですが。なんなら、とても懐中時計が入っているサイズではないのですが!
恐る恐る、蓋を開ける。
中には。
楕円形のペンダントトップのロケットペンダントが鎮座していた。金で象嵌してある? この飾り模様は、木蓮。クルーガー伯爵家の家紋だ……。
クルーガー伯爵家の家紋のペンダントって、それって、すっごく意味深なんですが……。
「あら? この家紋……」
一緒に箱の中身を覗き込んでいたイザベラも気が付いたようだ。
ペンダントを手に取れば、ずっしりとした重みを感じた。
ペンダントトップを開く。もしや、この中に彼女の絵が!
……と、思ったら。
中には確かにブリュンヒルデの手によるものだと解る、肖像画があった。
但し、『俺』の。
え。なにこれ。
『萌え絵』ではないが、俺の肩から上の肖像画だった。自分の絵なんて持ち歩いたらただのナルシストになってしまうよ?
そりゃぁ、俺、自分大好きだけどね? いやいや、確かにブリュンヒルデの絵が欲しかったけどね?
えー? なんでー? がっかり感がすごいんですが。
「それ、横にずらしてみて?」
がっかりする俺に、イザベラが隣から指示を出す。横にずらす?
言われたとおりに俺の絵の部分をスライドさせると、絵が重なっていた。かなりの重さを感じたのは絵が二重に入っていたからだ。
そこには。
ブリュンヒルデの自画像があった。
「ブリュン……」
渇望したそれの存在に嬉しさがこみ上げてくる。
やったぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁぁああ!!!!!!
ペンダントトップを両手の掌に収め、しばし神に祈る。
ありがとうありがとうありがとう、かみさま‼‼
生きててよかった、ほんとうによかった。
ありがとうありがとうありがとう、ブリュンヒルデ‼‼‼
君の絵が! やっと俺の手の中に! しかも『君』が俺の手の中に!
飛び上がって叫び出して、外に向かって大声をだしたい気持ちをぐっと抑えて目を閉じる。感無量とはこのことだ!
だって俺、おとなだもん。こどもみたいな真似はもうしないんだもん。
だもん、なんて考えている時点で怪しいけど、見かけは立派なおとなが床を転げ回って喜びを表現する訳にはいかないのだ!
「あらぁ。ブリューもやるわね」
しばらく、俺の手の中に収めたペンダントトップを見ようと、横から手を伸ばしていたイザベラに、渋々ながら見させたら、にこやかに笑ってくれた。
「一度は兄さまの絵を見せて肩透かしを味わわせてからの、待ち望んだモノを進呈する。なかなかのテクニシャンだわ」
ブリュン……俺の手の中にブリュンヒルデがいる……。サイズ的には思っていたよりだいぶ小さい(想定したのは手の平サイズ。そこから親指の爪くらいにダウンした)けど、確かにある。
ブリュンヒルデが、いる。この繊細なタッチは紛れもなく彼女の描いた物だ。
彼女らしい、彼女の代名詞だった鉄仮面な無表情。無表情だけど、これは少し戸惑ったような表情だ。いいの? これで本当に正解なの? って思っている表情のブリュンヒルデだ。
あぁ、彼女が何を考えながらこのちいさな絵を描いたのかが解るよ。
でも。
なんか違うよな?
「イザベラ。ブリュンヒルデの顔ってこんなんだったか?」
「兄さま、どうしたの? これは誰がどう見ても、ブリューよ?」
嬉しくなりすぎて頭変になっちゃった?
そう言ってイザベラが俺の頭を心配した。
うん、確かにブリュンヒルデなんだけどね。なんか、どこかが違うんだよなぁ……。
よくよく見れば、『俺の肖像画』にもなんとなく違和感を覚える。
なぜだろう?
どこが変なのだろう? というか、俺はこんな顔していたか?
とはいえ、小さな違和感だったのでそれは放置した。
なんせ、翌日にクルーガー伯爵家から正式な親書が届いたのだ。
ロイエンタール侯爵家次男とクルーガー伯爵令嬢との婚約受諾通知書だった。
つまり、このペンダントは『クルーガー家にお婿入りしてね』、というブリュンヒルデからの返事だったのだ。
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