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3.心の声が聞こえる

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 ◇
 

 あの最弱魔人を見逃そうと最初に提案したのは、たしかにリンだ。
 だがリンの提案を受け入れたのは全員だ。いまさら裏切り者呼ばわりされるなんて、釈然としない。


《いい子ぶって…。だからあなた、目ざわりなのよ》


 ふいに、リンの脳内に公女の声が響いた。
 公女の口は動いていないのにも関わらず。

(え? テレパシー、的な?)

 リンは驚いて公女を見つめた。
 なぜ彼女の声が突然聞こえたのか分からない。
 公女特製の魔導具によって魔力も神聖力も封じられているはずなのに。
 それにそもそも、テレパシー的な能力をリンは持っていない。

《わたくしの幸せのために……始末しなくては》

(なんか怖いこと考えてるーーー!)

 慌てて視線を戦士へ向けた。すると、

《俺は王子の命令に従うだけ俺は王子の命令に従うだけ俺は王子の命令に従うだけ》
 
 戦士の声も脳内に響いた。彼は同じことばを延々と繰り返している。これもちょっと怖い。

(ど、どういうこと?)

 視線を王子へ向ければ

《すまないリン。僕はきみを野放しにすることはできない。これがきみのためなのだ》

 まちがいなく王子は口を動かしていない。にも関わらず、彼の声が脳内に響いてきた。
 リンには耳ではなく、脳内に直接みんなの声が聞こえるのだ。

 が。

(わたしのため? って、どういうこと?)

 リンは脳内に響いた彼らのことばの内容に戸惑うしかない。
 王子は相変わらず苦々しいと言わんばかりの表情でリンを睨んでいる。

《きみはあまりにも神々しくうつくしい……僕には手の出せない存在……そんなきみを手放すなど、とうていできないのだ!》

 そんな仲間たちの心の声(?)が、なぜ聞こえるのか。
 リンにはどうしてそうなったのか、さっぱりわけが分からない。
 それに彼らの心の声も、わけが分からない。

 だれもかれも勝手なことを言っている!

「きみは魔人に情けをかけた。逃げ延びたあいつは、やがて逆襲の機会を狙うだろう。僕たちはそんな機会を与えたきみを粛清せねばならない!」

 王子が厳かな声で宣言したと同時に、曇天の空を稲妻が走った。
 ゴロゴロと不快な音を響かせながら、空までもリンを責めているようだった。

 リンは反論した。

「冗談じゃない、魔王は死んだ! 消滅した! 王子、あんたの剣でトドメを刺したはずだ! 魔王の死と同時に魔獣たちもほかの四天王も塵になった! 城だって崩れ落ちた! あそこで見逃した四天王最弱のなんたらも、同時に消えているはずじゃん!」

 リンは必死になって彼らの考えを変えようと、自分は裏切者なんかじゃないと訴えた。

 だが。

《俺は王子の命令に従うだけ、俺は王子の命令に従うだけ、俺は王子の命令に従うだけ……》

《あぁ……リン。愛している。愛しているが……僕には……》

《わたくしのサイモンは死んだのにっ。いまさらあなただけ幸せになんてさせないっ》


 三人が三人とも、身勝手なことを言っている。
 そんな中でも、ヒステリックな悲鳴のような声で聞こえたのは公女の叫びだった。

 リンは公女を見た。
 いつもうつくしくキリッとしてて、博識でいろんな魔法を教えてくれて、魔導具作りも得意で……。
 リンの親友だと思っていた彼女が……。

《わたくしの幸せのためにあなたの存在が邪魔なのよリン》

 なんだかとんでもないことを内心では言っていた!

(え? なんで? わたしの存在がアイリーンの幸せを妨げている?)

 公女アイリーンの心は婚約者の死を悲しんでいると同時に、そのせいで幸せになれないと嘆いている。
 そして、幸せになるためにリンを亡き者にしたいと望んでいた……。

 それはつまり……自分の婚約者は死んだ → 自分は結婚できない。
 リンの婚約者は王子 → このままなら結婚する → 許せない、という理屈なのか?

 なんだ、その身勝手な屁理屈は。
 腹が立ったリンは公女を指差して言った。

「ねえ、アイリーン。あんた、魔法騎士サイモンが悩んでいたの、知ってた?」

「え?」

「彼、悩んでいたよ。アイリーンと王子が仲良すぎるって。本当はアイリーンは王子妃になるはずだったのに、自分が婚約者になっても良かったのだろうかって。自分を卑下してた。
 今回の討伐で胸を張ってアイリーンと結婚できるような手柄を立てるんだって、言ってたんだよ」

 だから、なのだろう。
 魔法騎士サイモンはいつもパーティーの先頭に立っていた。
 そうして先頭にいたせいで……トラップにかかった。

「もともと三人が幼馴染みとして育ったんだって聞いたよ。
 公爵閣下の命令で公女の婚約相手はサイモンになったけど、アイリーン本人は王子と結婚したがっているって、悩んでた」

 王子と公女と魔法騎士。
 三人とも同じ年の幼馴染み。

(男子ふたりに女子ひとり。トライアングラーになるのは物語でも定石だよね。物語はそれでもいいけど、現実にふたまたかけてるのはマズイよ)

「そのお悩み相談を受けてから、わたしもそれとなくあんたたちふたりを観察してたけど……。イチャイチャし過ぎ。サイモンの心配ももっともだって思った。魔王城からの帰りだって……」

(あ。これは言わないほうがいいのかな)

 リンは慌てて口をつぐんだ。
 けれど、ちょっと遅かったらしい。
 公女の顔色がはっきりと変わった。

「魔王城からの帰りが……なんですって?」

 険しい表情を浮かべた公女。
 そのとき、いつもの彼女ならしない動作をした。たぶん、無意識に。本能的にといったほうが正しかったかもしれない。

 その手が、腹部を庇った。

 リンは勘が良い。公女のその動作と、今までの王子とのアレコレが脳裏を過ぎり……。

「アイリーン、妊娠してるんだ」

 ポロリと口を滑らせた。


 ◆


 魔王城からの帰途は、魔獣たちが襲ってくる心配がないおかげでとてものどかな旅路となった。
 心配することは天気の具合と食料事情くらい。
 早めに人のいる土地へ戻ろうと話しながらの野営。

 そんなある日の真夜中。
 公女は火の番をしていた王子を誘い、こっそりと少しだけ離れた森のほうへ向かった。

 その姿を、薄目を開けたリンは無言で見送った。
 気配に聡いリンは、自分の隣で寝ていたはずの公女が起き上がる音で浅い眠りから覚めてしまったのだ。

 彼らは野営地から少しだけ離れた森のほうへ行って、公女特製の音声遮断魔導具を作動させていた。

(そりゃあね、音は聞こえなかったけどね。真夜中の木の影で堂々と立ちバックで青カンしてる姿は遠目にもばっちり見えたわよ。いくら寝静まっていたからって、なんだかなぁって思ったわよ、こっちは)

 婚約者を亡くした公女の情緒が不安定だったのは、リンも認める。
 でも彼の葬儀も追悼もしていない状態で、幼馴染みに身体で慰められるのってどうなの? と遠い目になった。


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