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4.迷惑なトライアングラー
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とりあえずリンの知るかぎり、王子と公女の仲がそうなったのは魔王討伐後のことで、何回か確認している。
そのせいで、リンの王子へ向ける気持ちが盛り下がったのは確かである。
(あのときのアレが実になったのですねおめでとうございまーす)
なかば白けた気持ちでちらりと王子を見れば、
《あぁ……。やはり、リンには解ってしまうのだな。神聖力を封じたとて、彼女の心眼には効かないわけか》
王子は心の声でなんか気持ち悪いこと言ってた。
《僕は責任をとって公女と結婚しなければならなくなった。
あぁ! あのときアイリーンを慰めるためなどといって中出ししなければよかった! アイリーンのカラダは気持ち良すぎる!》
(うわああぁ……。なんか、サイテーなこと考えてませんかね王子?!)
《僕が真実愛しているのはリンだというのに!》
「……は?」
王子の心の声が気持ち悪いしうるさい。
彼から目を逸らし公女を見れば、こっちはなんだか凶悪な顔になってて怖い。
美人なのに。美人だからか。
「わたくしが妊娠してるだなんて……いい加減なこと言わないで」
《どうして分かるの。わたくしでさえ半信半疑なのに。やはりリンは恐ろしいわ》
「いい加減かどうか、お医者に行けば? 行かなくても、何ヶ月かすれば体型が変わるし。相手は判ってるし?」
チラリと『相手』である王子へうっかり視線を向けてしまった。
《ああ! そんな不安そうな顔で見つめないでくれリン! 僕の心はきみのものなんだ!》
王子はさらに気持ち悪いことを考えているから、リンはうんざりした。
(つまりこれは……ぐだぐだトライアングラーのせいなんだな?!)
公女は婚約者がいるにも関わらず、王子にもちょっかいをかけていた。
その婚約者が死んで身体の関係を持ち、さらに妊娠の事実に気がついたので結婚することにした。
王子も幼馴染みと関係を持ってしまったことの重大さをやっと理解したというところだろうか。
(身勝手にもほどがある!)
王子も王子で、公女と仲良しなんだからそっちと婚約していれば良かったのだ。
最初からリンと婚約なんてしなければ、今揉めることもなかったのに!
もしくは、慰めるにしても貞節を守っていれば……。
(お外でいたすのが好きなひとって……つまりスリルジャンキーってことだよね……相容れないわぁ)
リンはため息をついたあと、公女へ向け口を開いた。
「えっとね、アイリーン。わたしは仲間であるあんたたちが結婚して幸せになるのは大賛成なんだよ。
王子の婚約者だなんて大層な地位はわたしには必要ないの」
そう。
リンはこの世界で生きていくしかないと知ったとき、慰めてくれたライオネル王子をちょっと好きになった。
でも“王子”は次期国王だ。
そんな人間の妻になるのってどうよ? なんて考えてちょっと尻込みしていたから、のめり込むほど好きだったわけではない。
なにより魔王討伐という使命優先で、恋愛を育んでこなかった。
婚約解消してくれと言われれば、はいとすなおに返事ができる。
……慰謝料くらいは貰わねばならないと思うけれど。
「だからその物騒な考えは改めて、この剣は下ろすよう言ってくれないかな」
さきほどから戦士の持つ剣のさきが震えていて、リンはひやひやしている。
危なっかしいから早く下ろしてくれと叫びたい。
「王族の婚約は破棄できないから……なんて理由でわたしを亡き者にしようっていうなら、いっそ、わたしは日本に還ったことにして、ここに置いていってくれればいいから。
邪魔者は消えるにしても、もっと穏便な方法をとってくれないかな」
もともとは日本人で庶民生まれ庶民育ちのリンにとって、王族との結婚なんてたとえ異世界でも(異世界だからこそ!)荷が重すぎる。
王子と公女の幼馴染みの絆とやらも、痛いほど感じた。彼らを引き裂く悪役になんてなりたくない。
なんのかんのと二年間もこの地で生きてきたのだ。野宿にも慣れた。
当面の先立つものをちょっとだけ用意してくれれば、まあなんとかなるだろう。
そう思っての提案だったのだが。
《秘密を知ってしまった以上、これ以上リンを生かしてはおけないわ》
《…………………………》
《リン……きみはうつくしく神聖な聖女……とても僕が欲望のはけ口にしてはいけない存在……だからこそ、野に放ってほかのだれか知らない男に抱かれるなんて許せないし想像もしたくないっっっ》
公女はさらに物騒な考えをし、戦士は思考停止したまま、王子はもっと気持ち悪いことを言っていた。
(うぇええっ?! ちょっと待ってよ、勘弁してよ気持ち悪っっ)
王子の本心を知ったリンは鳥肌が立つ感覚を味わった。
「聖女リン。殊勝なことを言っても無駄よ。あなたはここから落ちて、その魂はあなたの故郷へ還るの。その方があなたのためだもの。――ジュード」
公女のうつくしくも無情な声が響き、戦士へは低い声で命令を下した。
戦士が一歩前に出る。
とうぜん、彼の構える剣の刃先もリンに近づく。
リンは一歩後退する。
リンの足元、峡谷の崖の端から小石が落ちた。
ちょっと待ってくれとリンが言いかけたそのとき。
ゴロゴロという轟音が閃光とともに空一杯に広がった。
いなづまが走り、ドーーーーーンッという凄まじく重い衝撃音が空間をも震わせながら鳴り響いた!
勇者一行が見ている風景の中、魔法騎士が造りあげたあの橋にかみなりが落ちたのだ!
リンも思わず振り返ると橋を見た。
天才魔法騎士サイモンが心血注いで造りあげた橋が。
リンの意見を取り入れ、金門橋のような優美な姿をしていた橋が。
彼の死後も崩れ落ちることなく、その雄姿を誇っていた橋が。
いかづちを受け吊り橋のケーブル部分が切れるのを皮切りに、徐々に崩れ解体し、やがてすべてが瓦解していった。
壊れた橋の残骸は魔峡谷の暗い闇の中へ崩れ落ちていく。
突然の落雷による惨事に、だれもが呆然とその場に立ち竦んでいた。
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