14 / 20
十し。アレがない
しおりを挟む「わたくしとしては、季節のおりおりに子どもたちの成長ぶりを確認していただきたいものですわ。
そして顔を合わせたら挨拶くらいしてください。社交の場では、立場が下の人間から話しかけてはいけないけれど、相手はご自分のお子ですからね? 家族ですからね? 立場云々の話ではございませんでしょ? おはようやおやすみなさいを伝えるのは当たり前のこととご承知おきくださいませ!
あとは……そうね、月に一度でもいいからあの子たちとお話しする時間をとってくださいませ」
旦那さまがお忙しいことは充分承知しております。できればそのお忙しいお仕事をセーブしてもらいたいですけど……。無理かしら。無理ならべつにいいのだけど。
「……善処する」
あら。なんだか神妙な顔をした旦那さまがそうおっしゃいました。
ちょっと意外。そんなことできないと却下されるとばかり思っていましたのに。
「だが……その、私は不用意にことばを使ってしまう。子どもたちを傷つけるかもしれぬ。それでも、いいのか?」
なるほど。
たしかにこの人、デリカシーがない人でしたわね。
子どもたちが生まれたときの無神経な暴言、忘れたことはありませんわ。
これは……なんらかの措置が必要ですね。
「では。子どもたちとの時間、わたくしも立ち会いましょう。不適切なことばを使った時点で、問答無用で踏みます。それでもよろしくて?」
「踏んで教えてくれるのならありがたい!」
お待ちになって。踏まれるのに喜ぶのですか?
比喩ではありませんのよ? ほんとうに遠慮会釈なく踏みますよ?
「場合によっては蹴りますが、それでもよろしくて?」
「是非ともっ!」
いえ、是非は問うてほしいものですが。
なんだか旦那さまのお顔がキラキラ輝いて嬉しそうに見えるのは気のせいかしら。
踏まれたり蹴られたりするのがお好きだったとは知りませんでしたわ。
それはともかく。
「子どもたちへの対応を変えていただけるのならば、これほど有難いことはありませんわね。
それでは……わたくしのことなど放ってくださって構いません。どうぞ、心置きなく娼館でお好みの美人さんとねんごろになってくださいませ」
「いや、待ってくれ! そんな者はいない!」
さきほどまで嬉しそうだったキラキラが一瞬でなくなりましたわ。
「いえいえ。そうおっしゃらず。わたくしとの閨の時間がありませんでしょ? どうせ遊ぶのならお相手の女性もお仕事だと理解している方と遊んでもらいたいものですわ」
あのマダムの教育が行き届いているお店の【姫】たちの方が心得ていることでしょう。
どこぞの人妻やら未亡人やらとラブアフェアを楽しまれるよりも、よっぽどマシです。
「そうでなければ旦那さま。もしや勃起不全でいらっしゃいますの?」
「は?」
「――?!?!?!」
いやね。旦那さまはポカンとして、ポールは声なき声をあげて驚愕しているわ。
ポールったら、なんだか先ほどから慌てたようすで身振り手振りしています。わたくしになにか伝えようとしている? のかしら。……よく分からないわ。
「わたくしなど、こどもを生んでから用無しになりましたでしょ。捨て置かれるのも慣れましたわ。でももし障がい理由だというのならば、お医者さまにご相談なさいませ。お辛いのではございませんの? よくわかりませんけど」
健康体ならば、それなりにそういうお相手が必要なんじゃないのかしら。
わたくしとは一切の接触がない以上、どこかよそで発散してると思うのが普通よね。さもなければ物理的に無理なのだと。
幸いわたくしは、そういう欲が希薄な性質みたいだからなんの不満もないのだけど。
……ちょっとだけ、寂しいとは思いますけどね。
初夜の晩、彼の肩に凭れてウトウトしたあの日が一番幸せだったわ。
あの日にエリカを授かったから、それ以来夜の時間は持たなくなって……。
……うふふ。
今さらあの日のことなんて思い出してもしかたないですわね。
ようやくわたくしの言ったことばの意味を理解したらしい旦那さまが、いや違う不全などではないと言っています。
ポールは疑わしいといった表情で旦那さまを見ています。
べつにわたくしにとっては、旦那さまが不全でもそうでなくとも変わりはないのですけどね。
「さようでございますか。それならばなおさら、旦那さまが娼館で羽目を外されたとしても、わたくしとやかく申しませんわ。お好きになさればよろしいかと」
今生では好き勝手すると決めましたけど、やっぱり旦那さまの自由まで奪う権利はわたくしにはないと思いますの。ね? わたくしはわたくし。旦那さまは旦那さまで好きに生きれば良いのよ。
「ちょ、ちょっと、待ってください奥さまっ! その、口を挟んで申し訳ありませんがっ」
ポールが蒼白な顔で声をあげました。
本来、家令であるポールが主人格であるわたくしたちの会話に参加することはありません。
こちらから意見を述べるよう命じない限りはね。
だれよりもそれを理解しているはずの彼が口を挟んでくるのですもの。もう辛抱できない! って感じなのかしら。
「さきほど奥さまは、閨の時間がないと、子どもを生んでから捨て置かれている……とおっしゃいましたか?」
「そうよ」
「あの……アレがない、という意味……ですか?」
「なにを今さら聞いているの、ポール。わたくしたちが夫婦の寝室を使っていないことを、あなたが知らないわけないでしょ?」
わたくしたち夫婦の寝室は、使われなくなって久しいのです。埃避けの布で覆われている家具がもの哀しさを表現している状態。
そんな状態を家令であるポールが知らないわけはありません。
王宮でのお仕事や領地経営のことならすべてを把握していなくとも致し方ないでしょう。ですが屋敷内で起こっていること、それも主人の動向を知らないで仕事なんてできませんわ。
「いや、ですが、あの……奥さまの寝室もありますのに?」
そりゃあ、わたくしの私室のベッドもそれなりに広いですけど。
「旦那さまはわたくしの部屋になど来たことありませんよ?」
「はあ?!?! そんなはずありませんっ!!!」
血相を変え大きな声を出したポール。
どういうこと?
「私は奥さまの寝室から出てくる閣下を何度もお見受けしておりますっ!」
「え?」
ポールは血相を変えたまま、旦那さまに詰め寄りました。
「どういうことですか、閣下! 私はてっきり、夫婦の時間は奥さまの寝室で取っていると思っていましたよ?!」
129
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる