楽しい転生

ぱにこ

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41話

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 日課の太極拳を終え、朝食の準備に取り掛かった私は、横目で父様とアルノー先生を見ております。

 あ、ストレッチが終わり、父様が木剣をアルノー先生に渡しました。
 アルノー先生は木剣を繁々と眺めておられます。
 貴族の男性は幼少より、剣術を嗜むものなのですが、アルノー先生の表情は、まるで木剣に触るのが初めてという感じですわ。

 父様が素振りを始められました。
 アルノー先生も父様の様子を観察し、真似ておいでですが、へっぴり腰ですわね……。
 父様がアルノー先生を見て、小さく溜息を吐いた後、何かを呟いているご様子。
 背筋を伸ばすように指摘されたのですね、先ほどとは違い、綺麗なフォームになっております。
 父様も満足気な表情を浮かべて、ご自身の鍛錬を再開されました。
 両者、一心不乱に木剣を振っております。

 毎朝、父様は5000回の素振りをなさいます。
 その素振りの速さといったら、目にも留まらないんですの。
 鍛錬を重ね、動体視力が強化された今でも、残像しか見えませんの。

 ですが、今の父様の素振りは目に優しい……。
 剣術を始めたばかりのジョゼですら目で追えて、美しいフォームは参考になることでしょう。

 素振りを50回ほどなさった頃でしょうか、父様の腕が痙攣し始めました。
 苦々しい表情をなさっておられます。
 アルノー先生は体が温まり、調子が出始めたのですね、木剣を振るスピードが上がり、嬉々揚々とした笑みを浮かべております……。

 あっ!父様っ……。
 父様が倒れられました……。
 父様は木剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がり、こちらに向かってこられます。
 生まれたての小鹿のようですわ。

「とうさま…………」
「ルイーズ…………」

 私は父様に冷たい手ぬぐいと経口補水液(水、塩、砂糖を混ぜたもの)を渡し、隣に腰かけるようにお招きいたしました。

「けさのちょうしょくは、パンケーキにしましたわ。せんじつ、たちよったシュクルのまちで、じゅえきからとれるシロップをてにいれましたの。きっとパンケーキのおいしさをひきたたせてくれるでしょう」
「そうか、朝食が楽しみだな……」

 私と父様は短い言葉を交わし、未だに素振りを続けているアルノー先生を眺めます。
 落胆の色を隠せない父様。

「とうさま……わたくしたちがぼうけんしゃとなったおり、アルノーせんせいのよわさが、いのちとりになるかのうせいもございます。……いまはおつらいでしょうが、そのからだをつよくしてくださいませ」

 そんな父様に提案いたしました。
 父様の強さでその軟弱な身体を強化してくださいませ。
 私の言葉を聞き、力強く拳を握りしめる父様は顔をあげ、こう宣言なさいました。

「━━━━うむ、ペンダントの持ち主の言葉が真実ならば、後2日……その間、私に出来る限りの強さをこの身に刻み込もう!」

 先ほどまでとは打って変わり、父様の瞳は力強く輝いております。

「はい、よろしくおねがいいたします」

 私は最上級の笑みを浮かべ、父様に淑女の礼をとります。
 普段は侯爵家の令嬢という立場を忘れがちですが、やはり、こういった場合はカーテシーですよね。
 うん。思い出して良かった。
 ドレスではなく、道着なのが残念ではありますが……。

「ア˝━━ア˝ア˝━━━━」

 父様が手をワキワキとさせ、不思議な声を発しております……。
 どうなさったのでしょう?

「おじょうさま……こちらへ」

 何故か、冷めた目を浮かべたケンゾーに腕を引っ張られて、馬車の後ろに連行されました。

「ケンゾー、きゅうにどうしたの?」

 パチンッ

「いたっ!ケンゾーいたいわっ」

 ケンゾーにデコピンされました。

「はぁ……おじょうさま。今のげんじょうをりかいしておられますか?ご主人さまとアルノー先生はいれかわっておられるのですよ」

「うん?わかっているわ」

「ふぅ………………こういったやりとりのあと、いつものご主人さまでしたら、どういったこうどうに出られますか?」

 深い深いため息を吐いたケンゾーが、父様の行動パターンについて聞いております……。
 いつもの父様ねぇ……。

 まずは…………。

 ハッ!!!!!

 ハグして、頬ずりして、抱きかかえて振りまわしますわっ!

「ケンゾー……わたくし、わかってしまいましたわ。とうさまは、がまんをされておりますのねっ」

 ケンゾーの肩をガシッと掴み、問いに対する答えを引き出そうと、揺さぶります。

「あ˝あ˝ー、せ、せいかいですが━━ゆらさないで、くださいぃぃ」

「あ、ごめんなさい……つい……きぶんはわるくなっていない?」

 ケンゾーの背中をさすり、揺れて気分が悪くなっていないか尋ねました。

「平気ですよ。これくらいのゆれで、気分がわるくなるようなきたえかたはしていませんし。それよりも、ご主人さまにたいする、せっしかたをもうすこし、かんがえてください」

 接し方と言ってもねぇ。
 体がアルノー先生なんだから、いつものスキンシップはNGだし。
 隣に座って、お話するくらいしか思い浮かばないもの。
 でも、それはそれで、父様がお辛いんでしょう?!

「だめ、おもいうかばないわ。いつものように、かいわをするくらいしか、ないじゃない。ほかになにか、ある?」
「そうですね……」

 ケンゾーは顎に手を添えて、考え始めました。
 そして、思い浮かんだ事を、自信なさげに呟きます。

「えがおはきんし。ちかいきょりでの、会話もきんし……手をふれるのもきんし……」

 ちょ、ちょっと!

「なんの、ごうもんですの?えがおをうかべず、ちかづかずって、ひどいわ」
「ですが、そうでもしないと、ご主人さまがおつらそうですので」

「へいきよ。きっと、とうさまなら、つよいせいしんりょくでたえてくださいますわ。そして、もとどおりになったあかつきには、たくさん………」

 スキンシップをしてくるでしょう。

 ……私の方が、憂鬱になってきたわ。
 ふぅ……。

「ケンゾー。とうさまはだいじょうぶ。だから、ちょうしょくにしましょうか」
「そうですか?では、おなかもすいてきましたし、もどりましょう」

 覇気のない表情でそう伝えると、ケンゾーは空気を読んでくれたのでしょう。
 それ以上の事は語らず、戻る事に対して賛同してくれました。

 ・
 ・
 ・

 攣りそうになる手に喝を入れつつ、パンケーキを30枚焼きました。
 誰か、褒めてくれてもいいのよ……。
 でも誰も褒めてはくれない……と。

 まぁ、にこやかに食べている姿を見ると、苦労も報われるのだけどね。
 今朝のメニューはパンケーキにメイプルシロップを添えて。
 ソーセージをグリルしたもの。野菜たっぷりのスープですわ。
 スープには、シュクルで仕入れた干し貝柱も入れたので、クラムチャウダーっぽくなりました。

 そして、デザートにぴよたろうが採ってきてくれた果実……。
 これは私とケンゾーの分しかありません。
 ですから、他の皆さまには、コーヒーは平気か確かめる為に黒茶を淹れてみました。
 コーヒーの味が苦手な人っていますものね。
 嫌いなものをお出しする訳にもいかないじゃない?!
 食の好みを知るのは、作る側にとっては大事なことですの。

 まずはブラックコーヒーならぬ、ブラック黒茶……これだと、黒黒茶になってしまうわね……。
 まあ、いいわ。
 父様と師匠はおっ!美味いと仰りながら、飲んでいらっしゃったので、いける口ですわ。
 アルノー先生は、うっ!としかめっ面をされた後、水をゴクゴク飲んでいらっしゃいました。
 ケンゾーには、スプーンでひと匙だけ飲んでもらったのですが……ウガァーと苦しんでいました……。
 子供だから、仕方がない。
 リョウブさんは、頭にクエスチョンマークをたくさん出しているような不思議な顔をされていました。
 ですので、好きか、嫌いかは不明。
 カリンさんと獣人さん兄弟は苦みが無理と仰っておりました。
 なのに、カチヤさんは香りを楽しみ、口に含むとあら?美味しいわ。と……。
 その姿がとても優雅エレガントで、まるで貴婦人の様でした。

 ミルク入りは、ケンゾー以外好評で、ミルク砂糖入りは、ケンゾーも問題なく飲めました。
 ですが、子供の内は、味見だけね。

 と、いう訳で。コーヒーデザートは気兼ねなく作る事が出来そうです♪

 黒茶の検証も終わりましたので、いよいよ、果実の実食です。
 見た目はリンゴ、香りは桃。
 剥いてみると、白く瑞々しい果肉が現れました。中心にはコロっとした種。
 見た目と香り、どちらをとっても、本当に美味しそうなのに……。

「では、ケンゾー。いただきましょうか」
「はい……いただきましょう」

 両者、目を合わせコクリと頷き、果実へと手を伸ばします。

 パクッ

「「………………」」

 モグモグ

「「…………」」

 ゴクン

「「…………」」

 放心状態から、ひと呼吸。
 互いが遠くを見据えたまま、口を開きます。

「ねぇ、ケンゾー」「あの、おじょうさま」

 …………。

「いいわよ、ケンゾーからはなして」
「では、えんりょなく、もうしあげます。私たちは、なにをたべたのでしょう?」
「そうね、どうかんだわ。わたくしたちは、かじつをたべたはずなのに、なにもたべてないようなかんかくにとらわれている……」

「ふしぎですね」
「ええ、ほんとうに、ふしぎだわ」

 不毛な味。
 香り、見た目、食感は確かに存在するのに、味がないのです。
 飲み込んだ後、空気をゴクンとしたみたいな感覚に囚われるのです。
 これは、美味い、不味いという味の概念を覆した存在。
 まさしく、不毛な味なのです。

「あ、でも、マナのじゅんかんがよくなったような、きがしますわ」
「そういえば、そうですね……よくわからないものを、たべたしょうげきがつよくて、気にもとめておりませんでしたが、たしかに、マナのじゅんかんが良くなっております」

「ぴよたろうにかんしゃしなくてはね……」
「そうですね。ぴよたろうにかんしゃしませんと……」

 そんな子供たちの様子が可笑しかったのか、師匠が大笑いしております……。
 声にならないほど笑っております。
 そんなに笑うとひきつけをおこしますわよ。

 ほら……。

「ケンゾー……ししょうがこきゅうこんなんをおこしはじめておりますわ」
「じっちゃん…………」

 ・
 ・
 ・

 師匠の大笑いが落ち着いた後、出発いたしました。
 師匠ったら、本当に酷かったの。
 皆を巻き添えにしてまで、大笑いしたんですよ。
 確かに、遠くを見据えたまま、空虚な目をして語っておりましたが、そんなに笑う事かしら?

 ケンゾーと二人で頬を膨らませて、プイっとしたら、謝ってくださいましたけど。
 肩が震えていたのはしっかり目撃しましたからね。

 でもね、そんな私達の様子を見たぴよたろうが、師匠に反撃しましたの。
 足を突いただけですが、怒ってくれた事に嬉しくなってしまって。
 ケンゾーと私は気分がすっきりしました。

 そして、私と父様はただいま、走っております。

 馬車の御者は師匠にお願いして、父様つまり、アルノー先生の身体を鍛えているのですわ。

 息切れをして苦しそうですが、愛娘の為と囁きながら頑張っておられます。

「とうさま、だいじょうぶですの?むりはなさらないでくださいね。もし、からだをきたえるのが、むりなようでしたら、まほうのほうをきょうかいたしましょう」

「はぁはぁ━━いや、まだ大丈夫だよ。体力はないが、マナの循環は良くなってきているからね」

 ほぉ、マナの循環が良くなってきてるのね……。
 では、魔法の方も、期待できそうだわ。
 魔法の練習は、チートな父様の身体を預かる、アルノー先生も巻き込んでにいたしましょうか。

 コツが掴めなければ、元の身体に戻った時に、魔法が発動しない可能性もあるからね。

「とうさま。もうすこし、はしったら、アルノーせんせいと、まほうのれんしゅうをいたしませんか?」

「先生と?」

「ええ、そうですわ。まほうのコツをつかんでいただかないと、つかえるのに、つかえないじょうたいになりかねませんでしょう?」

「うむ、そうだね……しかし……」

 そう仰った父様は、考え込んでしまわれました。

「なにか、きになることがあるのですか?」

「いや、大丈夫だろう」

 なんでしょう?とても気になる濁し方をされました。
 何かのフラグでないといいのだけれど……。



 距離にして、10キロほど走った頃でしょうか?!

「もう、無理のようだ………」
 と、父様は仰りつつ、バタンと倒れられました。

「とうさまっっ!!」

 父様に駆け寄り、怪我や異常がないか、確かめます。
 良かった……。
 疲労だけのようね。
 幸い、一番後ろを走っていたので、轢かれずに済みましたが、このままだと誰にも気付かれずに置いて行かれてしまうわ。
 …………。
 どうやって父様を運びましょうか?!
 私が大きかったら、お姫様抱っこで運んで差し上げますのに……。
 でも、抱えるのは無理でしょう。引きずるのも無理。
 放り投げるのは以ての外。
 なので選択肢は一つ。
 浮かせて運ぶことにしますか。
 叱られると困るから、一応、許可をいただきましょう。

「とうさま。うかせてはこびますが、よろしいですか?」

「ルイーズ…………致し方なし…………頼んだよ」

 力無く答えた父様は再び、地面に突っ伏してしまわれました。
 疲労困憊って感じですね。

 魔法を発動して、父様を浮かせます。
 自分自身が飛ぶ魔法と違い、これは浮かせるだけの魔法なのです。
 闇魔法と風魔法の応用編ですわ。
 浮かせるだけにすると、マナの消費も抑えられて、軽く引っ張るだけで移動させられるの。
 重い荷物を運ぶ時に便利ね。

「とうさま、おもいっきり、はしりますので、しょうしょうゆれますよ」
「ああ……」

 父様の了承を得て、猛ダッシュいたします。
 風を切り、走り抜ける感覚はとても気持ちがいいですわ……。
 きっと、オリンピック選手も真っ青なスピードですわね。うふふ。

 あ、ようやく馬車に追いつきましたわ。

「とうさま、とびうつりますよ」
「ああ……」

 父様の体(アルノー先生の体ですが)をぶつけない様に、馬車へ飛び移りました。
 いきなり飛び乗ってきた私に軽く驚いたアルノー先生とケンゾーでしたが、父様の姿が目に入ると、目玉が落ちそうなくらい驚愕しておりました。

「ご主人さまっ」
「侯爵様っ」

 悲痛な叫び声をあげ駆け寄る2人を安心させるために、事情を説明いたします。

「とうさまは、おつかれになってるだけです。けがもありませんし、ごびょうきでもありませんので、しばらくやすんだら、かいふくされますわ。だから、ごあんしんくださいね」

 ホッと胸を撫で下ろすケンゾーとアルノー先生。
 父様をベッドに運び、経口補水液を渡します。
 支えて飲ませて差し上げたいのですが、それをするとケンゾーも父様も微妙な顔をするだろうし。
 うん、ケンゾーに任せましょう。
 そう思い目配せすると、ケンゾーは軽く一礼をし、父様の背中を支えて介助を始めました。
 多くを語らずとも、察するなんて。出来る従者になってきましたね。頼もしいわ。

 父様の回復を待つ間、先ほど決めた事をアルノー先生に、伝えておきましょうか。

「これはさきほど、きまったことなんですが。とうさまがかいふくされましたら、アルノーせんせいもまじえて、まほうのれんしゅうをすることになりました。がんばってくださいね」

「へっ?私もですか?」

「はい。コツをつかんでいただいて、もとのからだにもどっても、まほうがはつどうするようにしてほしいのです」

「…………頑張ります」

 一瞬、不安な表情をされましたが、やる気は見られますね。
 アルノー先生、頑張ってください。
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