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41話
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日課の太極拳を終え、朝食の準備に取り掛かった私は、横目で父様とアルノー先生を見ております。
あ、ストレッチが終わり、父様が木剣をアルノー先生に渡しました。
アルノー先生は木剣を繁々と眺めておられます。
貴族の男性は幼少より、剣術を嗜むものなのですが、アルノー先生の表情は、まるで木剣に触るのが初めてという感じですわ。
父様が素振りを始められました。
アルノー先生も父様の様子を観察し、真似ておいでですが、へっぴり腰ですわね……。
父様がアルノー先生を見て、小さく溜息を吐いた後、何かを呟いているご様子。
背筋を伸ばすように指摘されたのですね、先ほどとは違い、綺麗なフォームになっております。
父様も満足気な表情を浮かべて、ご自身の鍛錬を再開されました。
両者、一心不乱に木剣を振っております。
毎朝、父様は5000回の素振りをなさいます。
その素振りの速さといったら、目にも留まらないんですの。
鍛錬を重ね、動体視力が強化された今でも、残像しか見えませんの。
ですが、今の父様の素振りは目に優しい……。
剣術を始めたばかりのジョゼですら目で追えて、美しいフォームは参考になることでしょう。
素振りを50回ほどなさった頃でしょうか、父様の腕が痙攣し始めました。
苦々しい表情をなさっておられます。
アルノー先生は体が温まり、調子が出始めたのですね、木剣を振るスピードが上がり、嬉々揚々とした笑みを浮かべております……。
あっ!父様っ……。
父様が倒れられました……。
父様は木剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がり、こちらに向かってこられます。
生まれたての小鹿のようですわ。
「とうさま…………」
「ルイーズ…………」
私は父様に冷たい手ぬぐいと経口補水液(水、塩、砂糖を混ぜたもの)を渡し、隣に腰かけるようにお招きいたしました。
「けさのちょうしょくは、パンケーキにしましたわ。せんじつ、たちよったシュクルのまちで、じゅえきからとれるシロップをてにいれましたの。きっとパンケーキのおいしさをひきたたせてくれるでしょう」
「そうか、朝食が楽しみだな……」
私と父様は短い言葉を交わし、未だに素振りを続けているアルノー先生を眺めます。
落胆の色を隠せない父様。
「とうさま……わたくしたちがぼうけんしゃとなったおり、アルノーせんせいのよわさが、いのちとりになるかのうせいもございます。……いまはおつらいでしょうが、そのからだをつよくしてくださいませ」
そんな父様に提案いたしました。
父様の強さでその軟弱な身体を強化してくださいませ。
私の言葉を聞き、力強く拳を握りしめる父様は顔をあげ、こう宣言なさいました。
「━━━━うむ、ペンダントの持ち主の言葉が真実ならば、後2日……その間、私に出来る限りの強さをこの身に刻み込もう!」
先ほどまでとは打って変わり、父様の瞳は力強く輝いております。
「はい、よろしくおねがいいたします」
私は最上級の笑みを浮かべ、父様に淑女の礼をとります。
普段は侯爵家の令嬢という立場を忘れがちですが、やはり、こういった場合はカーテシーですよね。
うん。思い出して良かった。
ドレスではなく、道着なのが残念ではありますが……。
「ア˝━━ア˝ア˝━━━━」
父様が手をワキワキとさせ、不思議な声を発しております……。
どうなさったのでしょう?
「おじょうさま……こちらへ」
何故か、冷めた目を浮かべたケンゾーに腕を引っ張られて、馬車の後ろに連行されました。
「ケンゾー、きゅうにどうしたの?」
パチンッ
「いたっ!ケンゾーいたいわっ」
ケンゾーにデコピンされました。
「はぁ……おじょうさま。今のげんじょうをりかいしておられますか?ご主人さまとアルノー先生はいれかわっておられるのですよ」
「うん?わかっているわ」
「ふぅ………………こういったやりとりのあと、いつものご主人さまでしたら、どういったこうどうに出られますか?」
深い深いため息を吐いたケンゾーが、父様の行動パターンについて聞いております……。
いつもの父様ねぇ……。
まずは…………。
ハッ!!!!!
ハグして、頬ずりして、抱きかかえて振りまわしますわっ!
「ケンゾー……わたくし、わかってしまいましたわ。とうさまは、がまんをされておりますのねっ」
ケンゾーの肩をガシッと掴み、問いに対する答えを引き出そうと、揺さぶります。
「あ˝あ˝ー、せ、せいかいですが━━ゆらさないで、くださいぃぃ」
「あ、ごめんなさい……つい……きぶんはわるくなっていない?」
ケンゾーの背中をさすり、揺れて気分が悪くなっていないか尋ねました。
「平気ですよ。これくらいのゆれで、気分がわるくなるようなきたえかたはしていませんし。それよりも、ご主人さまにたいする、せっしかたをもうすこし、かんがえてください」
接し方と言ってもねぇ。
体がアルノー先生なんだから、いつものスキンシップはNGだし。
隣に座って、お話するくらいしか思い浮かばないもの。
でも、それはそれで、父様がお辛いんでしょう?!
「だめ、おもいうかばないわ。いつものように、かいわをするくらいしか、ないじゃない。ほかになにか、ある?」
「そうですね……」
ケンゾーは顎に手を添えて、考え始めました。
そして、思い浮かんだ事を、自信なさげに呟きます。
「えがおはきんし。ちかいきょりでの、会話もきんし……手をふれるのもきんし……」
ちょ、ちょっと!
「なんの、ごうもんですの?えがおをうかべず、ちかづかずって、ひどいわ」
「ですが、そうでもしないと、ご主人さまがおつらそうですので」
「へいきよ。きっと、とうさまなら、つよいせいしんりょくでたえてくださいますわ。そして、もとどおりになったあかつきには、たくさん………」
スキンシップをしてくるでしょう。
……私の方が、憂鬱になってきたわ。
ふぅ……。
「ケンゾー。とうさまはだいじょうぶ。だから、ちょうしょくにしましょうか」
「そうですか?では、おなかもすいてきましたし、もどりましょう」
覇気のない表情でそう伝えると、ケンゾーは空気を読んでくれたのでしょう。
それ以上の事は語らず、戻る事に対して賛同してくれました。
・
・
・
攣りそうになる手に喝を入れつつ、パンケーキを30枚焼きました。
誰か、褒めてくれてもいいのよ……。
でも誰も褒めてはくれない……と。
まぁ、にこやかに食べている姿を見ると、苦労も報われるのだけどね。
今朝のメニューはパンケーキにメイプルシロップを添えて。
ソーセージをグリルしたもの。野菜たっぷりのスープですわ。
スープには、シュクルで仕入れた干し貝柱も入れたので、クラムチャウダーっぽくなりました。
そして、デザートにぴよたろうが採ってきてくれた果実……。
これは私とケンゾーの分しかありません。
ですから、他の皆さまには、コーヒーは平気か確かめる為に黒茶を淹れてみました。
コーヒーの味が苦手な人っていますものね。
嫌いなものをお出しする訳にもいかないじゃない?!
食の好みを知るのは、作る側にとっては大事なことですの。
まずはブラックコーヒーならぬ、ブラック黒茶……これだと、黒黒茶になってしまうわね……。
まあ、いいわ。
父様と師匠はおっ!美味いと仰りながら、飲んでいらっしゃったので、いける口ですわ。
アルノー先生は、うっ!としかめっ面をされた後、水をゴクゴク飲んでいらっしゃいました。
ケンゾーには、スプーンでひと匙だけ飲んでもらったのですが……ウガァーと苦しんでいました……。
子供だから、仕方がない。
リョウブさんは、頭にクエスチョンマークをたくさん出しているような不思議な顔をされていました。
ですので、好きか、嫌いかは不明。
カリンさんと獣人さん兄弟は苦みが無理と仰っておりました。
なのに、カチヤさんは香りを楽しみ、口に含むとあら?美味しいわ。と……。
その姿がとても優雅で、まるで貴婦人の様でした。
ミルク入りは、ケンゾー以外好評で、ミルク砂糖入りは、ケンゾーも問題なく飲めました。
ですが、子供の内は、味見だけね。
と、いう訳で。コーヒーデザートは気兼ねなく作る事が出来そうです♪
黒茶の検証も終わりましたので、いよいよ、果実の実食です。
見た目はリンゴ、香りは桃。
剥いてみると、白く瑞々しい果肉が現れました。中心にはコロっとした種。
見た目と香り、どちらをとっても、本当に美味しそうなのに……。
「では、ケンゾー。いただきましょうか」
「はい……いただきましょう」
両者、目を合わせコクリと頷き、果実へと手を伸ばします。
パクッ
「「………………」」
モグモグ
「「…………」」
ゴクン
「「…………」」
放心状態から、ひと呼吸。
互いが遠くを見据えたまま、口を開きます。
「ねぇ、ケンゾー」「あの、おじょうさま」
…………。
「いいわよ、ケンゾーからはなして」
「では、えんりょなく、もうしあげます。私たちは、なにをたべたのでしょう?」
「そうね、どうかんだわ。わたくしたちは、かじつをたべたはずなのに、なにもたべてないようなかんかくにとらわれている……」
「ふしぎですね」
「ええ、ほんとうに、ふしぎだわ」
不毛な味。
香り、見た目、食感は確かに存在するのに、味がないのです。
飲み込んだ後、空気をゴクンとしたみたいな感覚に囚われるのです。
これは、美味い、不味いという味の概念を覆した存在。
まさしく、不毛な味なのです。
「あ、でも、マナのじゅんかんがよくなったような、きがしますわ」
「そういえば、そうですね……よくわからないものを、たべたしょうげきがつよくて、気にもとめておりませんでしたが、たしかに、マナのじゅんかんが良くなっております」
「ぴよたろうにかんしゃしなくてはね……」
「そうですね。ぴよたろうにかんしゃしませんと……」
そんな子供たちの様子が可笑しかったのか、師匠が大笑いしております……。
声にならないほど笑っております。
そんなに笑うとひきつけをおこしますわよ。
ほら……。
「ケンゾー……ししょうがこきゅうこんなんをおこしはじめておりますわ」
「じっちゃん…………」
・
・
・
師匠の大笑いが落ち着いた後、出発いたしました。
師匠ったら、本当に酷かったの。
皆を巻き添えにしてまで、大笑いしたんですよ。
確かに、遠くを見据えたまま、空虚な目をして語っておりましたが、そんなに笑う事かしら?
ケンゾーと二人で頬を膨らませて、プイっとしたら、謝ってくださいましたけど。
肩が震えていたのはしっかり目撃しましたからね。
でもね、そんな私達の様子を見たぴよたろうが、師匠に反撃しましたの。
足を突いただけですが、怒ってくれた事に嬉しくなってしまって。
ケンゾーと私は気分がすっきりしました。
そして、私と父様はただいま、走っております。
馬車の御者は師匠にお願いして、父様つまり、アルノー先生の身体を鍛えているのですわ。
息切れをして苦しそうですが、愛娘の為と囁きながら頑張っておられます。
「とうさま、だいじょうぶですの?むりはなさらないでくださいね。もし、からだをきたえるのが、むりなようでしたら、まほうのほうをきょうかいたしましょう」
「はぁはぁ━━いや、まだ大丈夫だよ。体力はないが、マナの循環は良くなってきているからね」
ほぉ、マナの循環が良くなってきてるのね……。
では、魔法の方も、期待できそうだわ。
魔法の練習は、チートな父様の身体を預かる、アルノー先生も巻き込んでにいたしましょうか。
コツが掴めなければ、元の身体に戻った時に、魔法が発動しない可能性もあるからね。
「とうさま。もうすこし、はしったら、アルノーせんせいと、まほうのれんしゅうをいたしませんか?」
「先生と?」
「ええ、そうですわ。まほうのコツをつかんでいただかないと、つかえるのに、つかえないじょうたいになりかねませんでしょう?」
「うむ、そうだね……しかし……」
そう仰った父様は、考え込んでしまわれました。
「なにか、きになることがあるのですか?」
「いや、大丈夫だろう」
なんでしょう?とても気になる濁し方をされました。
何かのフラグでないといいのだけれど……。
距離にして、10キロほど走った頃でしょうか?!
「もう、無理のようだ………」
と、父様は仰りつつ、バタンと倒れられました。
「とうさまっっ!!」
父様に駆け寄り、怪我や異常がないか、確かめます。
良かった……。
疲労だけのようね。
幸い、一番後ろを走っていたので、轢かれずに済みましたが、このままだと誰にも気付かれずに置いて行かれてしまうわ。
…………。
どうやって父様を運びましょうか?!
私が大きかったら、お姫様抱っこで運んで差し上げますのに……。
でも、抱えるのは無理でしょう。引きずるのも無理。
放り投げるのは以ての外。
なので選択肢は一つ。
浮かせて運ぶことにしますか。
叱られると困るから、一応、許可をいただきましょう。
「とうさま。うかせてはこびますが、よろしいですか?」
「ルイーズ…………致し方なし…………頼んだよ」
力無く答えた父様は再び、地面に突っ伏してしまわれました。
疲労困憊って感じですね。
魔法を発動して、父様を浮かせます。
自分自身が飛ぶ魔法と違い、これは浮かせるだけの魔法なのです。
闇魔法と風魔法の応用編ですわ。
浮かせるだけにすると、マナの消費も抑えられて、軽く引っ張るだけで移動させられるの。
重い荷物を運ぶ時に便利ね。
「とうさま、おもいっきり、はしりますので、しょうしょうゆれますよ」
「ああ……」
父様の了承を得て、猛ダッシュいたします。
風を切り、走り抜ける感覚はとても気持ちがいいですわ……。
きっと、オリンピック選手も真っ青なスピードですわね。うふふ。
あ、ようやく馬車に追いつきましたわ。
「とうさま、とびうつりますよ」
「ああ……」
父様の体(アルノー先生の体ですが)をぶつけない様に、馬車へ飛び移りました。
いきなり飛び乗ってきた私に軽く驚いたアルノー先生とケンゾーでしたが、父様の姿が目に入ると、目玉が落ちそうなくらい驚愕しておりました。
「ご主人さまっ」
「侯爵様っ」
悲痛な叫び声をあげ駆け寄る2人を安心させるために、事情を説明いたします。
「とうさまは、おつかれになってるだけです。けがもありませんし、ごびょうきでもありませんので、しばらくやすんだら、かいふくされますわ。だから、ごあんしんくださいね」
ホッと胸を撫で下ろすケンゾーとアルノー先生。
父様をベッドに運び、経口補水液を渡します。
支えて飲ませて差し上げたいのですが、それをするとケンゾーも父様も微妙な顔をするだろうし。
うん、ケンゾーに任せましょう。
そう思い目配せすると、ケンゾーは軽く一礼をし、父様の背中を支えて介助を始めました。
多くを語らずとも、察するなんて。出来る従者になってきましたね。頼もしいわ。
父様の回復を待つ間、先ほど決めた事をアルノー先生に、伝えておきましょうか。
「これはさきほど、きまったことなんですが。とうさまがかいふくされましたら、アルノーせんせいもまじえて、まほうのれんしゅうをすることになりました。がんばってくださいね」
「へっ?私もですか?」
「はい。コツをつかんでいただいて、もとのからだにもどっても、まほうがはつどうするようにしてほしいのです」
「…………頑張ります」
一瞬、不安な表情をされましたが、やる気は見られますね。
アルノー先生、頑張ってください。
あ、ストレッチが終わり、父様が木剣をアルノー先生に渡しました。
アルノー先生は木剣を繁々と眺めておられます。
貴族の男性は幼少より、剣術を嗜むものなのですが、アルノー先生の表情は、まるで木剣に触るのが初めてという感じですわ。
父様が素振りを始められました。
アルノー先生も父様の様子を観察し、真似ておいでですが、へっぴり腰ですわね……。
父様がアルノー先生を見て、小さく溜息を吐いた後、何かを呟いているご様子。
背筋を伸ばすように指摘されたのですね、先ほどとは違い、綺麗なフォームになっております。
父様も満足気な表情を浮かべて、ご自身の鍛錬を再開されました。
両者、一心不乱に木剣を振っております。
毎朝、父様は5000回の素振りをなさいます。
その素振りの速さといったら、目にも留まらないんですの。
鍛錬を重ね、動体視力が強化された今でも、残像しか見えませんの。
ですが、今の父様の素振りは目に優しい……。
剣術を始めたばかりのジョゼですら目で追えて、美しいフォームは参考になることでしょう。
素振りを50回ほどなさった頃でしょうか、父様の腕が痙攣し始めました。
苦々しい表情をなさっておられます。
アルノー先生は体が温まり、調子が出始めたのですね、木剣を振るスピードが上がり、嬉々揚々とした笑みを浮かべております……。
あっ!父様っ……。
父様が倒れられました……。
父様は木剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がり、こちらに向かってこられます。
生まれたての小鹿のようですわ。
「とうさま…………」
「ルイーズ…………」
私は父様に冷たい手ぬぐいと経口補水液(水、塩、砂糖を混ぜたもの)を渡し、隣に腰かけるようにお招きいたしました。
「けさのちょうしょくは、パンケーキにしましたわ。せんじつ、たちよったシュクルのまちで、じゅえきからとれるシロップをてにいれましたの。きっとパンケーキのおいしさをひきたたせてくれるでしょう」
「そうか、朝食が楽しみだな……」
私と父様は短い言葉を交わし、未だに素振りを続けているアルノー先生を眺めます。
落胆の色を隠せない父様。
「とうさま……わたくしたちがぼうけんしゃとなったおり、アルノーせんせいのよわさが、いのちとりになるかのうせいもございます。……いまはおつらいでしょうが、そのからだをつよくしてくださいませ」
そんな父様に提案いたしました。
父様の強さでその軟弱な身体を強化してくださいませ。
私の言葉を聞き、力強く拳を握りしめる父様は顔をあげ、こう宣言なさいました。
「━━━━うむ、ペンダントの持ち主の言葉が真実ならば、後2日……その間、私に出来る限りの強さをこの身に刻み込もう!」
先ほどまでとは打って変わり、父様の瞳は力強く輝いております。
「はい、よろしくおねがいいたします」
私は最上級の笑みを浮かべ、父様に淑女の礼をとります。
普段は侯爵家の令嬢という立場を忘れがちですが、やはり、こういった場合はカーテシーですよね。
うん。思い出して良かった。
ドレスではなく、道着なのが残念ではありますが……。
「ア˝━━ア˝ア˝━━━━」
父様が手をワキワキとさせ、不思議な声を発しております……。
どうなさったのでしょう?
「おじょうさま……こちらへ」
何故か、冷めた目を浮かべたケンゾーに腕を引っ張られて、馬車の後ろに連行されました。
「ケンゾー、きゅうにどうしたの?」
パチンッ
「いたっ!ケンゾーいたいわっ」
ケンゾーにデコピンされました。
「はぁ……おじょうさま。今のげんじょうをりかいしておられますか?ご主人さまとアルノー先生はいれかわっておられるのですよ」
「うん?わかっているわ」
「ふぅ………………こういったやりとりのあと、いつものご主人さまでしたら、どういったこうどうに出られますか?」
深い深いため息を吐いたケンゾーが、父様の行動パターンについて聞いております……。
いつもの父様ねぇ……。
まずは…………。
ハッ!!!!!
ハグして、頬ずりして、抱きかかえて振りまわしますわっ!
「ケンゾー……わたくし、わかってしまいましたわ。とうさまは、がまんをされておりますのねっ」
ケンゾーの肩をガシッと掴み、問いに対する答えを引き出そうと、揺さぶります。
「あ˝あ˝ー、せ、せいかいですが━━ゆらさないで、くださいぃぃ」
「あ、ごめんなさい……つい……きぶんはわるくなっていない?」
ケンゾーの背中をさすり、揺れて気分が悪くなっていないか尋ねました。
「平気ですよ。これくらいのゆれで、気分がわるくなるようなきたえかたはしていませんし。それよりも、ご主人さまにたいする、せっしかたをもうすこし、かんがえてください」
接し方と言ってもねぇ。
体がアルノー先生なんだから、いつものスキンシップはNGだし。
隣に座って、お話するくらいしか思い浮かばないもの。
でも、それはそれで、父様がお辛いんでしょう?!
「だめ、おもいうかばないわ。いつものように、かいわをするくらいしか、ないじゃない。ほかになにか、ある?」
「そうですね……」
ケンゾーは顎に手を添えて、考え始めました。
そして、思い浮かんだ事を、自信なさげに呟きます。
「えがおはきんし。ちかいきょりでの、会話もきんし……手をふれるのもきんし……」
ちょ、ちょっと!
「なんの、ごうもんですの?えがおをうかべず、ちかづかずって、ひどいわ」
「ですが、そうでもしないと、ご主人さまがおつらそうですので」
「へいきよ。きっと、とうさまなら、つよいせいしんりょくでたえてくださいますわ。そして、もとどおりになったあかつきには、たくさん………」
スキンシップをしてくるでしょう。
……私の方が、憂鬱になってきたわ。
ふぅ……。
「ケンゾー。とうさまはだいじょうぶ。だから、ちょうしょくにしましょうか」
「そうですか?では、おなかもすいてきましたし、もどりましょう」
覇気のない表情でそう伝えると、ケンゾーは空気を読んでくれたのでしょう。
それ以上の事は語らず、戻る事に対して賛同してくれました。
・
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攣りそうになる手に喝を入れつつ、パンケーキを30枚焼きました。
誰か、褒めてくれてもいいのよ……。
でも誰も褒めてはくれない……と。
まぁ、にこやかに食べている姿を見ると、苦労も報われるのだけどね。
今朝のメニューはパンケーキにメイプルシロップを添えて。
ソーセージをグリルしたもの。野菜たっぷりのスープですわ。
スープには、シュクルで仕入れた干し貝柱も入れたので、クラムチャウダーっぽくなりました。
そして、デザートにぴよたろうが採ってきてくれた果実……。
これは私とケンゾーの分しかありません。
ですから、他の皆さまには、コーヒーは平気か確かめる為に黒茶を淹れてみました。
コーヒーの味が苦手な人っていますものね。
嫌いなものをお出しする訳にもいかないじゃない?!
食の好みを知るのは、作る側にとっては大事なことですの。
まずはブラックコーヒーならぬ、ブラック黒茶……これだと、黒黒茶になってしまうわね……。
まあ、いいわ。
父様と師匠はおっ!美味いと仰りながら、飲んでいらっしゃったので、いける口ですわ。
アルノー先生は、うっ!としかめっ面をされた後、水をゴクゴク飲んでいらっしゃいました。
ケンゾーには、スプーンでひと匙だけ飲んでもらったのですが……ウガァーと苦しんでいました……。
子供だから、仕方がない。
リョウブさんは、頭にクエスチョンマークをたくさん出しているような不思議な顔をされていました。
ですので、好きか、嫌いかは不明。
カリンさんと獣人さん兄弟は苦みが無理と仰っておりました。
なのに、カチヤさんは香りを楽しみ、口に含むとあら?美味しいわ。と……。
その姿がとても優雅で、まるで貴婦人の様でした。
ミルク入りは、ケンゾー以外好評で、ミルク砂糖入りは、ケンゾーも問題なく飲めました。
ですが、子供の内は、味見だけね。
と、いう訳で。コーヒーデザートは気兼ねなく作る事が出来そうです♪
黒茶の検証も終わりましたので、いよいよ、果実の実食です。
見た目はリンゴ、香りは桃。
剥いてみると、白く瑞々しい果肉が現れました。中心にはコロっとした種。
見た目と香り、どちらをとっても、本当に美味しそうなのに……。
「では、ケンゾー。いただきましょうか」
「はい……いただきましょう」
両者、目を合わせコクリと頷き、果実へと手を伸ばします。
パクッ
「「………………」」
モグモグ
「「…………」」
ゴクン
「「…………」」
放心状態から、ひと呼吸。
互いが遠くを見据えたまま、口を開きます。
「ねぇ、ケンゾー」「あの、おじょうさま」
…………。
「いいわよ、ケンゾーからはなして」
「では、えんりょなく、もうしあげます。私たちは、なにをたべたのでしょう?」
「そうね、どうかんだわ。わたくしたちは、かじつをたべたはずなのに、なにもたべてないようなかんかくにとらわれている……」
「ふしぎですね」
「ええ、ほんとうに、ふしぎだわ」
不毛な味。
香り、見た目、食感は確かに存在するのに、味がないのです。
飲み込んだ後、空気をゴクンとしたみたいな感覚に囚われるのです。
これは、美味い、不味いという味の概念を覆した存在。
まさしく、不毛な味なのです。
「あ、でも、マナのじゅんかんがよくなったような、きがしますわ」
「そういえば、そうですね……よくわからないものを、たべたしょうげきがつよくて、気にもとめておりませんでしたが、たしかに、マナのじゅんかんが良くなっております」
「ぴよたろうにかんしゃしなくてはね……」
「そうですね。ぴよたろうにかんしゃしませんと……」
そんな子供たちの様子が可笑しかったのか、師匠が大笑いしております……。
声にならないほど笑っております。
そんなに笑うとひきつけをおこしますわよ。
ほら……。
「ケンゾー……ししょうがこきゅうこんなんをおこしはじめておりますわ」
「じっちゃん…………」
・
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師匠の大笑いが落ち着いた後、出発いたしました。
師匠ったら、本当に酷かったの。
皆を巻き添えにしてまで、大笑いしたんですよ。
確かに、遠くを見据えたまま、空虚な目をして語っておりましたが、そんなに笑う事かしら?
ケンゾーと二人で頬を膨らませて、プイっとしたら、謝ってくださいましたけど。
肩が震えていたのはしっかり目撃しましたからね。
でもね、そんな私達の様子を見たぴよたろうが、師匠に反撃しましたの。
足を突いただけですが、怒ってくれた事に嬉しくなってしまって。
ケンゾーと私は気分がすっきりしました。
そして、私と父様はただいま、走っております。
馬車の御者は師匠にお願いして、父様つまり、アルノー先生の身体を鍛えているのですわ。
息切れをして苦しそうですが、愛娘の為と囁きながら頑張っておられます。
「とうさま、だいじょうぶですの?むりはなさらないでくださいね。もし、からだをきたえるのが、むりなようでしたら、まほうのほうをきょうかいたしましょう」
「はぁはぁ━━いや、まだ大丈夫だよ。体力はないが、マナの循環は良くなってきているからね」
ほぉ、マナの循環が良くなってきてるのね……。
では、魔法の方も、期待できそうだわ。
魔法の練習は、チートな父様の身体を預かる、アルノー先生も巻き込んでにいたしましょうか。
コツが掴めなければ、元の身体に戻った時に、魔法が発動しない可能性もあるからね。
「とうさま。もうすこし、はしったら、アルノーせんせいと、まほうのれんしゅうをいたしませんか?」
「先生と?」
「ええ、そうですわ。まほうのコツをつかんでいただかないと、つかえるのに、つかえないじょうたいになりかねませんでしょう?」
「うむ、そうだね……しかし……」
そう仰った父様は、考え込んでしまわれました。
「なにか、きになることがあるのですか?」
「いや、大丈夫だろう」
なんでしょう?とても気になる濁し方をされました。
何かのフラグでないといいのだけれど……。
距離にして、10キロほど走った頃でしょうか?!
「もう、無理のようだ………」
と、父様は仰りつつ、バタンと倒れられました。
「とうさまっっ!!」
父様に駆け寄り、怪我や異常がないか、確かめます。
良かった……。
疲労だけのようね。
幸い、一番後ろを走っていたので、轢かれずに済みましたが、このままだと誰にも気付かれずに置いて行かれてしまうわ。
…………。
どうやって父様を運びましょうか?!
私が大きかったら、お姫様抱っこで運んで差し上げますのに……。
でも、抱えるのは無理でしょう。引きずるのも無理。
放り投げるのは以ての外。
なので選択肢は一つ。
浮かせて運ぶことにしますか。
叱られると困るから、一応、許可をいただきましょう。
「とうさま。うかせてはこびますが、よろしいですか?」
「ルイーズ…………致し方なし…………頼んだよ」
力無く答えた父様は再び、地面に突っ伏してしまわれました。
疲労困憊って感じですね。
魔法を発動して、父様を浮かせます。
自分自身が飛ぶ魔法と違い、これは浮かせるだけの魔法なのです。
闇魔法と風魔法の応用編ですわ。
浮かせるだけにすると、マナの消費も抑えられて、軽く引っ張るだけで移動させられるの。
重い荷物を運ぶ時に便利ね。
「とうさま、おもいっきり、はしりますので、しょうしょうゆれますよ」
「ああ……」
父様の了承を得て、猛ダッシュいたします。
風を切り、走り抜ける感覚はとても気持ちがいいですわ……。
きっと、オリンピック選手も真っ青なスピードですわね。うふふ。
あ、ようやく馬車に追いつきましたわ。
「とうさま、とびうつりますよ」
「ああ……」
父様の体(アルノー先生の体ですが)をぶつけない様に、馬車へ飛び移りました。
いきなり飛び乗ってきた私に軽く驚いたアルノー先生とケンゾーでしたが、父様の姿が目に入ると、目玉が落ちそうなくらい驚愕しておりました。
「ご主人さまっ」
「侯爵様っ」
悲痛な叫び声をあげ駆け寄る2人を安心させるために、事情を説明いたします。
「とうさまは、おつかれになってるだけです。けがもありませんし、ごびょうきでもありませんので、しばらくやすんだら、かいふくされますわ。だから、ごあんしんくださいね」
ホッと胸を撫で下ろすケンゾーとアルノー先生。
父様をベッドに運び、経口補水液を渡します。
支えて飲ませて差し上げたいのですが、それをするとケンゾーも父様も微妙な顔をするだろうし。
うん、ケンゾーに任せましょう。
そう思い目配せすると、ケンゾーは軽く一礼をし、父様の背中を支えて介助を始めました。
多くを語らずとも、察するなんて。出来る従者になってきましたね。頼もしいわ。
父様の回復を待つ間、先ほど決めた事をアルノー先生に、伝えておきましょうか。
「これはさきほど、きまったことなんですが。とうさまがかいふくされましたら、アルノーせんせいもまじえて、まほうのれんしゅうをすることになりました。がんばってくださいね」
「へっ?私もですか?」
「はい。コツをつかんでいただいて、もとのからだにもどっても、まほうがはつどうするようにしてほしいのです」
「…………頑張ります」
一瞬、不安な表情をされましたが、やる気は見られますね。
アルノー先生、頑張ってください。
応援ありがとうございます!
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