堅物騎士団長は狼王子の番となる

風煉

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第二章

遭遇

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「さて、これからのことですけど……、聞いてます?」
「……聞いてるよ」
「何落ち込んでるんですか? 口喧嘩に負けたぐらいで情けない。 あっ、じゃあ勝者の特権として、今からメス犬さんと呼びますね」
「だからそれは止めろ!? せめて人前以外にしてくれ!」

トボトボと城内を闊歩するニーシャのすぐ後ろを、見るからに落ち込んだディブロが付いて歩く。
若干涙目な様子に励ます、という選択肢はないようで、徹底的に叩こうとする猫の容赦の無さに男は反骨心ごとへし折られた。
よくこんなので王族の側付きに慣れたと不思議で仕方がないが、色々と事情があるのだろう。
そのあたりも含めていつか話を聞ければと、そう思うことで諸々の溜飲を下げようとするディブロであった。

「敵の狙いが貴方である以上、基本的に部屋から出ないでいただきます。 ただ侵攻状況によっては脱出路に沿って安全な場所まで退避していただかなくてはなりません」
「……それが、この道だと?」
「今は詳しく説明できませんが、途中まで説明します。 あと部屋では着替えないでそのままでいてくださいね、寝巻きに着替えてたりしたら、そのまま引き摺り回して差し上げます」
「君さ、本当にその態度は少し改めた方がいいぞ?」

不測の事態が迫っている、そう説明されたというのに、ディブロは気軽すぎるほどにニーシャから城内を案内されている。
ただこれは、よほどの事態に陥った際に必要なことだと言われ、緊張感がなさすぎると思ってしまった。
相も変わらず毒舌が冴え渡る猫の態度に、ロドスの周囲はどうなっているのかと、かつての上司という立場から心配になってしまう。
あれこれと話をしていると、正面の長く続く白い大理石で建築された廊下の真ん中あたりに、青い灯火が印象的な燭台がディブロの目を釘付けにした。
まだ陽の出ている時間から火を付けているのもそうだが、どうしてあの日は青いのか、という疑問が当然のように出てくる。

「こんなところですね。 まぁ、これは使わないことを想定していますので、いざという時は私も誘導しますので、しっかりついてきてくださいね」
「あぁ。 ところでさ、あの燭台の火ってなんで青いんだ? 綺麗だけど、あれも魔術の一種なのか?」
「……えっ?」
「えっ、どうかしたか?」
「……あれ、見えているんですか?」
「あぁ、見えるぞ? 青くてずっと燃えている火が……」

一通り話し終えたニーシャが、やや疲労を感じさせつつも、きちんと仕事を成し遂げたところで、悪いとは思いつつディブロは青い火のことを尋ねる。
それに対して、心底驚かされたような顔をされたので、男は何事と思っていると、猫がそっと指差した燭台について問い直してきたので、迷うことなく答えた。
どうしてそんな表情をするのか、そう不思議に思いつつ事もなげに答えたからか、ニーシャの顔は非常に憮然とした顔へと変化していく。

「……ただのポンコツじゃないんだな」
「聞こえてるぞ!」
「失礼しました、ポンコツと見せかけての無能というのが正しいですね」
「謝罪するか、馬鹿にするか、どっちかにしてくれないか!? いい加減俺だって凹むぞ!?」

ポツリと小声で出てきた言葉に、ディブロは大人気なく反応してしまう。
それに反応してニーシャの容赦ない言葉の刺に、先の口喧嘩もあってか、勝てないのが分かりきっているのか、どこか弱腰だった。
酷い奴と思っている一方で、猫は男の評価を改めなくてはいけないと考えているなど露知らず。
ともあれやれることはしたので、戻ろうと歩き出したニーシャの背を追うように、ディブロも歩き出したときだ。

「ニーシャ? そこにいるのか? こんなところで何して……あっ?」
「んっ……、いっ!? あ、アンタは……!」
「……何しているんです、こんなところで」

突き当たりの曲がり角からノシノシと靴を闊歩させるような音を出して、顔を出したのは一際大きな熊だった。
名を呼ばれたニーシャもだが、ディブロが見上げるように視線を上げた先には、昨日の昼間に会ったばかりの男と遭遇する。
相手も当然覚えているようで、イヤらしそうな顔でその姿を見せた。
ニーシャはもちろん、ディブロすらゆうに越えた体格の大きさに、怯むなという方が無理があるだろう。
ズンズンと近づいてくる熊が、まるで友人に出くわしたかのような気やすさで手を振っていた。

「よぉ、昨日の奴じゃねぇか! なんだ、もしかして俺にまた相手してもらいたくて来たってやつか!?」
「ち、違う! そういうんじゃない!」
「なんだよ、ツレねぇなぁ~。 お前みたいな極上な……、んっ? あれ、匂いが変わったな? もしかして、もう儀を済ませちまったのか? んだよ、せっかく手ごろな相手を見つけたと思っていたのによ~……」
「……おい、クマ公。 用事がないならとっとと失せろ。 殿下に呼ばれているんじゃねぇのか?」
「な、何だよ? 別に今さら遊んだくらいで、そんな怒ることねぇだろう、ニーシャ? いや、マジで何でそんな殺気立ってるんだよ!?」

大らかといえば大らかなのだが、ディブロからすれば身を穢されそうになった相手であるため、思わず後退してしまう。
その態度に残念だと、言葉にもない熊がその嗅覚で捉えた匂いを確かめるよう、さらに一歩踏み出そうとするのを、ニーシャが進路を阻んだ。
刹那、小さく息を呑む男と、正面にて圧を思い切りかけられている男が、同時に猫への圧倒的な威圧に悲鳴を漏らす。
誰が見ても明らかな激昂ぶりに怯む熊へ、ニーシャは声低く告げた。

「……報告、聞いていなかったのか?」
「報告って……、殿下の番いが見つかったって奴か? それは当然、知ってるさ!」
「そうだな、そして昨日殿下が帯剣してまで来たとき、馬鹿みたいに怒られたのも忘れたのか?」
「忘れるかよ!? いや、だからそれが一体今と何の関係……がって? えっ? おい、あの、えっ……? あの、ニーシャ、さん……?」
「何だ」
「殿下の、番い様って、まさか、人間の……?」
「そうだ」
「今、城内に貴賓として滞在されている方がそうだとお伺いしていたのですけれど、ま、まさ、まさか……!?」
「そのまさか、だよ。 よりにもよって、殿

どうしてここまで怒っているのかと、ゆっくり思い出させるように語るニーシャに、熊も声を荒げようとする。
だがそれは、不意に彼の中で思い出したことと、現在の状況が点と点を線が結ぶように繋がり、段々と覇気が弱まっていった。
震える指先でディブロを指差し、青くなっていく顔色に心配したくなるほど震える身体を抑える事もできないまま、残酷な事実を告げられる。
瞬間、熊はなりふり構わずその巨体を地面へ叩きつけるように下げたのだった。

「ぬわぁぁぁぁっ!?!? 申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!?!? まさか、まさか殿下の番い様だとは存じ上げなかったとはいえ、とんだご無礼を~~!?!?」
「えっ、えぇっ……? あの、これは……?」
「聞いていないんですか? 獣人の性気はかなり強力なんですよ。 番い同士じゃなくても、体内に精を吐き出されていたら、孕む可能性は非常に高いんです」
「ぶはっ!? な、なんだそれ!? じゃあ何か、俺もあのまま襲われていたら……!?」
「無きにしも非ず、でしたね。 でもこの下半身がだらしない男は、そうならないよう事前に薬を飲んで対処しているんです。 とはいえ、ディブロさんの場合はそれすら意味をなさない可能性もあったので、間に合って良かったとあの時は安堵しましたよ……」

頭を何度となく地面へぶつけ、全力の謝罪を繰り出す熊に、ディブロはどう対処したらいいのかと、傍の猫へ救援を投げた。
するとここでもとんでもない爆弾を投下され、もし挿入されて最後まで至っていたら、最悪の事態になっていたという。
気になるような言葉はあれど、直前に救い出されたのは運が良かったのはディブロのみならず、ニーシャも首の皮一枚繋がったのだ。

「えっと、俺から何か言った方がいい、のか……?」
「お気になさらず。 あの件については殿下と私でこいつに仕置きを済ませていますので、貴方は堂々としていてください」
「ニーシャ! 少しは俺への誤解を解いてくれよ!?」
「はっ? 寝言は死んでからほざけ」
「死んだら寝言も何もねぇだろう!? おい、まさか今日の殿下護衛の任って、お前がそちらの番い様を守るからって……!?」
「ええっ、名目上はそうですけど、要するにディブロ様に近づけたくないっていう殿下の意図でしょうね。 これでしくじったら首が飛びますね、楽しみです♪」
「そんな嬉々とした顔で恐ろしいこと言うな! で、殿下の番い様! 何卒、お慈悲をロドス様に乞うてはもらえないでしょうか!? うちにはまだ小さいガキたちがいるんです! 今ここで職を失ったら……」
「失えよ、そうしたらじっくりと飼い殺してやるからよ」
「お前はもう少しへの優しさってものを持ったらどうなんだ!?」

一触即発だった空気が一転し、完全に立場が逆転した状況に、ディブロは混乱して言葉が出ない。
対してニーシャは熊の頭を至極当然のように足蹴にしては、得意の暴言をここぞとばかり吐き出し叩きつけた。
熊は熊で、自分がとんでもないことをしでかしていた事実にようやく気づき、己の立場が危うくなっていることを理解する。
ここでふと、熊の服装がディブロで言うところの騎士団に所属する者のような格好に気づいたのもあるが、それ以上に気になる単語が出てきた。
聞き間違いかと、キョトンとする顔で見つめる男の視線に気づいた猫が、口の軽さをどうにかしなければと足元の熊を忌々しげに睨みつけ、仕方なく答える。

「……紹介しますね。 アングラウム王国騎士団 特攻隊所属のラウジット隊長です。 そして、不本意ながら

縋るように泣きつく熊こと、ラウジットを鬱陶しそうにするニーシャの言葉に、ディブロは呆然とする。
ますます番いについての理解が色々と遠くなる思いに、男は晒されるのであった。
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