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第十章

娘(人間)の行動が不可解すぎる!5

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『ふざけるんじゃないわよ!
 ちょ!
 わ、わたしの娘の結界内で何、勝手に育ててるのよぉぉぉ!』
『落ち着け!
 育てたのはお前様の娘じゃ!』
『あなたが育てさせたんでしょぉぉぉう!』
『だって、お前様の娘、育てられるんじゃ。
 だったら、普通、頼むじゃろう』
 黄金色の羽の彼女の宥めているのか、煽っているのか分からない言葉に、『ふざけるなぁぁぁ!』とフェンリル彼女は再度、怒声を上げた。

 フェンリル彼女の怒りは当たり前だ。

 現状、黄金色の羽の彼女が居場所を失い、放浪する原因となるのが、大木それである。
 つまり、敵の標的を娘の家のすぐ裏側に立てた事になる。
 母親として、怒り狂うのは正当な反応である。

『すまんすまん!』
と黄金色の羽の彼女はぺこぺこと頭を下げながら続ける。
『じゃが、”鍵穴”については、眷属のために早く作らなくてはならなかったのじゃ。
 あやつらは紐付けられておるからのう。
 無くてはそのうち止まってしまう。
 あと、攻撃を受けて弱り、眠らせている子らも、早めに治して上げないと、それこそ、完全に消えて無くなってしまうのじゃ』
『ぐぬぬ』
 そのように言われてしまうと、フェンリル彼女としても、なかなか言い返すことが出来ない。
 黄金色の羽の彼女は続ける。
『”あやつ”に関しての心配は無用じゃ。
 妾もその眷属も手酷くやられたが、”あやつ”とてその倍ぐらい酷い目に遭わせてやったわ。
 そんなに早くはやって来れまい。
 それに、お前様の結界は気配遮断も兼ねておる。
 最盛期ならいざ知らず、まだ育てたばかりの”鍵穴”の力では外まで漏れまい』
『まあ、そうでしょうけど……』
 子供達を転送した場所に設置した結界は、フェンリル彼女のねぐら同様、強力なものとしている。
 その中にあれば、外から探し出すことも、破ることも出来ない――とまでは言わないが、困難であろうことは間違いなかった。

 一番良いのは、フェンリル彼女の結界を別の所に張り、そこに大木を移すことなのだが……。

 強力な結界故に、さすがのフェンリル彼女もこれ以上は作ることが出来ない。
 そうなると、現状が最適解になってしまう。
『それに、妾の力はお前様なら良く知っておるじゃろう?
 いざとなったら、娘っ子一人ぐらい、守ってやれるわ』
 胸を叩いて請け負う黄金色の羽の彼女に対して、フェンリル彼女は胡乱げな目を向ける。
『あなたの力は認めるけど……。
 どうも信用出来ないのよね』
『ぬ!?
 何故じゃ!』
『あなた、抜けているというか、うっかりが多いじゃない。
 ほら、三千二百五年前のこと、よもや忘れてないでしょうね?』
『そんな昔のこと、知らぬわ!
 お前様、いい加減しつこいぞ!』
『それに、あの子、今は独り立ちの試験をしている所だし……』
『独り立ち、のう。
 構わんじゃろう。
 あの娘、どうやら、妾のこと、気づいていないようじゃし』
『う~ん、そうなのよね』
『なら、無害な妖精を養っていると思わせればよいじゃろう?』
『無害って所には、大いに引っかかる所があるけど……。
 まあ、そうね……』
 などと、若干、丸め込まれた感は否めなかったが、結界内の滞在を認めることとなった。
『ああ、でも、彼女らを国民だと言い張ったらどうしようかしら?
 う~ん』
 フェンリル彼女の苦悩は尽きない。

――

 子供達と離れて生活をし始めてから、四日目の朝が来た。
 フェンリル彼女は洞窟でムクリと起きると、大きくあくびをした。
 そして、洞窟の隅に置かれた黒竜の後ろ足まで歩く。
 フェンリル彼女の大きい息子がようやく倒したもので、足一本ながらも洞窟の広さをそれなりに圧迫していた。
『料理したものが食べたいわね』
 フェンリル彼女はボソリと呟いた。
 サリー小さい娘を育てる過程で、料理もいくらか出来るようになっている。

 だけど、気は進まなかった。

 届けられた獲物のみを食べるっていう制約に反する気がしたからだ。
『肉に関してはともかく、調味料などは送られていないから……。
 そう考えると、料理をするって言うのは微妙よね』

 いや、別に好きにしたら良いと言えば、良いのだ。

 制約って言うのも、フェンリル彼女が勝手に行っているだけだし、そもそも、子供達を含む誰に対しても宣言した訳でもない。
 ただまあ、一度言い出した(思いついた)事はやりきりたいという、フェンリル彼女特有の生真面目さから、ため息を付きつつも、生の肉をかじるのだった。
『早く、サリーあの子が料理を送ってくれればいいんだけど……。
 なかなか、来ないのよねぇ~』
などと、グチっぽく言いつつ、遠見の魔法陣のそばで腰を下ろした。

 そして、子供達の様子を眺めていく。

『あら、大きい息子、黒竜との苦戦は流石に堪えたようね。
 考えて戦うことを模索しているように見えるわ』
『大きい娘ったら、開き直っちゃったのね。
 まあ、もうすぐ冬だから、死霊生物腐った存在を徹底的に燃やし尽くし、春を待つってのも悪くはないわね』
『ふふふ、小さな息子、何とか逃れたようね。
 そうそう、撤退もけして悪い手ではないわよ。
 でも、必ずやり返しなさいね』
 最後に、サリー小さい娘を映したのだが、その様子に苦笑をしつつ『あの子ったら、もう』とボヤいた。
 そこには、冒険者風の男女となにやら話をしているサリー小さい娘の姿があった。

 フェンリル彼女は冒険者という輩に対して、良い印象を持っていない。

 別に美味しい料理を作るわけでもない。
 時々、縄張りを荒らすし、身の程知らずにも奇声を上げながらフェンリル彼女の足をチクチクしていく者もいる。
 しかも、遠見の魔法陣越しにいる奴らは、図々しくもサリー小さい娘の料理まで食べている。

 好意に思う要素が一点もないのである。

『……サリー小さい娘、わたしもそれ、食べたいんだけどぉ。
 そんなどうでも良いのに振る舞わなくても――。
 あら、コショウを手に入れたみたいね。
 ……つまり、その人間達も、あの大蟻みたいに物を手に入れるために使うつもりかしら?』
 さっさと、町を占領してほしいフェンリル彼女にとっては、ずいぶん、遠回りな事をしているように見えた。

 ただ、反面、フェンリル彼女サリー小さい娘に対して、積極的に動かそうとは思わなくなっていた。

 黄金色の羽の彼女の事が気がかりだったからである。
 黄金色の羽の彼女は定期的に、花のそばで休憩をしている。
 そして、彼女の眷属が、ずいぶん神経質になっている様子が見えた。
『ずいぶんと、花に執心しているみたいね……。
 思ったより、傷は深いのかもしれないわ』

 黄金色の羽の彼女はその生まれから、花との親和がある。

 そして、サリー小さい娘が言う植物育成魔法には育てた花の、”存在”を際だたせる働きがある。
 なので、黄金色の羽の彼女はサリー小さい娘の育てた花のそばにいるだけで、その力を回復させることが出来た。

 とはいえ、どこまで行ってもただの植物の花だ。

 黄金色の羽の彼女の”巨大さ”からしたら、砂地に一滴一滴の滴を落とす程度でしか無いだろう。
『まあ、好んでいるというのもあるでしょうけど……。
 言うほど、余裕が無いのかもしれないわ』
 この地での役割上の問題もあるが、なんやかんや言って、長い時を共に過ごした盟友である。
 サリー小さい娘を彼女の側に置き、いざとなったら、フェンリル自分が駆けつける為の時間を稼がせようと思った。

『何事もないに越したことはないんだけど……。
 まあ、無いわよね。
 うん、これ以上、問題ごとは起きないわよね』

 そんなフェンリル彼女の思いは、裏切られることとなる。
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