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そしてあなたのいない日々 その8
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父、カルド視点のお話です。
前のエピソードから時は遡ります、解りにくい構成でしたらすみませぬ。
*************************
娘の恋人だと名乗る青年から手紙を受け取ったのは娘が王都に出てから数年経った頃だった。
丁寧な挨拶と娘を思う気持ちが綴られた手紙の送り主は、まさかの、この北方辺境領の主である若き当主オリウス伯爵リオネル様からであった。
何かの冗談かとおもったが、娘からの手紙に書かれていた最近懇意にしているという”友人”とのエピソードとも符合することが多くひとまず信じることにした。
その手紙からはじまり、月に1通のペースで定期的に娘との交際についての報告が送られてくる。
正直な所、娘の恋愛模様などこそばゆくて知りたくない。
が、生真面目な青年なのか時にあからさまな表現も含め娘への愛情溢れる報告は一つの楽しみとなってきていた。
娘から送られてくる手紙と併せて読むとそれもまた面白い。
娘は王都に知り合いも大しておらず、働いた給金を貯めては領のためにと気を使い私へと送金してくるため王都生活を楽しんでいる様子が想像できなかった。
領のことばかり考える年若い娘を不憫に思っていたが、友人として出会い恋人になった青年と楽しく過ごしていると知れば複雑ではあるが安心もできた。
領の問題はいろいろあるが、後継嫡男もいるし自分もまだまだ健康であるため娘はこのまま好きな学問を追求して王都で伴侶を得てのびのび暮らしていくこともいいのではと思っていた。
しかし、問題なのは、彼が北方辺境領の正当なる後継者であるということだ。
娘の幸せを思えば、名ばかり領主の現状のままオリウス伯爵には王都にいてきままに暮らしてもらうのも考える。
だが、北方辺境領を支える家臣としては当主にはこの地を拠点に活動してもらいたいのだ。
そんな思いを抱えながら彼からの手紙をうけとっていた。
彼からの手紙は主に娘との日々の報告が認められていたが、彼自身己の辺境伯当主としての立場からの発言も日を追うごとに増えてきた。
先日は、彼自身は当地に来ることはできないがオリウス家が軸となっているマントデドラゴ社の人々が屋敷を訪れ『伯爵様からの”プレゼント”です』として連絡後すぐにやって来た彼らが浴場設備を屋敷にどんどん敷設していった。
あまりの規模の大きいプレゼントのため断る旨を伝える鳥を急ぎ飛ばしたが、宛先不在で返信はなくマントデドラゴ社の作業員に押されるままに浴場は完成してしまった。
後から聞くと、最近は伯爵の研究に対して諸外国からの反響が大きく国外にいることが増えているとのことだった。
すれ違いの理由は理解したが彼の押し付けには苦言を呈した。
彼はひどく反省した言葉を送ってきたが、その意図はこれまでの当主としてのファルマ家への配慮のなさへの詫びであるとしてぜひ受け取って欲しいものであった旨が書かれていた。
これからは北方辺境伯領にできるだけ伯爵家の財やご自身の知識を還元したいため今回の浴場敷設もその”事業”の一端であることを説かれれば、ありがたく今後も支援をうけとることにしたのだった。
もちろん今までのこちらからの要求どおり、本来は当主にこの地へ来て欲しい旨は家臣の代表として彼には折りをみては伝えていた。
娘の王都での生活に影響が出ることは承知の上ではあるが、親心とこの領に生きる貴族として言わねばならないことは別なのだ。
彼からの手紙にはその立場をはっきりさせる内容は書かれていないが、最近では娘との関係を確固とするため婚姻を匂わせる発言も認められるようになりなんらかの覚悟をそろそろ決めるのであろうともうしばらくは静観しようと思うようにもなっていた。
そんな矢先に領の事態が急変した。
常に放っている諜報隊から南に危険な動きを察知したとの報せであった。
動きは遅いが、侵攻を企てている集団がかなり粗暴で同じ南の部族も大いに巻き込み万が一こちらに入られては大きな被害が予想される内容であった。
王家にもこちらの初動の報せを入れ、今回は私自身は陣頭指揮に入ることにした。
苛烈な戦いも予想され、その場合部下だけに責任を負わせることにならないように。
できることなら、もうすぐ家族もさらに増えるこのタイミングで危険は冒したくなかったがここで将に立てるのは家臣の中でも自分しかいないのはわかっていた。
後のことを妻アザミや息子ユリスに頼み南へ渡った。
侵攻してくる集団の動きに注視しながら、彼らの狼藉により傷を負った人々を密かに救出しては彼らの進行先へ斥候を放ち水場の破壊などの小細工で進度を落とさせたりしていた。
そこに王都の娘からの報せで、伯爵位をほぼ強制的に義姉アザレア様に移すことを知らされた。
もとよりその案は家臣会議でも以前から出ていて、書類にはあらかじめ私の署名も済んでいたことでおそらく鳥を飛ばしている間に伯爵位の移譲は完了するのだろう。
正直な所その背景や経緯は気になるが、アザレア様が諾といえば私に否やの意思はなくどちらかといえば安堵の気持ちの方が大きかった。
その後すぐにアザレア様から北方領の兵団すべての長に私を据え、王都兵団とも協調する兵団の結成の旨が伝えられた。
私は迷いなくこの諍いを終わらせることに注力することになった。
斥候の働き、後方支援と救助部隊の連携そして精鋭による武力衝突の短期での収束を繰り返しほぼ鎮圧が行われた。
途中、スピナ小公爵率いる非常に有能な助っ人も入り王家の名の下に完全なる制圧宣言がなされた。
結果として北への被害はほぼなかったが、今回侵攻を企てた南部の集団の残虐行為で傷ついた南方からの避難民の受け入れなどの次なる課題が残ってはしまったが。
しかしここまでの日々で最も頭を悩ませたのは、紛争地の将としては大きい声ではいえないのだが、娘の妊娠の報せであった。
その報せの手紙読んだ時、王都で昔観た喜劇役者のように椅子から後ろにひっくり返ってしまった。
天幕の中に誰もいなかったことが幸いだった。
前のエピソードから時は遡ります、解りにくい構成でしたらすみませぬ。
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娘の恋人だと名乗る青年から手紙を受け取ったのは娘が王都に出てから数年経った頃だった。
丁寧な挨拶と娘を思う気持ちが綴られた手紙の送り主は、まさかの、この北方辺境領の主である若き当主オリウス伯爵リオネル様からであった。
何かの冗談かとおもったが、娘からの手紙に書かれていた最近懇意にしているという”友人”とのエピソードとも符合することが多くひとまず信じることにした。
その手紙からはじまり、月に1通のペースで定期的に娘との交際についての報告が送られてくる。
正直な所、娘の恋愛模様などこそばゆくて知りたくない。
が、生真面目な青年なのか時にあからさまな表現も含め娘への愛情溢れる報告は一つの楽しみとなってきていた。
娘から送られてくる手紙と併せて読むとそれもまた面白い。
娘は王都に知り合いも大しておらず、働いた給金を貯めては領のためにと気を使い私へと送金してくるため王都生活を楽しんでいる様子が想像できなかった。
領のことばかり考える年若い娘を不憫に思っていたが、友人として出会い恋人になった青年と楽しく過ごしていると知れば複雑ではあるが安心もできた。
領の問題はいろいろあるが、後継嫡男もいるし自分もまだまだ健康であるため娘はこのまま好きな学問を追求して王都で伴侶を得てのびのび暮らしていくこともいいのではと思っていた。
しかし、問題なのは、彼が北方辺境領の正当なる後継者であるということだ。
娘の幸せを思えば、名ばかり領主の現状のままオリウス伯爵には王都にいてきままに暮らしてもらうのも考える。
だが、北方辺境領を支える家臣としては当主にはこの地を拠点に活動してもらいたいのだ。
そんな思いを抱えながら彼からの手紙をうけとっていた。
彼からの手紙は主に娘との日々の報告が認められていたが、彼自身己の辺境伯当主としての立場からの発言も日を追うごとに増えてきた。
先日は、彼自身は当地に来ることはできないがオリウス家が軸となっているマントデドラゴ社の人々が屋敷を訪れ『伯爵様からの”プレゼント”です』として連絡後すぐにやって来た彼らが浴場設備を屋敷にどんどん敷設していった。
あまりの規模の大きいプレゼントのため断る旨を伝える鳥を急ぎ飛ばしたが、宛先不在で返信はなくマントデドラゴ社の作業員に押されるままに浴場は完成してしまった。
後から聞くと、最近は伯爵の研究に対して諸外国からの反響が大きく国外にいることが増えているとのことだった。
すれ違いの理由は理解したが彼の押し付けには苦言を呈した。
彼はひどく反省した言葉を送ってきたが、その意図はこれまでの当主としてのファルマ家への配慮のなさへの詫びであるとしてぜひ受け取って欲しいものであった旨が書かれていた。
これからは北方辺境伯領にできるだけ伯爵家の財やご自身の知識を還元したいため今回の浴場敷設もその”事業”の一端であることを説かれれば、ありがたく今後も支援をうけとることにしたのだった。
もちろん今までのこちらからの要求どおり、本来は当主にこの地へ来て欲しい旨は家臣の代表として彼には折りをみては伝えていた。
娘の王都での生活に影響が出ることは承知の上ではあるが、親心とこの領に生きる貴族として言わねばならないことは別なのだ。
彼からの手紙にはその立場をはっきりさせる内容は書かれていないが、最近では娘との関係を確固とするため婚姻を匂わせる発言も認められるようになりなんらかの覚悟をそろそろ決めるのであろうともうしばらくは静観しようと思うようにもなっていた。
そんな矢先に領の事態が急変した。
常に放っている諜報隊から南に危険な動きを察知したとの報せであった。
動きは遅いが、侵攻を企てている集団がかなり粗暴で同じ南の部族も大いに巻き込み万が一こちらに入られては大きな被害が予想される内容であった。
王家にもこちらの初動の報せを入れ、今回は私自身は陣頭指揮に入ることにした。
苛烈な戦いも予想され、その場合部下だけに責任を負わせることにならないように。
できることなら、もうすぐ家族もさらに増えるこのタイミングで危険は冒したくなかったがここで将に立てるのは家臣の中でも自分しかいないのはわかっていた。
後のことを妻アザミや息子ユリスに頼み南へ渡った。
侵攻してくる集団の動きに注視しながら、彼らの狼藉により傷を負った人々を密かに救出しては彼らの進行先へ斥候を放ち水場の破壊などの小細工で進度を落とさせたりしていた。
そこに王都の娘からの報せで、伯爵位をほぼ強制的に義姉アザレア様に移すことを知らされた。
もとよりその案は家臣会議でも以前から出ていて、書類にはあらかじめ私の署名も済んでいたことでおそらく鳥を飛ばしている間に伯爵位の移譲は完了するのだろう。
正直な所その背景や経緯は気になるが、アザレア様が諾といえば私に否やの意思はなくどちらかといえば安堵の気持ちの方が大きかった。
その後すぐにアザレア様から北方領の兵団すべての長に私を据え、王都兵団とも協調する兵団の結成の旨が伝えられた。
私は迷いなくこの諍いを終わらせることに注力することになった。
斥候の働き、後方支援と救助部隊の連携そして精鋭による武力衝突の短期での収束を繰り返しほぼ鎮圧が行われた。
途中、スピナ小公爵率いる非常に有能な助っ人も入り王家の名の下に完全なる制圧宣言がなされた。
結果として北への被害はほぼなかったが、今回侵攻を企てた南部の集団の残虐行為で傷ついた南方からの避難民の受け入れなどの次なる課題が残ってはしまったが。
しかしここまでの日々で最も頭を悩ませたのは、紛争地の将としては大きい声ではいえないのだが、娘の妊娠の報せであった。
その報せの手紙読んだ時、王都で昔観た喜劇役者のように椅子から後ろにひっくり返ってしまった。
天幕の中に誰もいなかったことが幸いだった。
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