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第一章(中半) まだ知らない光
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キャンパスを出ると、昼の光が強くなっていた。
通りの街路樹が風に揺れて、影が歩道にまだらに落ちる。
隣を歩く瑠衣は、光を受けていっそう映えて見えた。
長い髪を後ろで束ねて、白いブラウスの袖を軽くまくっている。
通りすがりの人が一瞬だけ目を向けるのを、紬は見逃さなかった。
対して、自分は。
膝までのスカートにゆるめのカーディガン。
鏡を見るたびに、少し丸い輪郭が気になる。
“ぽっちゃりしてる”って言葉を、
冗談みたいに言って笑い飛ばせるほど強くはない。
けれど瑠衣は、そんなこと気にも留めないように、
いつも自然体で隣にいてくれる。
「ねえ、今日行くカフェってどこだっけ?」
紬が尋ねると、瑠衣はスマホを覗き込みながら答えた。
「駅の向こうの通りにある“リーフ”ってとこ。
最近できたみたい。雰囲気よさそうだよ」
「へぇ……。駅の向こうって、あっちの大学の近くだよね?」
「そうそう。ほら、燈都大学」
瑠衣が軽く手を振るように言う。
「そういえばさ」
彼女の声が少し弾んだ。
「そこの大学、最近ちょっと話題なんだって」
「話題?」
「うん。イケメンがいるらしいよ。
他の大学の子たちも見に行くくらいの」
「そんな人いるんだ」
紬は思わず笑った。
「見に行くって、アイドルみたい」
「ね。でもそういう子って、ほんとにいるんだよ。
見た目も中身も完璧っていうかさ」
瑠衣の言葉に、紬は軽くうなずいた。
完璧という言葉が、どこか遠い響きに聞こえる。
自分とは別の世界のことのように。
「ねえ、紬は? 気になる人、いないの?」
「……いないよ」
「ほんとに? ちょっとは恋したいとか思わない?」
「恋って、そんな簡単にできるもんじゃないでしょ」
「そうかなぁ。私はいつでもできる気がするけど」
瑠衣が軽く笑う。
その声が、風の音に混ざっていく。
紬は何も言わずに、その背中を見つめていた。
カフェ・リーフは、駅の通りを一本入ったところにあった。
外からでもわかるほど大きな窓があって、
中では午後の光が淡くテーブルの木目を照らしている。
ドアを押すと、鈴の音が小さく鳴った。
コーヒーの香りが、胸の奥に静かに広がる。
観葉植物の緑と、壁際に並んだ本の背表紙。
都会の喧騒がほんの少し遠のいたように感じた。
「かわいいお店だね」
瑠衣が笑って言う。
その声に、店内の空気がふわりとやわらいだ。
紬はメニューを見ながら、少し肩をすくめた。
「思ってたよりおしゃれだね……私、こういうとこあんまり来ないかも」
「たまにはいいじゃん。
ね、せっかくだし写真撮ろ?」
そう言って瑠衣は、バッグから小さなスマホスタンドを取り出した。
慣れた手つきで角度を調整して、テーブルの上に置く。
「ほら、撮るよ」
「瑠衣、準備早いね」
「これぐらい得意だもん」
笑い合う声が、氷の音と混ざって消えていった。
少しの静けさ。
グラスの水滴がテーブルに小さな輪をつくる。
瑠衣はストローを軽く回しながら、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、さっきの話だけどさ」
紬は顔を上げる。
「話?」
「ほら、あの大学のイケメンの話」
「ああ……」
「もし実際に会ったら、どうする?」
「どうもしないよ」
紬は笑って答えた。
「ただの他人だし、そういうのって見てるだけで十分」
「そう?」
瑠衣は少し首をかしげた。
「もったいない気もするけどな」
その言葉に、紬はグラスの水面を見つめた。
氷の影が揺れて、光が細く折れ曲がる。
「……好きって、どういう感じなんだろうね」
気づけば、自分でも不意に出た言葉だった。
瑠衣は少し驚いたように目を瞬かせて、それから微笑んだ。
「うーん……たぶん、理由がないやつじゃない?」
「理由が、ない?」
「うん。好きになるのに理由なんてなくて、
でも、気づいたらその人のことを考えてる――みたいな」
「……難しいね」
「紬には、まだこれからでしょ」
そう言って、瑠衣は笑った。
その笑顔が、窓の外の光よりもまぶしく見えた。
通りの街路樹が風に揺れて、影が歩道にまだらに落ちる。
隣を歩く瑠衣は、光を受けていっそう映えて見えた。
長い髪を後ろで束ねて、白いブラウスの袖を軽くまくっている。
通りすがりの人が一瞬だけ目を向けるのを、紬は見逃さなかった。
対して、自分は。
膝までのスカートにゆるめのカーディガン。
鏡を見るたびに、少し丸い輪郭が気になる。
“ぽっちゃりしてる”って言葉を、
冗談みたいに言って笑い飛ばせるほど強くはない。
けれど瑠衣は、そんなこと気にも留めないように、
いつも自然体で隣にいてくれる。
「ねえ、今日行くカフェってどこだっけ?」
紬が尋ねると、瑠衣はスマホを覗き込みながら答えた。
「駅の向こうの通りにある“リーフ”ってとこ。
最近できたみたい。雰囲気よさそうだよ」
「へぇ……。駅の向こうって、あっちの大学の近くだよね?」
「そうそう。ほら、燈都大学」
瑠衣が軽く手を振るように言う。
「そういえばさ」
彼女の声が少し弾んだ。
「そこの大学、最近ちょっと話題なんだって」
「話題?」
「うん。イケメンがいるらしいよ。
他の大学の子たちも見に行くくらいの」
「そんな人いるんだ」
紬は思わず笑った。
「見に行くって、アイドルみたい」
「ね。でもそういう子って、ほんとにいるんだよ。
見た目も中身も完璧っていうかさ」
瑠衣の言葉に、紬は軽くうなずいた。
完璧という言葉が、どこか遠い響きに聞こえる。
自分とは別の世界のことのように。
「ねえ、紬は? 気になる人、いないの?」
「……いないよ」
「ほんとに? ちょっとは恋したいとか思わない?」
「恋って、そんな簡単にできるもんじゃないでしょ」
「そうかなぁ。私はいつでもできる気がするけど」
瑠衣が軽く笑う。
その声が、風の音に混ざっていく。
紬は何も言わずに、その背中を見つめていた。
カフェ・リーフは、駅の通りを一本入ったところにあった。
外からでもわかるほど大きな窓があって、
中では午後の光が淡くテーブルの木目を照らしている。
ドアを押すと、鈴の音が小さく鳴った。
コーヒーの香りが、胸の奥に静かに広がる。
観葉植物の緑と、壁際に並んだ本の背表紙。
都会の喧騒がほんの少し遠のいたように感じた。
「かわいいお店だね」
瑠衣が笑って言う。
その声に、店内の空気がふわりとやわらいだ。
紬はメニューを見ながら、少し肩をすくめた。
「思ってたよりおしゃれだね……私、こういうとこあんまり来ないかも」
「たまにはいいじゃん。
ね、せっかくだし写真撮ろ?」
そう言って瑠衣は、バッグから小さなスマホスタンドを取り出した。
慣れた手つきで角度を調整して、テーブルの上に置く。
「ほら、撮るよ」
「瑠衣、準備早いね」
「これぐらい得意だもん」
笑い合う声が、氷の音と混ざって消えていった。
少しの静けさ。
グラスの水滴がテーブルに小さな輪をつくる。
瑠衣はストローを軽く回しながら、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、さっきの話だけどさ」
紬は顔を上げる。
「話?」
「ほら、あの大学のイケメンの話」
「ああ……」
「もし実際に会ったら、どうする?」
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「そう?」
瑠衣は少し首をかしげた。
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「……好きって、どういう感じなんだろうね」
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瑠衣は少し驚いたように目を瞬かせて、それから微笑んだ。
「うーん……たぶん、理由がないやつじゃない?」
「理由が、ない?」
「うん。好きになるのに理由なんてなくて、
でも、気づいたらその人のことを考えてる――みたいな」
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その笑顔が、窓の外の光よりもまぶしく見えた。
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