淡い瑠璃唐草の如く

獅月 クロ

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プロローグ

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それは甘くも儚い、一時の記憶
まだ物心付く前に共にいつも遊んだ者がいた。

「 るい! 」

女の子のような愛らしい顔と声で俺の名を呼び、
手を伸ばす男の子に、忘れてしまった笑顔を向けてその手を取った。

「 へへっ、礼貴らいき 」

お互いに名を呼び合い、男の子は手を掴んだまま走り出した。
一緒に遊ぼう、そう言いながらどこまでも掛け走った黄金色の稲が揺らぐ畑を二人で遊んでいたんだ。

けれど、すぐにそんな幸せは赤の他人によって奪われた。

「 大変だ!大変だ! 」

「 なに? 」

「 どうした? 」

今日はやけに騒がしいと、遊んでいた手を止めて顔を上げれば、読み売りの者が声を上げた。

「 蒼樹あおき様が、辻斬りによって倒れた!今、屋敷の方にいるが…… 」

「 っ、とっちゃん!! 」

「 あ、涙。待って!! 」

武士としてこの江戸に構えるお代官に仕え、役所の仕事をしていた蒼樹あおき 龍ノ介りゅうのすけは、
背後から辻斬りによって斬られたと告げられた。

江戸時代、如何なる場合でも武士が剣を抜く時には命を差し出す覚悟が必要になる。
父親を切った辻斬りもまた、その覚悟があっての事なんだろうが……。
幼い俺には、それが理解できないまま屋敷へと行き、襖を開いた。

「 っ…… 」

「 坊ちゃん…… 」

父親の顔には白い布が置かれ、周りの奉公人は眉を下げ顔を背けた。
込み上げる感情のままに、父親の身体へと縋り付いた。

「 とっちゃん、目ぇさませよ…!またけいこしてくれるんじゃ、ねぇのかよ…とっちゃん!! 」

「 涙坊ちゃん、お止めください!もう、蒼樹様は目を覚まさないのですよ…… 」

「 とっちゃん強いんだろ!えど、いちばんの腕ききって、言ってたじゃないか!なんで、なんで……うぁぁぁ…… 」

男の子は泣くな、そう父親に言われてきて我慢していたのに泣き喚いて縋っていた。

起きない父親に何を言おうがもう届きはしないが…
当たりの強い母親より好きな人だったからこそ、居なくなるのが理解したくなかった。

いつか父のような立派な武士になることを夢に見ていたが、現実はそう甘くはなかった。

「 蒼樹が誰かに恨みを持たれる人物とは……、ワシの目が節穴だったようだ 」

「 確かに、真面目な人だと思っていたが賄賂を受け取っていたという噂もあった…… 」

「 っ、そんなわけないだろ!とっちゃんが、とっちゃんがそんはことするわけない!! 」

侍達が集まり、父親が慕っていたお代官は手の裏を返したような態度に腹が立った。
聞くだけなんて出来ずに口を挟めば、幼馴染みは腕を掴んで止めに入る。

「 涙!止めようよ!! 」

「 はなせ、ラン!!っ、……とっちゃんはな、アンタを守るために斬られたんだろうが!!! 」

その手を振り払おうとしながら言えば、彼等の視線は泳いでから、お代官は告げた。

「 なんの事だ?蒼樹殿は一人で居るときに斬られたと聞いたが?。恨みがあるのは蒼樹のみだけだろう?信用していたのに残念だ。
今回の事で…蒼樹家の家紋は剥奪する 」

「「 っ!!! 」」

「 今後一切、武士の家系を名乗ることは禁じる。君達はワシの信用を失ったのだ 」

何が信用だ、何が嘘だ。
父親が、誰かに恨まれるとするなら…
その人当たりのいい性格を羨ましがって妬ましく思う、此処にいる連中ぐらいだろう。

この中の誰かが、父親を殺したんだと思った。
お代官なんて地位ではない、

もっと上の人と交流があったのが気に食わなかったんだろ。
だからって、殺す事はないだろ!!

裕福な暮らしから一気に金はなく貧乏へとなった。
奉公人に払う金など持ち合わせては無く、
慕ってくれていた奉公人達や道場に通う者たちもまた一人ずつ屋敷を出ていった。

屋敷もまた売り払う頃に、顔を見せなかった幼馴染みはやって来た。

「 涙……家においでよ。家は…商人をしてるから、キミぐらいなら…… 」

「 礼貴、いままで…ありがとう! 」

「 なっ、っ…… 」

「 俺はだいじょうぶ。かあちゃんといっしょにやっていくから。礼貴も、がんばってな! 」

もう二度と泣かないと決めて、笑顔で告げれば幼馴染みは俺の代わりに大粒の涙を流して俯いた。

「 かならず、キミをむかえに行けるほどかせぐから。それまでしんだらダメだよ! 」

「 おう!またいっしょにあそぼうな 」

「 うん!! 」

またね、そう言い合ってから俺は歩き出した母親の後ろを追いかけた。

馬も米も全て売り払ったからお金なんて何もない一文無しになった。
よれて解れた衣を着て、洗うことも着替えることもしないまま、住める場所を探す。
お代官の目が届かない場所を探しても、
どこも裏切り者として首を振った。 

「 お腹すいたな…おかっちゃん… 」

「 涙、よく聞いて 」

「 なに? 」

最後の飯は三日前に柿を食べただけ、
子供にとって過酷な空腹を、目についた雑草を口に入れる。

もうすぐ冬になる頃に、母親は俺の肩に触れ窶れた顔を向けた。

「 沢山、ごはん食べれる場所に連れて行ってあげるから。貴方だけでも幸せにおなり 」

「 かあちゃんは? 」

「 私は大丈夫。貴方も、あの人に似て恵まれた容姿を持ってるのだからきっと大丈夫よ 」

母親は手を引き、俺は見たことの無い町へと連れて行った。

そこは、外の情報が遮断された、
全く違う世界のような場所だった。

「 それでは、息子を宜しくお願いします 」

「 えぇ、此方こそこんなに美形を貰えるなら嬉しい限りです。大切に育てさせてもらいますよ 」

幼心に俺は売られたんだと悟った。
母親は一度たりともこちらに振り返る事なく、袋に入った金を大切そうに持ってその場を離れた。
遠くなる背中を見ていれば、小太りの男は背中を押さえた。

「 ほら、今日から私の事は桜主オヤジさまと呼ぶんだぞ 」

「 はい、オヤジさま…… 」

俺は、この日……

男を相手にする陰間茶屋かげまちゃやに売られた


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