最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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21話

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 バートン卿とノエルが私の側にいることに慣れてきた頃には、私はリセット魔法を有意義に使っていた。
 図書館の本を読み漁ってはリセットし、再び朝から読書に励んだ。図書館の奥にはピアノの教本が何冊もあって、10年ぶりにピアノに没頭する時間も楽しかった。

「皇女様、昨日よりもはるかに演奏が上手になってる!」

 ノエルが拍手をしながら私の演奏に耳を傾けている。‥嬉しいな。こうして私の演奏で誰かが喜んでくれるのが好きで、昔は一生懸命練習していたのよね。

 この帝国にとってピアノはとても貴重なもので、皇室の他にはごく一部の上流貴族しか所有していなかった。
 皇室でもピアノに興味を示していたのは私だけだったからか、この離宮に移り住んだ時にピアノも一緒に運ばれた。

 とはいえ、魔女がピアノを奏でるわけもなく、ずっと放置されていたのだけど。

「10年経っていても、指が覚えているのでしょうか‥?」

「ふふ、そうかもね」

 バートン卿は真剣に言っているみたいだったけど、私はクスクスと笑いが溢れてしまった。
 ーー本当のことを言えなくてごめんなさい、バートン卿。私はあなたが思うよりも遥かに長い時間、ピアノを練習しているの。

 無事に1日を終える直前に、リセットをしてまたその日を過ごす。私は魔女から奪われていた私の時間を取り戻す為に奮闘していた。

 放置されている身だから、特にやらなくてはならない義務もない。言ってしまえば一日中暇な身で、リセットしなくたって読書の時間もピアノの時間も沢山ある。‥だけど、きっと魔女に体を奪われていなければ、今頃私はもっとたくさんの知識を持って、溢れんばかりの経験をして、ピアノの腕前だって遥かに上達していたはず。

 だから私は、何事もなく死なずに済む日にはリセット魔法を有意義に使って、空っぽ同然のこの体に沢山の経験値を入れ込むことにした。
 皇女としての活躍は誰にも期待されていないし、知識を得ても、ピアノが上達しても、自己満足にしかならないのだけど。

 10年前までの私は、他国からわざわざ来てくださっていたピアノの先生に、才能があると褒めて貰っていた。
 この国にはまだピアノはほとんど浸透していない。だから‥いつかはこの音色を帝国民に聞かせてあげたいと、そう思っていたのになぁ。

 リセットを繰り返すことで、毎日約12時間(3時間×4)程の練習をすることができた。日によってはもちろん、もっとやり込む日もあったし、読書をしたまま眠ってしまってピアノの練習時間が少ない日もあったけど。

 グラスを持つことを辞めて男に触れることも辞めた私の指は、鍵盤の上を自由に駆け抜けて、いつの日にかあっという間に10年前の自分を抜かしていた。
 当時は才能があると言われていても、その他のお稽古や勉強にも時間を割かなくてはいけなくて今ほどピアノに打ち込めなかったし、手が小さくて指が届きにくい場所もあった。
 指の感覚を取り戻してしまえば、もう私の指は鍵盤上で踊り続けるだけだった。

 いつしか扉の外にはメイドたちや騎士たちが張り付いて私の演奏を聴くようになっていて、私はそれが堪らなく嬉しかった。

 メイドたちが私の部屋で仕事をしているときは、もっぱらピアノの話題が多くなった。

「皇女様‥。今日の演奏も素晴らしかったです。私、鳥肌が立ちました」

 サリーが頬を赤くしながら言うと、ベルタも首を激しく縦に振った。

「本当に素晴らしいです!」

「あ、ありがとう‥」

 照れながらもお礼を伝えると、ベルタが両手を胸の前で組みながらテンション高めに口を開いた。

「こんなに素晴らしい演奏、聴かせていただいてるのが私たちだけだなんて勿体無いです!他の人にも聴かせてあげたいくらいです」

 他の人、ねぇ。
確かに‥10年前はいつかそんな日が来たらと思っていたけど‥。今はそんなことできるわけがない。私が帝国民の前に現れた途端、石を投げられるに決まってる。

「‥いつかそんな日が来たらいいわね」

 私がそう言うと、サリーも頷きながら微笑んでくれていた。


 その数日後、突然王宮から私宛ての手紙が送られてきた。
こんなことは放置されてから一度もなかったことで、私の心臓は跳ねるように鳴った。

【本当に改心したと云うならば、3日後のドラージュ公爵家主催のパーティーにて、覆面でピアノの演奏を行いなさい。当日の朝王宮から馬車を送るので、それに乗り込むこと】

 それだけが書かれた手紙。差出人は書かれていない。

 ごくりと、息を飲む音が響いた。これは‥どういうこと?試されている‥?
 私が酒も男も辞めたという話はもう王宮にはとっくに届いているとは思っていたけど‥。

 覆面ということは、一種の社会貢献ということ‥?
償いの場を設けてくださったのかしら。

 でも‥ドラージュ公爵家‥‥。
ドラージュ公爵家のご令嬢、ルイーズ嬢は‥魔女と激しく対立して、魔女が怒り狂って頭から唾を吐き捨てた人。

 おかげで公爵家も皇室に対して怒りを露わにし、社交会の場で“皇女の頭が狂った”と決定付けられた出来事。

 覆面‥といっても、もしも私の正体がバレてしまったら‥。正直パーティーどころじゃなくなるけれど‥。

 だけど、魔女に取り憑かれていたのではなく、したのだと思って貰えるのなら‥。
 もしかしたらまたいつか、お父様にも、弟のロジェにも、会わせてもらえるのかもしれない。例え2人から恐ろしく嫌われたままでも、もう一度姿を見られるのならどれだけ嬉しいことか。

 私は鳴り止まない心臓を胸の上からグッと抑えて、与えられたチャンスをしっかりとやり切ると誓った。

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