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88話
しおりを挟む小さな体のフェリシテ様にヨシヨシと背を撫でられながら、私は懸命に呼吸を整えていた。
感情を吐き出し切ったからか、どこか冷静になれたみたいだ。フェリシテ様と接触できるのは僅かな時間。いつまでもメソメソしていられない‥!
「フェ、フェリシテ様。私たちはきっとまたすぐに、何年後かに飛んでしまいます‥」
「ほぉ。ここに飛んできたのはついさっきかい?」
「はい‥!ジュンさんの小屋から飛んできたばかりです」
フェリシテ様は私の話を聞くと「なるほどな」と唸った。
「ーー多分、あんたと会うと飛ばされるんだよ」
すぐ近くで聞こえたレオンの声に、肩が少し跳ねてしまった。レオンは私の隣にしゃがみ込んで私と目を合わせると、フェリシテ様に視線を送った。
相変わらず整った横顔は、動揺を見せていたさっきまでとは違う。一体レオンは今どんな心境なんだろう‥。
「あぁ、確かお前は私の手下だったな?」
フェリシテ様が片眉を上げてわざと小馬鹿にするようにそう言うと、レオンは子どものようにムッとした。
「手下じゃねぇっつーの!!」
「じゃあなんなんだ?未来では何故私の仲間だった?」
レオンの反応を楽しむように口角を上げるフェリシテ様。ニヨニヨと笑うフェリシテ様を見るに、恐らくレオンをいじることが楽しい様子だ。
「‥‥拾われたんだよ、あんたに。まぁ育ててもらったみたいなもん」
「ほぉ~?私の息子ということか」
「ちがう!!!」
レオンがここまで砕けた態度を取っている姿なんて初めて見たわ‥。きっと幼い頃、魔女の母と過ごしていた時はこんな風に接していたのかもしれない。
そう思うとレオンの新たな一面を知れたような気がして嬉しい気持ちが湧いた。
「とにかく、要は未来の私は、魔女狩りを終わらせることができずに闇に堕ちたってことだろ?」
フェリシテ様は私を覗き込んだままそう言った。
ーー魔女狩りを“終わらせることができなかった”。‥確かに魔女狩りは何年にも渡って行われてきたのだから、その捉え方が正解だわ。
「‥‥俺が知ってるあんたはもっともっと弱ってたからな」
確かに‥レオンが言うように、フェリシテ様の見た目は然程変わらないけど、未来のフェリシテ様である“魔女の母”は、ずっと疲れ切っているような印象もあった。人智を超えた力を持ちながらも、心も体もすり減らしているようだった。
「‥うぅん。じゃあきっと今後私の力を削ぐような何かがあるのかもしれないな。まぁ万全な今の状態でも魔女狩りの会場が予め分かっていないと防げないし‥。同時に何箇所かでやられても対応できないな」
フェリシテ様はそう言って腕を組みながら唸った。かなりの問題を目の前にしながらも、決して腐ることのない性根の明るさが滲み出ている。
「ーーー避難させる‥のはどうでしょうか」
静かにやり取りを聞いていたバートン卿は、眼光を光らせてそう言った。随分と良くなったものの依然身体中を痛めているバートン卿を見て、フェリシテ様が小さく吹き出した。
「あんたまだまだ怪我人のままなんだな!!あっはっはっはっは」
「‥‥っ‥‥」
豪快に笑うフェリシテ様を横目に、バートン卿は居心地の悪そうな顔を浮かべている。‥バートン卿は未来で闇に堕ちた魔女の母に呪いをかけられ、魔女の母を恨み続けていた。
こうして明るく朗らかなフェリシテ様と相対し、複雑な心情が拭いきれないんだろう。
ーー私も10年間を奪われて、好きなように悪事を繰り返されてきた。だからもちろん複雑な気持ちもあるけど‥
フェリシテ様が堕ちる明らかな要因があって、こんなにも素敵な人があそこまで悲しみの底に落ちてしまったのだという遣る瀬無さの方が心のうちを占めている。
「避難‥ねぇ。確かにいいかもしれない。魔女たちを一ヶ所に集めれば魔女狩りから守ってやれるし、レオン、お前の未来も壊さずに済むんじゃないか?」
フェリシテ様はそう言ってニヤリと笑った。
その言葉を脳が理解した途端にぶわっと風が吹いたような気がした。
「‥避難、か。皆が皆従うとは思えませんけど」
レオンがそう言うとフェリシテ様が少しだけ悪い顔をしながら口を開いた。
「従わない魔女には最悪暗示をかけてしまえばいい。命を失うよりはマシだろう?‥子供がいる家庭には悪い話だが‥」
ーー魔女達を守るためなら心を鬼にする。笑顔の下にそんな決意を覗き見た気がした。
その時、ぱちぱちと指先に静電気が走ったような刺激が現れた。痛みは然程感じないけど、皮膚がその刺激に反応しているような弾ける感覚がある。
あ、これ‥飛ばされる‥。
「フェリシテ様っ」
「そんな不安そうな顔をするんじゃないよ。大丈夫さ、私はほら、まだ堕ちてなんかいない」
半ば自虐気味にそう言い放ったフェリシテ様はくすくすと笑った後に消えいく私たちに手を振った。
「‥またすぐに会いにきますから!!」
「待ってるぞ」
そう言って温かく微笑む彼女を見て、いつのまにか収まっていたはずの涙が再びブワッ溢れ出そうになる。
その瞬間に背筋がゾクっとするような感覚があって、気が付いたら景色は変わっていた。
ーーここは‥‥森の中?
今回こそはフェリシテ様に再会する前に落ち着いて話をする時間を作らないと‥。さっきは取り乱してわんわん泣いてしまったし‥。でも私たちの時間軸としてはそれはほんのついさっきの出来事だから、正直私の心の整理は全くできていない。
「‥‥睨まないでくださいよ」
レオンが少し弱ったようにこめかみを掻きながらそう言う。
「‥‥‥別に睨んでないけど!!!」
思いっきり睨みながらそう吐き捨てると、レオンは参りましたと言わんばかりに小さく息を吐いた。
何秒間か無言で見つめ合った後にレオンはズンズンと歩み寄ってきて、徐に私のことをぎゅっと強く抱きしめた。
「っぐ、」
近付いてきたから何かされるのだとは思ったけど‥!まさかこんなにも強くハグされるなんて。
「‥‥‥‥諦めててすいませんでした」
レオンは私の耳元でそう言った。
「‥‥もう諦めない?」
「‥‥‥‥たぶん。ーーーー痛っ!痛い痛い!痛いですよ!!」
絶対と言い切ってくれないレオンの足を思いっきり踏ん付けた。そこはもう諦めないと断言してくれないと‥
「‥許さないわよ」
「分かりました!分かりましたってば!!」
レオンの足を解放してあげながらレオンを見つめる。困ったように眉を下げているものの、レオンも私を見つめていた。
レオンがそっと私の顎に手を置いたその時‥‥
「ーーー大変申し訳ありませんが」
バートン卿の小さな声が響いた。
「あっ!」
ーーー忘れてた、というのはあまりに失礼で申し訳ない話だけど、どうしましょう。忘れていたわ。
「お気持ちは痛いほど分かりますが‥まずは現状を把握しましょう‥」
「「そうですね!!」」
顔を赤くして食い気味にそう答えた私たちは、ここがどこの森で、いつの時代なのかを調べることにしたのだった。
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