最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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89話

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 ーー1年前に行われた王位争奪戦に敗れたカマルは、少人数の従者を連れて郊外の森の奥深くに逃げ込んでいた。

 人目につかないところで体制を整える算段だったが、それにしては多くの部下達が死に過ぎていた。病弱な兄よりも健康的且つ強いリーダー像を持つ自分の方が次期王に相応しいと思っていたのに、今では賊軍扱いだ。

 美しい婚約者を愛していたが、彼女は今頃憎き兄の婚約者となってしまっていることだろう。カマルはまだこの時10代半ばと若かった。物心つく前から次期皇帝の座を奪い合う争いの中にいた彼の心は、彼が思っている以上に常に渇いて飢えていた。
 

 ーーこの辺鄙な森には“魔女の母”がいるという噂を聞き、彼も敢えてこの森の中に逃げ込んだのだ。
 戦いに敗れてボロボロだった1年前、狙い通り“癒す魔法”を授かったカマルは、フェリシテの魔力が回復するのを待っていた。

 フェリシテの魔力が十分に回復したら他の従者たちにも力を授けてもらうつもりだったのだ。
 ところがフェリシテは薄気味悪い果実で魔力を増大しているにも関わらず、カマルの頼みをなかなか聞いてくれなかった。

 なんでも、「とりあえず魔女たちをこの森に集める準備をするのに精一杯なんだ。あんたたちに構ってる時間はないんだよ」とのこと。

 容姿になかなかの自信を持つカマルがフェリシテをたらし込んで言うことを聞かせようと画策しても、フェリシテがしょっちゅう森から出る為なかなかそんな機会すら作れない。

 王座と婚約者を奪い返すにはどうしてもフェリシテの力が必要なのに、そのフェリシテに見向きもされない憤りを感じて深いため息を吐く日々が続いていた。

 フェリシテが忙しそうにしていなかったら‥ただただ自分だけと向き合う時間を持てていたら、きっと事態はうまく進んでいた筈だった。
 婚約者を想って物思いに耽りながら散歩をしていた時、近くの茂みから話し声がすることに気がついた。

「誰だ!!」

 剣を構えながら茂みに向かって叫ぶと、姿を見せたのは長髪の美丈夫だった。随分とズタボロだが、どうやら騎士団服のようなものを着ている。
 続いて立ち上がったのは赤茶色の髪の色男。こちらは旅人のような庶民的な装いだがガタイも良く、漂うオーラはただの一般人ではなかった。

 2人とも後ろにいる誰かを守るような立ち方をしている。
ーーー護衛なのか?こんな森の中でひっそりと守られるような者が、俺の他にいるのか。

 カマルの従者も身を隠しているだけで側にいるが、そもそもカマル本人が剣に相当の自信を持っていた。その為、この場面においてカマルが抱いたのは恐怖心や警戒心よりも、相手を知りたいという好奇心だった。

「ーーー俺の名はカマルだ。お前らは誰だ?」

 そう言って剣を下げて戦う意思がないことを示したカマルを見て、相手の護衛2人も警戒を少し緩めたようだった。

「‥カマル‥‥?」

 綺麗な女の声が響いた。
2人が守っていた“誰か”が立ち上がり、瞳を丸めながらカマルを見つめたのだ。

 その瞬間、カマルは脳内に電撃を喰らったかのような衝撃を受けた。サマンサと愛する婚約者を瞬時に重ねてしまったカマルは、何度も何度も瞬きを繰り返した。

 ーー実際、婚約者はカマルがフェリシテの元に潜伏している年月の間に、皇后として子供を生んでいる。
 サマンサはカマルが愛したその女性の血を引いているのだ。

 サラサラなブロンドの髪も、凛とした佇まいも、澄んだ瞳も。実際にはかなり似ている、というわけでもない。婚約者を求め過ぎたあまり、カマルが脳内で勝手に“瓜二つ”だと強く思い込んだのだ。

 そして同時に思った。

「神からの贈り物だ‥‥」

 と。


「‥‥はぁ?あんたさっきから何言ってるんだ」

 怪訝な面持ちでそう述べたのはレオン。カマルが瞬間的にサマンサに落ちたのが分かり、苛立ちが隠せないようだ。

「お前は黙ってろ。俺はそこの可憐な女性に話があるんだ!!」

 カマルという名は比較的多くいて、フェリシテに名乗った時には「ふぅん」という反応しかされなかった。元々自身の細かい素性は明かそうとはしていなかったが、サマンサはどうやら“カマル”という名に直ぐにピンときていた。

「‥‥わ、私‥でしょうか」

「あぁ!君は何でこの森に?護衛付きということは何処かのご令嬢か?でも君のことは見たことがない。他国から来たのか?それともどこかの商家のお嬢さん?‥いやぁ、でも商家のお嬢さんならこんな森にいるのは不自然だな!!駆け落ちか?んー、それでも不自然だ。はっ、他国の令嬢で‥‥俺を支持していたばっかりに戦に負けてここまで逃げ延びた家柄の娘か‥‥?」

 よくもまぁ舌が回るな、という怒涛のスピードを見せたカマルに、サマンサは明らかに引いていた。

 サマンサの代わりに口を開いたのはバートン卿だ。

「‥戦‥‥カマル‥‥。そうですか。貴方はこの帝国の皇子、カマル様ですね」

 バートン卿の言葉を聞いて、レオンは「え?!」と声を出した。

 無理もない。カマルもレオン達と同様に庶民の服を着て身分を隠しているし、レオンは歴代の皇族を学ぶ機会が無かった為あまり皇室の歴史に詳しくない。

「そうだ!それで、お嬢さん。貴女の名は?」

「‥サマンサです」

「うん。実に愛らしい名前だ!!どこの家の生まれだ?」

 ーー迂闊に未来から来たと言うわけにもいかず、サマンサはこの一瞬の間に悩みに悩んだ。
 とりあえずレオンがカマルに対して敵意を剥き出しにしていた為、サマンサはカマルの前でレオンの手を取ってみせた。

「恋人と駆け落ち中なんです。こっちの長髪のお兄さんは護衛として雇わせて貰いました」

 サマンサがそう言うなり、レオンの耳が赤く染まった。一方のカマルは一瞬で顔を青くしている。

「か、駆け落ち?!いや嘘だ!なんでこんな森の中にっ!」

「この森に、魔女の母がいると聞いて‥」

「‥‥‥なるほど」

 魔女の母に何らかの手助けをしてもらいたくてここまで来たのか、とカマルは納得した。しかしサマンサのことをすぐに諦めるつもりは毛頭なかった。

 今や皇帝陛下になった兄から婚約者を奪うよりも、庶民の男からサマンサを奪う方が圧倒的にハードルが低い。

 すぐに魔法の作用で3人がこの場から去ることになるとも知らず、カマルはサマンサを奪うと心に決めたのだった。

 思い通りにいかずに燻って渇いていた心が、サマンサの存在のおかげで突然潤ってしまったらしい。

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