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94話
しおりを挟むカマルはまだ10代だった。
成人未満であっても皇族故に若くして婚約をし、若くして争いの中に生きていく覚悟を決めなくてはならなかった。
肉親においては母のみが味方であっても、その母自身も王宮では常に戦い続ける立場である。
サマンサやロジェは他に兄弟がいないうえ、性別が異なる為にそもそも争うこともなかったのだが、カマルはそんな生温かい環境では生きてこれなかった。
そんな彼は従者たちの元へ走る中、ぐしゃぐしゃに乱された心を整えるのに必死だった。
全て自分の手のひらから零れ落ちていく。
強さの象徴だと、次の皇帝は貴方だと、そう言われ続けて一心不乱に進んできたのに。その手には何も残っていない。
王座も、愛する婚約者も手に入れられない。
唯一手が届きそうだったサマンサさえ、レオンから奪い取ることもできない。
そもそもレオンはたった1人だったのに、どうして返り討ちに遭うんだ。
カマルは苦しい心を抑えながら必死に走った。
ーーー悔しい。悔しい、悔しい、悔しい。
レオンに返り討ちに遭うまでカマルは揺らいでいた。いくら口では全てを手に入れると言っても、フェリシテが協力的ではない以上カマルは希望を失っていく。
だが、打ちのめされて走る中‥カマルは再び誓ったのだ。
絶対に王座を、そして全てを奪うのだと。
このカマルの想いこそがサマンサ達が次の場面に移る“キッカケ”になった。カマルのこの想いは遠くない未来で“魔女狩り”に繋がる。
ーーーー誰一人として法則に気付いていないが、サマンサの魔法はあくまでも“魔女狩り”ありきの世界線で進んでいく。
魔女狩りが行われることが前提の中、未来を変えるキッカケを作れた際に次の場面に移ることができるのだ。
息も絶え絶え、カマルは従者達の元へ駆け寄った。
そして気付く。自分ひとりでここに駆け付けても意味がない。皆を助けたいのであれば魔女たちに声をかけるべきだった。
あぁ。駄目だ。
そんな当たり前の判断さえもできないくらい、今の自分には余裕がないのだ。
無我夢中で駆けたのは、カマルが心から従者を大切にしているからだった。
この森には12人の従者。
各都市に潜むように仲間はいるが、やはり身近な従者達への信頼は更に深い。
従者というのは、唯一カマルに残されたものだ。唯一自分を認めて信じてくれる者たち。
「おい!!しっかりしろ!!いま、呼んでくるから!!魔女を呼んでくるから!!!!大丈夫だからな!!!」
血だらけになって倒れ込む従者たちに、カマルが取り乱しながら声を掛ける。
カマルはこの時泣いてしまいそうだった。
そんなカマルの肩を叩いたのは血を吐きながらも微笑む従者、ジャンヌ。
彼女はカマルの従者の中でも珍しくフェリシテから力を授かっていた者だった。
「わたくしのワープの力で、皆を運びましょう」
フェリシテは基本的に元々魔女である人間にのみ追加でワープ魔法を授けていた。
だがカマルが各都市に潜む仲間たちと会うために、どうしてもワープ魔法を自分の従者に授けてくれと懇願していたのだ。
「ジャンヌ‥!」
ジャンヌはくっきりと高い鼻筋が目立つ、知的で品のある女性だ。歳はカマルよりも10歳以上上であり、カマルは彼女に一際信頼を置いていた。
「大丈夫ですよ。貴方はまだ何も失ってなどいないのです」
ジャンヌはそう言ってカマルを励ましながらワープ魔法を使って従者たちを拠点へと運んだ。
彼女は自分の人生の全てをカマルに賭けていた。その想いは今後とある波乱を生むことになるのだが、誰もそんな未来を知る由もない。
ーーーカマルは月が隠れたことに心底安堵していた。取り乱してしまった情け無い自分の姿を映すものは何もなかったのだ。
*一方その頃の王宮
カマルの兄、皇帝陛下であるアロイスは遠くを見つめて目を細めていた。仲が良かったわけではない。だがそれなりに、いや、一方的に、アロイスはカマルを気に掛けていた。
歳はそれほど変わりはしない。自分がたまたま先に生まれただけだった。アロイスはカマルほど王座への執着はなく、出来れば争い事には関わりたくないという平和主義。
子どもの頃は体も弱く、成長するにつれて寝込むことはなくなったものの、万人が抱くような強き王の印象とは真逆の人間だった。
良く言えば温厚で優しい皇帝。
そんな彼は王座争奪戦で敗れて全てを失った弟を思い、心を痛めていた。
「‥‥僕なんかより、カマルが皇帝になればよかったのに」
「ーーー多くの人々が貴方を選びました。それ故の結果なのでしょう」
アロイスを慰めるのは皇后陛下であるグレース。
公爵家の生まれである彼女は、最終的に公爵家がカマルを裏切る形でアロイスの味方についた為、カマルと縁を切らざるおえなかった。
公爵家は戦いの流れを読み、決して公爵家が負けぬように舵を切ったのである。
グレースは元々政略結婚と割り切っていたが、カマルが自身を愛していると分かっていた為、口には出さないものの彼女も心を痛めていた。
だが公爵家の令嬢として、家の方針に背くわけにもいかない。グレースはしっかりとアロイスの嫁として、皇后としての勤めを果たす覚悟を決めたのだった。
「ーーー陛下、例の薬が出来上がりました」
テラスに出ていたアロイスにそう声を掛けたのは、青い色の口紅を塗った奇抜な女性。
彼女は王宮が‥いや、正式にはアロイスが雇った薬師の魔女のクレマンスだ。
「あぁ‥。秘薬が完成したんだね、ありがとう」
魔女の力は大変便利なもので、人々の生活にもその力は多く取り入れられるようになった。
そもそも魔女は大々的に力を使ってきたのではなく、そっと潜むように水面下にいた存在だった。その為、帝国全体にその力が浸透してきたのはここ数年の話である。
人々はその人智を越えた力に慄いたが、その力が自分たちの生活の質を上げる為に使われるとすんなりと受け入れるようになった。
フェリシテが人を選んで力を授けていたこともあり、その力を使って悪さをしようと企てる者が現れなかった。昨今では「魔女様」と言って魔女を崇拝しようとする人々まで現れている。
世間的に魔女が世を良くする為の正義であると認識されている中、アロイスはクレマンスに“魔女殺しの秘薬”を作るよう命じたのだ。
魔女がいつか牙を剥いた際、魔女よりも遥かに弱い人間でも、その力に対抗できるようにと。
「ーーただ、元になる材料が貴重なものばかりで‥量産は出来ないと思います」
「あぁ。わかった」
アロイスは気が弱い皇帝だが、頭脳明晰で先を読む力があった。魔女殺しの秘薬は、こうして誕生したのである。
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