軍神と呼ばれた男

なべ

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群雄割拠

関東遠征

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天文21年(1552年)1月、景虎の元に来客が訪れていた。

関東管領・上杉憲政が数名の従者を連れて冬の三国峠を越えて春日山城へやってきていた。


「遠く我が居城までご足労いただき、ありがとうございます」

常陸の佐竹義昭を頼っていると聞いていたため、突然の来訪に驚きはしたものの、権威を重んじる景虎は、関東管領である上杉憲政を丁寧に招き入れた。


今までも救援要請は幾度も来ていた。

関東での苦戦を聞くたびに思うところはあったのだが、当時は越後の統一がなっておらず、関東への入り口に上田長尾衆がいたため、叶うことがなかった。

上杉家と長尾家では過去に因縁があり、父、為景の守護代殺し 関東管領殺しの汚名があるため、良好な関係とは言えなかったのだが関東管領の上杉は藁をも掴む思いであったし、今後の越後における地位を確立したい景虎としても何とかしたいとも思っていた。


「出来る事なら何なりと」と景虎は言った。
この時、初めて対面した憲政であったが、一目見るなり(器が違う)と感じていた。

長尾家を受け継いで、越後を統一しただけあり、すでに傑物の風格が漂っていた。

「景虎殿が言われると嘘に聞こえんな」

憲政はうつむき力無く続けた。
「北条に攻められ、我が居城の平井城を棄て、息子の龍若丸は北条に捕らえられ、手討ちにされた…関東管領といえ、力がなくばなんにもならん。」

北条は8歳の幼子をも手にかけたという

「非道な」
越後の家臣団も同情せずにはおれなかった

「わしには後継ぎもいなくなった、城もなく、抵抗するだけの力も残っておらん。景虎殿、すでに名ばかりではあるが、管領職と上杉の名を継いでもらえまいか?」

突然の提案に、その場に居合わせた家臣一同がざわついた

「静まれ。」
景虎はしばし瞑想したのちに

「若輩なれど謹んでお受けいたします」と返答をし

「雪解けを待って関東へ出兵いたす。皆の者、抜かりなくご準備願う」
として、関東への出兵を決めたのだ。


同じ頃、信濃では守護小笠原長時が村上義清と共に武田軍と戦っていたが苦戦が続き、救援要請が届いていた。


宇佐美を始め、重臣が集まる評定にて
「信濃と関東とどちらもというわけにはいかんぞ」

とそれぞれの救援依頼について協議をしていた。


「関東ではいまだ長野殿などが頑張っておられる様子、信濃では小笠原、村上殿が武田を退けておる様子です。」

「しかし、だからといって武田、北条の脅威がなくなったわけではなかろう」

「また越中でもなにやら、きな臭いことも聞こえております」
「越中は椎名殿と神保殿とが争っておるようじゃな」

と近隣の様子を交えて各々の意見を出し合っていた。


「景虎様、いかがいたしましょう?」
それぞれの意見が出そろったとこで宇佐美が聞いてきた。

「此度は当初の予定通り、関東へ向かう。ただし、留守の間に大事があってはいかぬゆえ、留守居として政景殿、上田衆へは越後にて待機をお頼み申す」


その年の8月、満を持し、上杉憲政を奉じ、総勢23,000の兵を率いて関東へ進攻した。


「軒猿より注進」
「現在、北条幻庵率いる北条軍は上野沼田城を攻略中。その数30,000」

親衛隊を率いる千坂景親は景虎に軒猿からの情報を伝えた。
兵力差が幾分あれ、この程度では問題ないと見た景虎は

「先ずは沼田城を解放する」
として上野沼田城へ向かっていった。


沼田の地は北関東の要衝であるためなんとしても北条に渡すわけにはいかなかった。

この沼田城だが、河岸段丘の台地上に位置する城で、天然の崖を2つの川を利用して築城されており、攻めるに難い城であった。


北条方にも越後軍が来ていることは伝わり、後詰め3,000を残し迎撃にむかった。
兵力に余裕がある北条軍は鶴翼の陣で待ち構えている。


「北条軍は川を渡って布陣していますな。わざわざ背水の陣をひくとは意外ですな」

千坂景親は北条軍は川の手前で待ち構えていると思っていたのだが、意外にも川を渡っていることに驚いた。

「北条軍は北条幻庵が率いていると聞いております。智将と名高いだけに何かあるやもしれぬな。」

「千坂よ。戦は本陣を後退させれば勝ちぞ。一気に突き破る。魚鱗の陣をひけ」


そうして景虎率いる越後軍は

正面に
揚北衆 本庄繫長、
猿毛城城主 柿崎景家

右翼
平林城主 色部勝長
鳥坂城主 中条藤資

左翼
北条城主 北条高広
赤田城主 斎藤朝信

第2陣
桝形城主 甘粕景持
栃尾城主 本庄実乃

遊撃隊として
箕冠城主 大熊 朝秀
琵琶島城主 宇佐美定満

として魚鱗の陣形を組み、陣形が整い次第、突撃していった。


「様子見は要らん。正面、本庄、柿崎、そのまま当たれ」

率いている将が猛将と名高い本庄、柿崎の陣は士気も高く、先陣としてうってつけで、飛んでくる弓矢をものともぜずに突っ込んでいった。

その衝撃はすさまじく、北条方の先鋒は一瞬にして崩されていた。


「何をしている。両翼から囲んでしまえ」
と正面の陣を助けようと動いた左右の陣にめがけて、越後軍の右翼、左翼がぶつかっていった。

右翼の色部勝長、左翼の北条高広も歴戦の将である。
北条軍が動いた矢先にはすでに交戦圏内に入っていて、そのまま突撃していった。

「速い。もう来たのか」
正面の部隊へ援軍に駆けつけようとしたところへ当たって来られたためにこちらも上手く衝撃をおさえることが出来ずにいた。


越後軍はそのまま1町余り押していき、北条軍はズルズルと後退していった。
もう少し持ちこたえられると踏んでいたのだが、越後軍の突撃力が想像以上に強く、各陣において劣勢が続いていた。

「なんという圧力。しかし…そろそろ遊撃隊が届く頃、いましばらくの辛抱ぞ」と兵士を奮い立たせていたが、越後軍の圧力は衰えるどころかますます激しくなっていく。


「どういうことだ?」
と納得がいかないでいると前線より

「前衛の部隊が入れ替わっております。」

「さっきまでの旗印と違う部隊が攻めてきています。このままでは陣が持ちません。」
と報告してきていた。


越後軍では始めにぶつかった部隊をすぐに下げ、2陣の部隊を代わりに当たらせ、1陣目の部隊が体勢を整えたらすぐに2陣の部隊と入れ替わっていく車懸りの陣を巧みに操っていた。

北条軍は川を渡って背水の陣をひき、ここで持ちこたえている間に別動隊が本陣を急襲する作戦だったのだが、越後軍の圧力が強すぎたおかげで川を渡ったことが裏目に出た。

鬼気迫る表情で迫ってくる越後軍におびえ、持ち場を離れて逃走する兵士が表れてはじめ、北条軍の士官は必死に留めようとしていた。


「相手の右翼がもう保てないようだ。宇佐美に右翼の脇から攻めるように指示を」

景虎は戦陣の中での空気を感じ取るのが抜群に鋭く、的確に相手の弱いところをついていった。


「本陣より小島弥太郎に兵を預けて、宇佐美のさらに右側より相手本陣に急襲するように」
「大熊は左翼外側から来る相手遊撃隊に備えよ」
「本陣を前へ動かし、大熊と連携を取る。千坂は大熊の後詰にそなえよ」

矢継ぎ早に指示を出し、常に相手に先手を取らせない戦ぶりはまさに戦の申し子であった。


遊撃隊として宇佐美が相手右翼の脇から当たっていった時には組織的に抗うことは出来ず、そのあおりを受け正面の部隊も崩れていった。
そんな中に小島率いる精鋭部隊が相手本陣に突撃をしていったので、この時すでに勝負はついていた。

這う這うの体で北条軍は敗走していった。


終わってみれば越後軍の圧勝であった。

「関東武者はこの程度かwww」と北条高広はまだ暴れ足れないとばかりに豪語していた。

初めての遠征ではあったが、順調な滑り出しとなり、その後も平井城・平井金山城の奪還に成功した。
北条軍を率いる北条幻庵は上野国から撤退、武蔵国松山城へ逃れていった。


そんな折、陣所へ伝令が駆け込んで来た。

「政景殿より早馬です。信濃守護小笠原長時殿、武田軍との戦にて敗走、越後へ向け逃走中」


一緒に報告を聞いていた宇佐美が
「北条軍は命拾いしましたな」と笑って答えた。

「晴信が意図的に北条を助けたのであろう。良い。次は武田軍と一戦交える。」

こうして初の関東遠征は上野國にて越後軍が暴れまわり、北条軍を追い返していった。


同じころ相模の北条氏康は居城の小田原城にて此度の戦の様子を聞いていた。

「わが軍が不甲斐ないのか、越後軍がとんでもないのかわからんな」と苦虫をつぶしたようにつぶやき
「晴信殿には借りが出来てしまったな」と一人愚痴ていた。



景虎が春日山城へ着いてすぐに来客があった。

北信濃の領主、高梨政頼と村上義清である

北信濃の高梨氏は越後と隣接している関係もあり、昔から長尾家と親交があり、高梨政頼とは親戚関係であった。

その高梨はつい先日まで村上と敵対していたのだが、此度の武田の侵攻により、そんなことも言っていられなくなり、そろって景虎へ救援要請に来ていたのだ。

この来訪により、景虎は信濃からの救援要請に応じ、武田と交戦を決意し、関東の北条とも戦うようになり、各所で激戦が繰り広げられていくのである。
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