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関東平定
北条の意地
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武田軍との間で一時的とはいえ休戦状態になったので、謙信は早速関東方面に打って出た。
まずはじめに各諸将へ配下の武将を送っていたのだ。
箕輪城の長野業正の元には村上義晴
唐沢山城の佐野昌綱の元には斎藤朝信
宇都宮城の宇都宮広嗣の元には本庄実乃
忍城の成田長泰の元には北条高広
岩付城の太田資正の元には柿崎景家
結城城の結城晴朝の元には直江景綱
小田城の小田氏治の元には宇佐美定満
また太田原城の大田原資清や太田城の佐竹義昭、久留里城の里見義尭などにも使者を送っていた。
それぞれの目的は一緒で、北条に対抗する新しい方策を納得させるためであった。
そもそも
『関東のことは関東で解決するべき』というのが謙信が至った結論である。
遠く越後から遠征して、一時的に北条方を抑えられても、帰ったら結局は元のようになる。
最終的に力のある北条に各個撃破されるだけである。
まして越後が各諸将を飲み込んでいくようになれば、北条から上杉家に変わっただけで状況が変わるわけではない。
このままでは北条か上杉どちらかに飲み込まれてしまうのが各諸将の現状ではないか?
ということを理解してもらった上で、各諸将がひとつとなって新たな第3の勢力を作るべし
と考えたのだ。
旗頭となるのが謙信が正統な古河公方として擁立した足利藤氏である。
上杉憲政および近衛前久も古河城に入りこの体制を後押しした。
まず箕輪城の長野業正がこれを快諾。むしろ越後軍に編入される方を望んでいたという話しもあり、関東への入り口を確保することが出来た。
また越後を含む各諸将との繋ぎのために、応対した村上義晴のための居館を用意してもらった。
これで兵站の確保も容易になり、迅速な対応も出来るようになった。
この様子をみていた忍城の成田、岩付城の太田は順番に了承していった。
忍城の成田が恭順してきた時、謙信は「よく素直に恭順したものだ」と苦笑いを浮かべてはいたが…
しかし唐沢山城の佐野、結城城の結城はこれを拒絶、戦の準備を始めた。
最終的に上杉方に取り込まれるのを嫌ったのだ。
他の諸将は静観を決め込んだが、佐野、結城との戦によって勢力図が大きく変わることは容易に想像できた。
謙信は早速、唐沢山城の佐野、結城城の結城にたいしてどうするか軍議を開いた。
「此度の先陣は関東勢である我らにお任せ願いたい」
長野業正が開口一番発言すると
「これから北条に攻め入るのに後方に反抗勢力があるのでは戦になり申さん。一思いに壊滅するべし」
と太田資正も好戦的であった。
それに対して越後軍の軍師である宇佐美定満は
「唐沢山城は難落不落の名城、果たしてここを無理に攻め落とすのが良いものかどうか試案のしどころですぞ」
「万が一北条が加担してくればこちらが挟撃をされかねません。」
と慎重に事を進める必要があると説いていた。
それぞれの意見が出たところで斎藤が聞いてきた。
「御屋形様いかがされますか?」
「長野殿、太田殿がいわれるようにそのままにはしておけぬが…今少し、北条の出方を伺ってみようと思っておる。少し今回の件は難しいことになるやもしれぬ。」
そう告げると戦準備をしたまま待機となった。
その頃、信玄は真田幸隆と上杉の動きについて話をしていた。
「早速関東に入りましたな。」
「あれだけ手を焼いた長野が無条件で恭順したみたいではないか」
上野国に侵攻していた武田からしたら、まんまと上杉に取られたような感覚になっていた。
「上杉の今後によってはやりようがあるので、長野のことはしばらく様子を見ても良いかと」
「むう。それよりも例の方は順調か?」
「なかなか今の状況では話しが進みませう。」
「なのでここは…」
武田は武田なりに今後の方針を練っていた。
同じ頃北条では面々が集まり、どう対処するか評定していた
「佐野、結城からは何か連絡はあったか?」
「今のところは何も、ただ単独で上杉勢に当たることはないかと…」
「結城が上杉と交戦するとなると、小田は上杉につくやもしれません。」
結城と小田は互いに争っていたので、敵の敵は味方となりかねない。
「そうなる前にまずは小田を叩いては?」
「国境を接している武蔵国の兵力は動かせませんぞ」
「本国で対応していただきたいですな」
綱成は武蔵で防衛網を指揮しなくてはならないので、今回の出陣は反対のようだった。
「里見と佐竹に対しても警戒しなくてはいけませんので、大きな兵力は動かせないかと…」
「武田に援軍を求めてはいかがか?」
「今武田は上杉と休戦をしておる上杉を攻めることはないかと…」
家臣たちが様々な意見を話し合っている所、氏康は別のことを考えていた。
今後のことを踏まえた上で、現状はジリ貧状態である。
今回の上杉の外交手腕には目を見張るものがあった。
関東に実力で攻め入っていれば、反対勢力も出てくるが、旗頭を立てて傀儡として裏で操る寸法となると表立って対抗出来ない。
また家臣団を各大名に送り込んで、取り次ぎとしているが、将来的に婚姻政策も考えておろう。
このままでは各大名は上杉の勢力下になるのは目に見えている。
また味方と思っていた武田が三国同盟を抜けるのは時間の問題となった。
遠交近攻も考えたが、一向宗や最上、蘆名も上杉の脅威となり得ない。
まさに四面楚歌状態である。
(何か大きな手を打たねば…)
(越相同盟…)
現状、考えられる最善の方策はこれしかない…関東勢がまとまるのにはまだ時間がかかると見て、ここで上杉、武田と二面作戦を取れるほど、余裕はない。
武田にこれ以上勢力を伸ばされるのは上杉以上に脅威となりかねない。
目先の敵は武田とした方が将来の布石となる。
ただし、圧倒的に状況が悪い現状で越相同盟を結ぶのは、得策でない。
何か有利になる条件はないか?
「殿、いかがいたします?」
家臣団の意見が出揃ったあたりで、幻庵が聞いてきた。
「このまま黙ってみてはおけぬ。が、戦力を分けるのも愚策。武蔵の地で上杉と決戦とする。綱成、お主の力を見せてやれ。各々出陣じゃ」
「おー」
と北条は氏康自ら出陣となり、抑えての兵のみ残し、総力戦を選んだのだが、最近の氏康の決断にしては思い切った作戦のため、家臣団も「これはただ事でない」と、いつにも増して、ピリついた雰囲気となっていた。
その頃上杉方にも
「北条出陣。その数2万8千」
と物見の報告が届いていた。
「氏康自ら?場所は武蔵だと?」
(綱成の騎馬隊を使うか。他には…氏邦や幻庵も出てくるか。らしくないが…なんらかの意図があるようだな)
「では我らも出陣としよう。唐沢山城の抑えは長野殿にお任せしたい。我ら上杉方と太田殿にお付き合いいただけるか?」
「かしこまりました。」
「この戦で北条と決着をつける。いざ出陣。」
上杉軍は太田資正率いる7,000の軍勢合わせて2万2,000を引き連れ、北条軍の待つ戦場に向かっていった。
「見えました。北条軍です。」
目視が出来る距離まで近づいた時、謙信も
(さすが氏康。見事な統制が取れておる。やはり、一筋縄ではいかぬか。)
と激戦を覚悟した。
北条軍が選んだ戦場は広大な平地で、右半分は沼地となっており、左翼のみ騎馬隊が生きる戦場となっており、奇襲や戦略が活かせない、兵力の差が生きる戦場となっていた。
「殿。北条軍らしい手堅い戰場を選んできましたな。」
宇佐美や重鎮たちは、これまで幾度も北条軍と相対しており、こういった力比べのような戦場では、坂東武者が活きることを熟知していた。
「中央は力押し、左翼は綱成の騎馬部隊、右翼は守勢で脇を固める。役割がはっきりしている。戦場となりましたな。」
そこで太田資正が声をあげた。
「此度の先陣は当方にお任せ願いたい。積年の恨みをここで晴らさせてもらう。」
と正面、第一陣に太田軍が陣取った。
「右翼は宇佐美殿、直江殿に、左翼は斉藤殿、本庄殿に任せる。」
「柿崎隊、北条隊、村上隊は遊軍として待機。」
「此度の戦は氏康自身が出てきておる。遮二無二攻めてくること心得よ。また右翼は何か奇策もあるやもしれぬので、努努、油断なきように。」
「全軍整い次第、突撃する、描かれ。」
しばらく床几にて絵図を見ていた謙信が小姓を呼び
「甘粕殿にはここにて待機と伝えるように。」
とある一点を指して言った。
そうして上杉軍は各自迅速に陣替えをおこなっていった。
その頃北条軍でも上杉軍の陣立を観察していた。
「我が隊の正面は太田軍が構えておりますな。」
北条の若手筆頭ともいうべき氏邦が意見を述べた。
「そのようだな。早々に蹴散らして参れ。」
「幻庵、例のものは大丈夫か。」
「は、風魔より首尾は上々と聞いております。」
「よし、謙信め、まんまと出てきたこと後悔させてやるわ。」
謙信に思惑があろうと、こちら主導の戦場で負けるわけにはいかん。と北条軍も士気が高く、今までの鬱憤を晴らすべく、息巻いていた。
双方、陣立も整い、戦機も熟したとしてそれぞれの先陣が声をあげた。
「頃合いや良し。正面の小倅を飛ばし、氏康の本陣に飛び込むぞ。掛かれ。」
と陣太鼓の合図と共に太田軍は飛び出していった。
同じ頃、北条氏邦も
「今日こそ太田軍を完膚なきまで叩くぞ。皆のもの。突撃。」
両軍、矢の雨を物ともせず、様子見なしのガチンコでぶつかっていった。激しい衝撃音と共に先頭の兵たちは吹っ飛びながら押せ押せと進んでいく。
突撃していく氏邦を確認すると
「我が隊も出るぞ。騎馬隊は待機。先ずは歩兵ども、力を見せい。突撃じゃ。」
と綱成の軍が進んで行った。
綱成の正面は斎藤、本庄軍である。
「来たか。先ずは受け流す。流動の陣にて構えよ。」
こちらは力任せに当たることなく、後の先を取る戦術を取っていった。
上杉軍、左翼の宇佐美隊は沼地のため、無理に突撃することなく、遠距離戦をしながら、足場を固め、盾に身を潜め、少しづつ前進していっていた。
北条軍、幻庵も同じく、確実に進む戦略のため、こちらも足場を固めつつ、一歩づつ前進している。
しばらくすると正面の太田軍がジリジリ下がりだした。
太田軍も士気が高く、踏ん張ってはいたが、いかんせん数の差は埋め難く、少しづつだか、押され始めた。
それを見ていた二陣の新発田隊は軍を進め
「太田殿、いったん下がられよ。ここは我らが抑える。その間に体制を整えられよ。」
として、入れ替えを行ったが、この間に押し込まれ、押し込んだ北条軍は歴戦の将、清水、梶原が脇を固め、更に押し込もうと厚みを増してきた。
本陣で次々と伝わる伝令からの戦況を聞きながら、謙信は沈黙を続けていた。
一方、押している北条軍ではあるが、氏康は落ち着いてはなかった。
(上杉軍らしくない…)
上杉軍が活きるのは攻の戦いで、得意の車懸かりの陣を始め、神速の攻めが特徴であり、このように守の戦を得意としていなかった。
現に主力の柿崎、北条、村上は動いていない。
(何か狙っておるのか?)
ただこういった開けた戦場では力押しが有効であり、奇策は用いづらい。
力押しでくるなら、初めから車懸かりで攻めてくるべきであった。
すでに陣立が立っており、戦場が分かれていることから、大きな手は打てなくなっているはずであった。
現状、北条軍が正面を厚くし、押し込んでいる。
下手をすればこのまま押し切って戦が終わることだってあるのだ。
ただ、相手が軍神と言われる謙信なだけに油断はならなかった。
「遠山殿と氏政にはこちらで待機を」
「上手く勝ち込めれば、追撃にて、戦果を大きくするためであり、万が一何かあった場合は、殿軍として体を張ってもらう。宜しいか?」
と言ってから「本陣を押し出す。このまま上杉を押し込むぞ。」
と本陣を前方へ動かしていった。
この戦は負けられない。と固い決意で来ている氏康の気迫が伝わっていた。
それを見た両翼も合わせて
「本陣が動いたぞ。我らも行くぞ。騎馬隊、側面から突撃せい。」
と綱成自身、騎馬隊を率いて駆け出していった。
また幻庵も
「本陣がうごいたか。少し速いようだが、我らも動くぞ。あれを用意せい。」
そう言ってここまで秘策としていたものの準備に入っていった。
「正面の敵軍が動きます。」
宇佐美は戦況を見ながら正面の敵に注意すると左右に分かれていった中から、激しい爆発音と共に衝撃を感じていた。
(石火矢か)
「北条め。とんでもないものを持ってきていたわい。一旦引け。連射は出来ぬ。ひとまず射程外まで引くのじゃ。」
石火矢は元々攻城兵器であるため、対人戦では大した殺傷能力はない。
まともに当たればひとたまりもないが、連射が効かず、装填時間もかかるため、こういった戦場では役に立たないが、こちらの戦場は沼地で距離を詰めることが出来ないため、避けつけないことには成功している。
また右翼は戦況に大きく響くことはないため、上杉軍も無理に攻略することはなかった。
こうして右翼は北条の思い通り膠着した状態となったのだ。
反対に左翼は今まさに綱成の騎馬隊が左翼側面に突撃を敢行しようとしていたところであった。
そこに現れたのは謙信より別働隊として動いていた甘粕隊である。
数は少ないものの馬防柵を用意して、斉藤隊の側面を守っていたのだ。
「初めから来るのが分かっておれば対処のしようはあるわ。皆のもの、綱成を追い返せ。」
こうして左翼も膠着するかのように思えたが、意外な部隊が姿を現した。
上杉軍の猛将、柿崎、北条、村上隊が左翼正面の敵に車懸かりの陣でぶつかって行ったのだ。
それまで戦っていた斉藤隊は側面を固めて騎馬隊を防ぎ、主攻となった三軍が正面の敵を蹴散らし、中央の氏康本陣の側面へと突撃して行った。
謙信は自身の本陣を囮とし、左翼から氏康率いる中央の軍に側面攻撃を仕掛けて行ったのである。
数で押していく北条軍に対し、側面攻撃で氏康を狙う上杉軍。我慢比べの様子となっていった。
「氏康め。やりおる。」
通常は側面攻撃が成った瞬間浮き足立つものであるが、今日の北条軍は高い士気を持っており、側面から攻撃をされつつも、まだ持ち堪えていたのだ。
しかし、この戦はあっさりと終了してしまう。
持ち堪えていた北条軍が一斉に軍を引いたのだ。
上杉軍は石火矢のこともあったので、追撃することなく、北条が引いていくのを確認したのちに、戦場を後にしたのだ。
結果だけを見れば上杉軍の勝ちのようだが、北条の粘り強さを見せつけられたような、勝った手応えのない戦であった。
「結局何だったのだ?」
「何か別の思惑があったのか?」
などさまざまな意見が出ていたのだが、謙信は
「氏康の武士の意地を見せたかったのだろう。」
とこうなることを予感していたような態度であった。
その後に北条から使いのものがやってくるのである。
まずはじめに各諸将へ配下の武将を送っていたのだ。
箕輪城の長野業正の元には村上義晴
唐沢山城の佐野昌綱の元には斎藤朝信
宇都宮城の宇都宮広嗣の元には本庄実乃
忍城の成田長泰の元には北条高広
岩付城の太田資正の元には柿崎景家
結城城の結城晴朝の元には直江景綱
小田城の小田氏治の元には宇佐美定満
また太田原城の大田原資清や太田城の佐竹義昭、久留里城の里見義尭などにも使者を送っていた。
それぞれの目的は一緒で、北条に対抗する新しい方策を納得させるためであった。
そもそも
『関東のことは関東で解決するべき』というのが謙信が至った結論である。
遠く越後から遠征して、一時的に北条方を抑えられても、帰ったら結局は元のようになる。
最終的に力のある北条に各個撃破されるだけである。
まして越後が各諸将を飲み込んでいくようになれば、北条から上杉家に変わっただけで状況が変わるわけではない。
このままでは北条か上杉どちらかに飲み込まれてしまうのが各諸将の現状ではないか?
ということを理解してもらった上で、各諸将がひとつとなって新たな第3の勢力を作るべし
と考えたのだ。
旗頭となるのが謙信が正統な古河公方として擁立した足利藤氏である。
上杉憲政および近衛前久も古河城に入りこの体制を後押しした。
まず箕輪城の長野業正がこれを快諾。むしろ越後軍に編入される方を望んでいたという話しもあり、関東への入り口を確保することが出来た。
また越後を含む各諸将との繋ぎのために、応対した村上義晴のための居館を用意してもらった。
これで兵站の確保も容易になり、迅速な対応も出来るようになった。
この様子をみていた忍城の成田、岩付城の太田は順番に了承していった。
忍城の成田が恭順してきた時、謙信は「よく素直に恭順したものだ」と苦笑いを浮かべてはいたが…
しかし唐沢山城の佐野、結城城の結城はこれを拒絶、戦の準備を始めた。
最終的に上杉方に取り込まれるのを嫌ったのだ。
他の諸将は静観を決め込んだが、佐野、結城との戦によって勢力図が大きく変わることは容易に想像できた。
謙信は早速、唐沢山城の佐野、結城城の結城にたいしてどうするか軍議を開いた。
「此度の先陣は関東勢である我らにお任せ願いたい」
長野業正が開口一番発言すると
「これから北条に攻め入るのに後方に反抗勢力があるのでは戦になり申さん。一思いに壊滅するべし」
と太田資正も好戦的であった。
それに対して越後軍の軍師である宇佐美定満は
「唐沢山城は難落不落の名城、果たしてここを無理に攻め落とすのが良いものかどうか試案のしどころですぞ」
「万が一北条が加担してくればこちらが挟撃をされかねません。」
と慎重に事を進める必要があると説いていた。
それぞれの意見が出たところで斎藤が聞いてきた。
「御屋形様いかがされますか?」
「長野殿、太田殿がいわれるようにそのままにはしておけぬが…今少し、北条の出方を伺ってみようと思っておる。少し今回の件は難しいことになるやもしれぬ。」
そう告げると戦準備をしたまま待機となった。
その頃、信玄は真田幸隆と上杉の動きについて話をしていた。
「早速関東に入りましたな。」
「あれだけ手を焼いた長野が無条件で恭順したみたいではないか」
上野国に侵攻していた武田からしたら、まんまと上杉に取られたような感覚になっていた。
「上杉の今後によってはやりようがあるので、長野のことはしばらく様子を見ても良いかと」
「むう。それよりも例の方は順調か?」
「なかなか今の状況では話しが進みませう。」
「なのでここは…」
武田は武田なりに今後の方針を練っていた。
同じ頃北条では面々が集まり、どう対処するか評定していた
「佐野、結城からは何か連絡はあったか?」
「今のところは何も、ただ単独で上杉勢に当たることはないかと…」
「結城が上杉と交戦するとなると、小田は上杉につくやもしれません。」
結城と小田は互いに争っていたので、敵の敵は味方となりかねない。
「そうなる前にまずは小田を叩いては?」
「国境を接している武蔵国の兵力は動かせませんぞ」
「本国で対応していただきたいですな」
綱成は武蔵で防衛網を指揮しなくてはならないので、今回の出陣は反対のようだった。
「里見と佐竹に対しても警戒しなくてはいけませんので、大きな兵力は動かせないかと…」
「武田に援軍を求めてはいかがか?」
「今武田は上杉と休戦をしておる上杉を攻めることはないかと…」
家臣たちが様々な意見を話し合っている所、氏康は別のことを考えていた。
今後のことを踏まえた上で、現状はジリ貧状態である。
今回の上杉の外交手腕には目を見張るものがあった。
関東に実力で攻め入っていれば、反対勢力も出てくるが、旗頭を立てて傀儡として裏で操る寸法となると表立って対抗出来ない。
また家臣団を各大名に送り込んで、取り次ぎとしているが、将来的に婚姻政策も考えておろう。
このままでは各大名は上杉の勢力下になるのは目に見えている。
また味方と思っていた武田が三国同盟を抜けるのは時間の問題となった。
遠交近攻も考えたが、一向宗や最上、蘆名も上杉の脅威となり得ない。
まさに四面楚歌状態である。
(何か大きな手を打たねば…)
(越相同盟…)
現状、考えられる最善の方策はこれしかない…関東勢がまとまるのにはまだ時間がかかると見て、ここで上杉、武田と二面作戦を取れるほど、余裕はない。
武田にこれ以上勢力を伸ばされるのは上杉以上に脅威となりかねない。
目先の敵は武田とした方が将来の布石となる。
ただし、圧倒的に状況が悪い現状で越相同盟を結ぶのは、得策でない。
何か有利になる条件はないか?
「殿、いかがいたします?」
家臣団の意見が出揃ったあたりで、幻庵が聞いてきた。
「このまま黙ってみてはおけぬ。が、戦力を分けるのも愚策。武蔵の地で上杉と決戦とする。綱成、お主の力を見せてやれ。各々出陣じゃ」
「おー」
と北条は氏康自ら出陣となり、抑えての兵のみ残し、総力戦を選んだのだが、最近の氏康の決断にしては思い切った作戦のため、家臣団も「これはただ事でない」と、いつにも増して、ピリついた雰囲気となっていた。
その頃上杉方にも
「北条出陣。その数2万8千」
と物見の報告が届いていた。
「氏康自ら?場所は武蔵だと?」
(綱成の騎馬隊を使うか。他には…氏邦や幻庵も出てくるか。らしくないが…なんらかの意図があるようだな)
「では我らも出陣としよう。唐沢山城の抑えは長野殿にお任せしたい。我ら上杉方と太田殿にお付き合いいただけるか?」
「かしこまりました。」
「この戦で北条と決着をつける。いざ出陣。」
上杉軍は太田資正率いる7,000の軍勢合わせて2万2,000を引き連れ、北条軍の待つ戦場に向かっていった。
「見えました。北条軍です。」
目視が出来る距離まで近づいた時、謙信も
(さすが氏康。見事な統制が取れておる。やはり、一筋縄ではいかぬか。)
と激戦を覚悟した。
北条軍が選んだ戦場は広大な平地で、右半分は沼地となっており、左翼のみ騎馬隊が生きる戦場となっており、奇襲や戦略が活かせない、兵力の差が生きる戦場となっていた。
「殿。北条軍らしい手堅い戰場を選んできましたな。」
宇佐美や重鎮たちは、これまで幾度も北条軍と相対しており、こういった力比べのような戦場では、坂東武者が活きることを熟知していた。
「中央は力押し、左翼は綱成の騎馬部隊、右翼は守勢で脇を固める。役割がはっきりしている。戦場となりましたな。」
そこで太田資正が声をあげた。
「此度の先陣は当方にお任せ願いたい。積年の恨みをここで晴らさせてもらう。」
と正面、第一陣に太田軍が陣取った。
「右翼は宇佐美殿、直江殿に、左翼は斉藤殿、本庄殿に任せる。」
「柿崎隊、北条隊、村上隊は遊軍として待機。」
「此度の戦は氏康自身が出てきておる。遮二無二攻めてくること心得よ。また右翼は何か奇策もあるやもしれぬので、努努、油断なきように。」
「全軍整い次第、突撃する、描かれ。」
しばらく床几にて絵図を見ていた謙信が小姓を呼び
「甘粕殿にはここにて待機と伝えるように。」
とある一点を指して言った。
そうして上杉軍は各自迅速に陣替えをおこなっていった。
その頃北条軍でも上杉軍の陣立を観察していた。
「我が隊の正面は太田軍が構えておりますな。」
北条の若手筆頭ともいうべき氏邦が意見を述べた。
「そのようだな。早々に蹴散らして参れ。」
「幻庵、例のものは大丈夫か。」
「は、風魔より首尾は上々と聞いております。」
「よし、謙信め、まんまと出てきたこと後悔させてやるわ。」
謙信に思惑があろうと、こちら主導の戦場で負けるわけにはいかん。と北条軍も士気が高く、今までの鬱憤を晴らすべく、息巻いていた。
双方、陣立も整い、戦機も熟したとしてそれぞれの先陣が声をあげた。
「頃合いや良し。正面の小倅を飛ばし、氏康の本陣に飛び込むぞ。掛かれ。」
と陣太鼓の合図と共に太田軍は飛び出していった。
同じ頃、北条氏邦も
「今日こそ太田軍を完膚なきまで叩くぞ。皆のもの。突撃。」
両軍、矢の雨を物ともせず、様子見なしのガチンコでぶつかっていった。激しい衝撃音と共に先頭の兵たちは吹っ飛びながら押せ押せと進んでいく。
突撃していく氏邦を確認すると
「我が隊も出るぞ。騎馬隊は待機。先ずは歩兵ども、力を見せい。突撃じゃ。」
と綱成の軍が進んで行った。
綱成の正面は斎藤、本庄軍である。
「来たか。先ずは受け流す。流動の陣にて構えよ。」
こちらは力任せに当たることなく、後の先を取る戦術を取っていった。
上杉軍、左翼の宇佐美隊は沼地のため、無理に突撃することなく、遠距離戦をしながら、足場を固め、盾に身を潜め、少しづつ前進していっていた。
北条軍、幻庵も同じく、確実に進む戦略のため、こちらも足場を固めつつ、一歩づつ前進している。
しばらくすると正面の太田軍がジリジリ下がりだした。
太田軍も士気が高く、踏ん張ってはいたが、いかんせん数の差は埋め難く、少しづつだか、押され始めた。
それを見ていた二陣の新発田隊は軍を進め
「太田殿、いったん下がられよ。ここは我らが抑える。その間に体制を整えられよ。」
として、入れ替えを行ったが、この間に押し込まれ、押し込んだ北条軍は歴戦の将、清水、梶原が脇を固め、更に押し込もうと厚みを増してきた。
本陣で次々と伝わる伝令からの戦況を聞きながら、謙信は沈黙を続けていた。
一方、押している北条軍ではあるが、氏康は落ち着いてはなかった。
(上杉軍らしくない…)
上杉軍が活きるのは攻の戦いで、得意の車懸かりの陣を始め、神速の攻めが特徴であり、このように守の戦を得意としていなかった。
現に主力の柿崎、北条、村上は動いていない。
(何か狙っておるのか?)
ただこういった開けた戦場では力押しが有効であり、奇策は用いづらい。
力押しでくるなら、初めから車懸かりで攻めてくるべきであった。
すでに陣立が立っており、戦場が分かれていることから、大きな手は打てなくなっているはずであった。
現状、北条軍が正面を厚くし、押し込んでいる。
下手をすればこのまま押し切って戦が終わることだってあるのだ。
ただ、相手が軍神と言われる謙信なだけに油断はならなかった。
「遠山殿と氏政にはこちらで待機を」
「上手く勝ち込めれば、追撃にて、戦果を大きくするためであり、万が一何かあった場合は、殿軍として体を張ってもらう。宜しいか?」
と言ってから「本陣を押し出す。このまま上杉を押し込むぞ。」
と本陣を前方へ動かしていった。
この戦は負けられない。と固い決意で来ている氏康の気迫が伝わっていた。
それを見た両翼も合わせて
「本陣が動いたぞ。我らも行くぞ。騎馬隊、側面から突撃せい。」
と綱成自身、騎馬隊を率いて駆け出していった。
また幻庵も
「本陣がうごいたか。少し速いようだが、我らも動くぞ。あれを用意せい。」
そう言ってここまで秘策としていたものの準備に入っていった。
「正面の敵軍が動きます。」
宇佐美は戦況を見ながら正面の敵に注意すると左右に分かれていった中から、激しい爆発音と共に衝撃を感じていた。
(石火矢か)
「北条め。とんでもないものを持ってきていたわい。一旦引け。連射は出来ぬ。ひとまず射程外まで引くのじゃ。」
石火矢は元々攻城兵器であるため、対人戦では大した殺傷能力はない。
まともに当たればひとたまりもないが、連射が効かず、装填時間もかかるため、こういった戦場では役に立たないが、こちらの戦場は沼地で距離を詰めることが出来ないため、避けつけないことには成功している。
また右翼は戦況に大きく響くことはないため、上杉軍も無理に攻略することはなかった。
こうして右翼は北条の思い通り膠着した状態となったのだ。
反対に左翼は今まさに綱成の騎馬隊が左翼側面に突撃を敢行しようとしていたところであった。
そこに現れたのは謙信より別働隊として動いていた甘粕隊である。
数は少ないものの馬防柵を用意して、斉藤隊の側面を守っていたのだ。
「初めから来るのが分かっておれば対処のしようはあるわ。皆のもの、綱成を追い返せ。」
こうして左翼も膠着するかのように思えたが、意外な部隊が姿を現した。
上杉軍の猛将、柿崎、北条、村上隊が左翼正面の敵に車懸かりの陣でぶつかって行ったのだ。
それまで戦っていた斉藤隊は側面を固めて騎馬隊を防ぎ、主攻となった三軍が正面の敵を蹴散らし、中央の氏康本陣の側面へと突撃して行った。
謙信は自身の本陣を囮とし、左翼から氏康率いる中央の軍に側面攻撃を仕掛けて行ったのである。
数で押していく北条軍に対し、側面攻撃で氏康を狙う上杉軍。我慢比べの様子となっていった。
「氏康め。やりおる。」
通常は側面攻撃が成った瞬間浮き足立つものであるが、今日の北条軍は高い士気を持っており、側面から攻撃をされつつも、まだ持ち堪えていたのだ。
しかし、この戦はあっさりと終了してしまう。
持ち堪えていた北条軍が一斉に軍を引いたのだ。
上杉軍は石火矢のこともあったので、追撃することなく、北条が引いていくのを確認したのちに、戦場を後にしたのだ。
結果だけを見れば上杉軍の勝ちのようだが、北条の粘り強さを見せつけられたような、勝った手応えのない戦であった。
「結局何だったのだ?」
「何か別の思惑があったのか?」
などさまざまな意見が出ていたのだが、謙信は
「氏康の武士の意地を見せたかったのだろう。」
とこうなることを予感していたような態度であった。
その後に北条から使いのものがやってくるのである。
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