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第七章 新たな犠牲者

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「男性、ですか」

 私は、繰り返した。ええ、と侯爵が頷かれる。

「そしてその男は、バール男爵とシモーヌ夫人殺害の犯人でもある、と我々はにらんでいます」
「しかし、アンバーと彼らに、何の接点があるというのです?」

 ドニ殿下が、眉をひそめられる。

「彼女が殺されたのは、単なる痴情のもつれかもしれないではありませんか」
「はい。確かにアンバーには、交際している男性がいたようですな」

 侯爵は、あっさりと仰った。

「恐らく真犯人はその男で、アンバーは彼に協力しており、口封じで殺された、というのが我々の見解です」

 アルベール様は、最初からそうにらまれていたな、と私は思い出した。モンタギュー侯爵は、さらに続けられた。

「他の侍女たちに話を聞いたところ、アンバーは時折夜に抜け出しては、男性物の香水の匂いをさせて帰って来たとか。さらに、他の侍女が自分の恋人について語った際に、アンバーはこう言ったことがあるそうです。私の彼は、比べものにならないくらい立派な方なのよ、と……」
「大げさに言ったのでは? 女性は自分の恋人について、とかく見栄を張りがちですからねえ」

 ドニ殿下が、苦笑される。

「そのアンバーという娘は、信用できない言動をする、とモニク嬢も仰っていたではありませんか。それに、そんな娘と付き合うような男性が、大した人物とも思えませんが。同じような類の男ではないのですか?」
「そんな風に仰らなくても」

 私は、少しむっとした。確かに嫌な面もあったけれど、幼い頃からずっと一緒だった娘だ。殺されたと聞いた今、必要以上に彼女を貶めて欲しくなかった。

「真面目な娘でしたがねえ」

 同じように思われたのか、お父様もおそるおそる口を挟まれる。

「まだ、信じられません……。私も、アンバーを信用していたのですよ。モニクがバール男爵に嫁ぐ際は、付いて行かせようとしていたくらいです」
「ええ? そうなのですか?」

 私は、思わず聞き返していた。忘れもしない、あの殺人のあった夜。私の悪口を言い立てる中で、アンバーはこう言っていたではないか。

 ――どうせもう、モニク様とはお別れだもの……。
 ――モニク様との付き合いはもう終わりなんだから……。

 あの時は、私が嫁いでサリアン邸を出るから、という意味だと思っていた。お父様のお言葉が本当なら、その解釈は間違っていたことになる。

「お父様、その話は、アンバー本人も承知していましたの? バール男爵家へ、共に行かせることです」
「ああ、そうだが? 喜んでお供します、と言っていた」

 お父様が、怪訝そうにされる。私は、モンタギュー侯爵の方を向き直った。

「モンタギュー様。実は婚約披露パーティーの夜、死体が発見される前、アンバーはこう申していたのです。『モニク様とはお別れ』『モニク様との付き合いはもう終わり』と。私の婚約者が殺されることを、知っていたとは思われませんか?」
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