桜咲く社で

鳳仙花。

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第一章

第二十四話 毒にも薬にも


 「いやー、ビビらせて悪かったな」
「い、いえ…」
圓月は呆気にとられる薫子に、ゲラゲラと笑いながら謝罪を入れた。
 あの後茜鶴覇の部屋で一旦集合した薫子達だったが、そこでは先程の緊張感が嘘のように消えていた。長方形のちゃぶ台に茜鶴覇と圓月、十六夜が着き、史と薫子は襖の近くで座布団の上に正座している。
「ひっさしぶりに史以外の人間が居るみてぇだったから、どんなもんかと思えば可愛い娘っ子じゃねぇの!」
湯呑を片手にニカニカ笑う圓月。なんというか、先程までの緊張ですり減らした気力を返してほしい気持ちになる。
「全く、お主はいつまでたっても変わらんヤツよのぉ」
「十六夜もずっとクソガキのままじゃねぇか」
「クソガキなどではない。愛らしい少年じゃ馬鹿者」
(クソガキだろう、団子至上主義者め)
薫子は心の中でひっそりと呟いたつもりだったが、顔に出ていたのか十六夜にキッと睨まれた。
 「ああそうだ。俺は圓月って言うんだ。まあ、見りゃ分かるが人間じゃねぇ。烏天狗ってあやかしだ」
「烏天狗…」
薫子が繰り返すと、十六夜が口を挟む。
「こやつが数日前に話していたあやかし共の長じゃよ」
「よろしくなぁ、薫子」
いつの間に知ったのか、薫子の名を呼んで笑う圓月に「どうも…」と返事をした。本当に、最初の緊張感と威圧感はどこへ行ったのだろうか。不思議でならない。
 会話がひと段落すると、茜鶴覇は湯呑を静かに置いた。
「圓月」
スッと表情を落ち着かせた男は、茜鶴覇と同じ様に湯呑を置く。
「わかってる、この前送ってきた文の話だろ」
どうやら四日前、茜鶴覇が飛ばした式神を見てここまで来たらしい。
「……西の奴らが騒いでるのは何となく聞いていたが、ありゃちっとばかしやべぇな」
「やはりか」
大体の返答が想像できていたのか、茜鶴覇は袖の中で腕を組んだまま呟いた。
「お前から式神が飛んでくる数日前、俺も西に居た連中から報告受けてたんだよ。その時はまだあやかし共がざわついてる事くらいしか報告が無かったから様子見で放っておいたんだが…。まさか、短期間でここまで酷くなるとは思わなかった」
「なるほど」
事態の経緯を軽く把握したところで、十六夜が問いかける。
「原因は何じゃ」
「……」
ジッと圓月は十六夜を見つめ返す。どこか言い辛そうな面持ちをしていたが、ゆっくりと口を開いた。
「原因は神殺しの実。その粉末の一部が大気に混じり、あやかし共はそれにてられたようだ」
それを聞いた瞬間、薫子と圓月以外から息を飲む音が聞こえた。
「なんじゃと!?」
机を手で叩きつけて立ち上がる十六夜。その勢いで机の上に置いてあった湯呑が揺れる。茜鶴覇も目を見開いていた。
(神殺しの実…?)
「それは一体…」
隣で座っていた史に訊ねようと視線を向けると、彼女も驚愕のあまり言葉を失っているようだった。
 一人不安そうな顔をしていたのか、圓月が薫子に話しかける。
「神殺しの実ってのはな、その名の通り全ての神にとって猛毒となる実なんだ。どんな無敵のカミサマだって関係ねぇ。……まあ、神の天敵ってところだ」
(猛毒……神にとっての、天敵)
圓月は眉間にシワを寄せた。
「神殺しの実は数千年に一度、世界中の邪気を吸い上げて現世のどこかで実る。それが神央国なのか、はたまた外の国なのかは。それは誰にもわからねぇ。ただ、前回実ったのは四千年前。ここ、神央国だ」
その瞬間、薫子は息を飲む。
(四千年前…)
桜の木を植えたのも四千年前だと聞いた。その頃の茜鶴覇は人間と寄り添っていた時代である。だがその辺りを境に、茜鶴覇は人との関わりを断った。もしかしたら四千年前に、神殺しの実の関係で何か大きな事件があったのかもしれない。
 (それにしても、その猛毒が何故あやかしに作用してるんだろうか)
薫子の頭にふと疑問が過る。
「…あやかしには、毒ではないのですか?」
そう問いかけると、茜鶴覇が答えた。
「神殺しの実は、我々神にとって猛毒だが、あやかし達にとっては強力な活力剤となる」
それに続けて座布団に座り直した十六夜が口を開く。
「どんな毒でも場合によっては薬になるものじゃよ」
目を伏せると、ぬるくなった湯呑を手にした。
「神殺しの実は、一時的にあやかしの妖力ようりょくを大幅に向上させる。今回粉末に中てられただけでこの騒ぎ。説明せずともどれ程厄介かは分かるじゃろう」
人が何人も襲われて居るほどの被害。もしこれが大気に薄めず、直接吸い込んだらどうなるのか。全く知識のない薫子にも容易に想像がついた。
(それはもう地獄絵図だ)
暴走したあやかしは理性を失い、ただの獣と化す。大勢の人間が食われるかもしれない。
「……今最も謎であり、早急に解明せねばならぬ事は唯一つ」
茜鶴覇は目を細めて口を開く。
「誰が実を粉末にし、ばら撒いているのか」
実という事は個体である。とすれば、それを意図して加工している者が必ずいるはずだ。
「何かしらの方法で実を見つけたとして、神が触れる事はまず不可能。それ以外の種族ってことになる。……まぁ、一番怪しいのは俺達あやかしだろうけどな」
圓月はそう言いながら渋い顔をする。確かに神が実を加工することはほぼ不可能。そうなると必然的に、良い作用が得られるあやかしが怪しまれる。
 「……茜鶴覇よ」
十六夜がぽつりと、そして今までで一番落ち付いた声音で呟く。
「避けられぬ戦が、迫っておるかもしれぬ」
彼の目は可愛らしい少年ではなく、土地神としての目をしていた。シンとする部屋には鹿威しの音が響き、薫子は冷や汗が頬を伝うのを感じる。
(戦…)
仮に敵が人外だったとしたら、それはもう人間同士の戦とはわけが違う。下手すれば現世全てを巻き込む争いになりかねない。
 重い空気に押しつぶされそうになりながら、薫子は膝の上でぎゅっと拳を握る。それを横目で見た史は、小さく深呼吸すると茜鶴覇たちへ声を掛けた。
「皆様、日も落ちました。そろそろ夕食に致しませぬか。腹が減っては戦どころか頭すら働きませぬ。一度息を着きましょう」
その瞬間、重苦しかった空気が少しだけ軽くなる。十六夜も大きく息を吸って吐くと、「そうじゃな」と言って立ち上がった。圓月は羊羹か煎餅をくれと頼みながらグッと上に伸びる。あやかしは人間の食べ物を完全に食べないわけではないらしい。栄養は入らないと思うが、楽しむ分には食事をするようだ。
 「薫さん、夕食はもう支度を済ませてあるの。だから運ぶのを手伝ってくれないかしら」
「承知しました」
恐らく薫子達が街にいる間に終わらせておいてくれたのだろう。
(本当に今日は何から何まで申し訳ない)
薫子は史と共に座っていた座布団を端に寄せ、茜鶴覇達よりも先に部屋を退室した。

























    
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