《完結》逢いたかった

ぜらちん黒糖

文字の大きさ
3 / 9

③屋上の甘い罠

しおりを挟む
 経理課に配属された梅沢結菜の席は、小倉と真向かいの席だった。
 
 一応、業務内容は小倉が教えたが、結菜は思いの外、しっかりと仕事をやっていた。
 
 小倉も自分の仕事に集中していたが、時折、視線を感じることがあり、周りを見ると必ず結菜と視線が合ってしまう。
 
(う……やりにくい)
 
 それでもなんとか午前中の仕事を終え、すぐに小倉は席を立った。手には出勤途中で買ったコンビニのおにぎりとペットボトルのお茶が入っていた。
 
 すぐにエレベーターに乗り、屋上へ向かう。
 
 もう何人かの人がベンチに座ってお昼を食べていた。小倉も空いていたベンチに座り、袋から出しておにぎりを食べ始める。屋上から見える景色は、ビルだらけだった。
 
「こんなところで一人で食べてるんですかぁ?」
 
(え?)
 
 小倉が振り向くと結菜がバスケットを持って立っていた。結菜はすぐに小倉の隣に座り、ベンチにお弁当箱を並べた。
 
「どうぞ、一郎さん、食べてください」
 
 小倉は思わず声が詰まる。そばに結菜が立っていたのと、勝手にお弁当を並べ出したのと、そして、自分の下の名前を呼んだことに驚いた。
 
(い、今、彼女は俺の下の名前を呼んだ……)
 
 結菜はお弁当の蓋を開けて、構わず話しかける。
 
「どうぞ、サンドイッチです。一つずつラップでくるんであるので、そのままどうぞ召し上がってください」
 
「……あ、でも、俺、おにぎり持ってきたから」
 
「それは後で食べればいいんじゃないですかぁ? それとも私の作ったサンドイッチは食べられませんか?」
 
 そこまで言われると、さすがに断りづらい。小倉がひとつ手に取って口に入れた。
 
「あ、美味い」
 
「でしょう?」
 
 結菜もサンドイッチを食べ始める。そしていきなり予想外のことを口走る。
 
「いつですか?」
 
「え? 何が?」
 
 結菜は、頬を膨らませて小倉を睨んだ。
 
「いつ一郎さんのご両親に紹介してくれますか?」
 
「ゴホッ!」
 
 サンドイッチが喉に詰まる小倉。すぐに結菜が紙コップにお茶を入れて小倉に差し出した。
 
 お茶を飲み干すと、小倉は結菜にお礼を言う。
 
「あ、ありがとう」
 
「いいえ」
 
 結菜はにっこり笑って小倉の返事を待っていた。
 
「あのさ、君には悪いけど、俺、君とどうにかなるつもりはないんだけどな」
 
 優柔不断な小倉にしてははっきりと言った。
 
 もしかして結菜が泣き出すのではないかと思ったのだが、違った。結菜はゆっくりとポケットからスマホを取り出すと、画面を見せてこう言った。
 
「あの時の私たちの全てを、スマホで撮影してあるんですよ? 一郎さん」
 
 スマホから、動画と音声が流れてきた。
 
 真っ青になってスマホを見つめ、音声を聞いている。
 
 抱き合う二人の映像と、喘ぐ結菜の声、そして、途切れ途切れの息を吐く小倉の、声にならない声が、延々と流れていた。
 
(う、嘘だろ!)
 
 結菜が持つスマホを取り上げようと手を伸ばした瞬間、結菜が素早くスマホを引っ込めた。
 
「駄目です。これは私の宝物なんですから……」
 
 そして、結菜はスマホを操作すると違う画面を出し、小倉に見せた。スマホから、音声が流れてくる。
 
『ねぇ、一郎さん』
 
『なんだい、結菜ちゃん』
 
『私と結婚してくれる?』
 
『もちろん』
 
『ありがとう、愛してるわ、一郎さん』
 
 結菜の声は、甘ったるく、執着に満ちていた。
 
 小倉と結菜は、愛し合いながらそんな会話をしていた。窮地に立った小倉は、絶望しなければいけないのに、思い出して体を熱くしていた。
 
 ❖
 
 午後の仕事が始まり、小倉はもう、仕事どころではなかった。
 
(俺は、彼女と結婚しなければいけないのか?)
 
 無意識のうちに、目の前の席に座る結菜の顔を見ていた小倉に、隣の席の葉山満里奈が声をかけてきた。
 
「小倉さん」
 
「え? あ、なんですか? 葉山さん」
 
「何見とれてるのよ! 新人に手を出そうと思ってるの?」
 
 小さな声で話しかけてきた満里奈に言い訳をする小倉。
 
「そんなんじゃないよ。俺は指導係だから、気になって見ていただけだ」
 
「ふ~ん、ならいいけど」
 
 そんな二人がコソコソ話しているのを、結菜が下を向きながら、上目遣いで見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...