《完結》異常な女に好かれた男

ぜらちん黒糖

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⑨粉砕された証拠

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結菜はバッグから包丁ではなく、スマホを取り出すと、動画を再生して、テーブルに立てかけた。

結菜と西山の情事の動画だった。慌てた西山がそのスマホを奪い取ろうと手を伸ばしたが、両脇から動きを止められた。

(結菜が止めるならわかるけど、どうして葉山さんまで……)

何故か三人で見ることになり、西山にとっては地獄の羞恥プレイに他ならなかった。

結局最後まで見せられて、西山のメンタルが削られたその時、一瞬の隙をついて満里奈がテーブルの上のスマホを、いつの間にか手に持っていたフライパンで躊躇なく叩きつけた。

あっという間の出来事で、結菜も西山も何もできなかった。

満里奈はそのまま、画面にひびの入ったスマホを手に取ると、キッチンに向かい、鍋に水を入れて、その中に壊れた結菜のスマホを入れた。

呆気に取られて満里奈の背中を見つめていた結菜と西山に向かって、ゆっくりと満里奈が振り向いた。

その表情は先ほどの、西山を誘惑しようとした時の満里奈だった。

「梅沢さん、ごめんなさい。ゴキブリがいたような気がしたから、つい思いっきりフライパンで叩いちゃった」

西山は内心喜んでいた。証拠の動画が消えて、これで一つ心配事が減った、そう思って結菜の顔を見ると、結菜の表情が変わっていた。初めて見る結菜の怒りの表情だった。

結菜がゆっくりと立ち上がり、バッグを床に落とした。さすがに結菜も動揺しているのかと見てみると、結菜の右手には包丁が握られていた。

結菜の目が冷たい光を放っていた。西山も、さすがにこれはまずいと思って結菜を落ち着かせようと声をかける。

「梅沢さん、落ち着け、落ち着くんだ、ね?結菜ちゃん」

名前を呼んだ途端、結菜が西山を見た。

「ふん、西山幸彦か……。お前は黙ってろ!」

「……」その言葉に絶句する西山。

そしてなぜか怒りの矛先が西山に変わっていた。包丁をちらつかせて西山に文句を言い始める結菜。

「おい、西山!」

「……」年下の結菜に呼び捨てにされて少しだけムッとした西山は返事をしなかった。

結菜は包丁の切っ先を西山の鼻の先に構えた。

「ふざけた顔しやがって、結菜がお前のことを好きじゃなかったら、もうとっくにぶっ殺しているところだ」

そのセリフに何かを感じた満里奈が、声をかけた。

「あなた、誰なの?梅沢結菜さんじゃないわね?」

(え?)西山はゆっくりと満里奈に視線を合わせた。そして、結菜が静かに口を開いた。

「私は詩織、梅沢詩織だ」

その言葉を聞いた瞬間に満里奈が本性を表す。

満里奈の顔に締まりがなくなった。だらけたような、にやけた表情で笑みを浮かべて結菜を見つめていた。

詩織が口を開いた。

「私は結菜が作り出したもう一人の人格、詩織だ」  

西山は多重人格者の話は、テレビドラマや映画で観て知ってはいたが、現実にあるとは思っていなかった。

結菜を見て満里奈を見た西山は、きっと満里奈も多重人格者なのだろうと思った。

「葉山さん、君も多重人格者なのか?」

「私が?まさか、私は今が本当の自分よ。会社で働いている時の私は、ただ猫をかぶって生活をしていただけよ」

西山は泣きたくなってきた。せっかく二人の女にモテ始めたと思ったら二人とも精神異常者だった。

詩織が口を開く。
「おい、西山。お前は結菜のことをどう思っているんだ?」

「……タイプじゃない」思わず本音を言った瞬間、包丁の刃が西山の頬に当てられた。

「結菜を弄んだのか?」

「いや、弄ばれたのは……俺の方です」

「お前、さっき動画を見たよな?全部。お前も喘いでいたじゃないか」

「…それは、その、おそらくですけど、体だけが反応したのではないかと」

西山の言葉に切れた詩織の、包丁を持つ右手に力が入った瞬間……

大きな金属音がして、詩織が膝から崩れ落ち、床に倒れた。

後ろに、フライパンを持った満里奈が立っていた。






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