ナラズモノ

亜衣藍

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――――それしか、選択肢はなかった。

(ユウ……でも、いつか……必ず真っ新な状態にジュピタープロを変革するから、その時こそ、オレの所へ来てくれよ……)

 聖はそう思うと、切なく、また溜め息をついた。

 ユウは、先日路上でスカウトされ、聖の意に反して、七虹プロダクションという中堅の芸能事務所と、契約を結んでしまった。

 やはり、子供のころ見殺しにされかけた事を恨んでいるのか? 意気消沈する聖に向かい、ユウは天真爛漫に笑って答えた。

『男なら、自分の力でどこまでやれるか勝負したいじゃないか。最初からあなたに頼ったら、インチキになってしまうよ』

 そう言い切るユウに、聖は何も言い返せなかった。

 ただ、微笑んで、

『そうか――頑張るんだぞ』

 それしか言えなかった。

(お前が、もしも傷ついて飛べなくなった時に、安心して休める場所を作ってやるのが、せめてものオレの役目になるか――なぁ、ユウ? それくらいはいいよな? )

 この弱った心に、希望を与えてくれ。

 俯きながら、ギュッと手に力を込めてシーツを握っていると、スッと影が病室を訪れた。ここは(筋モノが次々と見舞いに来るので)個室だ。最初のうちは、看護師が果敢に立ち塞がり、見舞いの手続きを必ず通すようにしていたのだが、もう諦めらしい。

 まぁ、一般人が、そう何度も厳つい男を足止めするにも限界があるだろう。

 今度はどこの野郎が来やがったと顔を上げると、知らない男が立っていた。

 三つ揃いの、イタリア製のオーダースーツを身に纏い、髪もぴしりと決まっている。

 如何にも育ちのいいエリートであるかのように、物腰も柔らかく容姿も端麗だ。

「――あんたは? 」

「オレの名前は、綾瀬塔矢。警視庁捜査一課警視だった。先日まで、今回の騒動の責任者だったよ……一度くらい、ちゃんと君に挨拶がしたくてね。そして、お願いも」

 記者会見だ何だと、綾瀬は先日までメディアに出ずっぱりだった為に、顔が世間にすっかり知られていたが、病院で治療に専念していた聖はその事を知らない。

 それが面に出たのだろう、綾瀬はフッと笑った。

「ここの所、誰も彼も敵のような気がしていたから、君のようにオレの顔を見てもノーリアクションの人がいるとホッとするな」

「刑事がオレに、何の用だ? 」

「――――君に、改めてお願いがあってね」

「あぁ? 」

「半グレに集団暴行されたと、被害届を出してほしいんだ」

「……」

「君が女性だったら、集団での強姦罪で奴等を立件出来るが、生憎と君は男性だ。男性同士では強姦罪は成り立たない。君の場合、暴行罪の適用になる」

(※2017年に法改正され、強姦罪から強制性交等罪に名称が変わる。そして被害者はそれまで女性に限定されていたが、男性も被害者に改正された。強制性交等罪も強制わいせつ罪も非親告罪に改正され、刑事事件として取り扱うようになる。そして、強制性交等罪は原則執行猶予がつかなくなった。しかし2000年はまだまだ法改正の前で、男性には差別が付いて回った)

「君を暴行した四名は保護観察中だった。その状況での、今回の犯罪だ。オレの憶測だが、君が暴行罪を訴えたら――実際、君は死にかけたワケだし――彼らは児童自立支援施設か少年院送致になるだろう」

「死に掛けたんだから、意趣返しに奴等を訴えてやれってか? だがな――」

「いいや。これは、彼らを護るためだ」

「? 」

「このままでは、彼らは残らず青菱史郎に殺される」

「……」

「最初は、彼らの所持していた拳銃の出所が青菱だろうと追及して、何とか青菱を立件すべく四課と協力して追い込もうとしたが、彼らはすっかり怖気づいて口を割ろうとしない。だが、だからといって、本業の方々はそれで見逃してやろうとはならないだろう」

 それはそうだ。

 半グレは、本業を甘く見ている。

 放火され、家族が被害に遭い、次は確実に我が身だ。
 今になってその事に気づき、恐々としているのか。

「ふん……いい社会勉強になったようだな」

 冷たく笑うと、綾瀬は目を細めて呟いた。

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