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しおりを挟む七海の言葉に、奏は小さく首を振る。
「優しいですね、七海先輩……でも、僕は今、誰かに思いっきり殴ってもらいたいです。辛くて、悲しくて……もう、誰にも会いたくない気分です……僕なんか、消えてなくなってしまいたい」
それが無理なら、どこか、誰も自分を知らない場所へ行きたい。
奏は、半分以上本気で、アメリカへ渡ろうかと考えていた。
だがその事を伝えると、七海は悲し気な表情になって奏を見つめた。
「――――それじゃあ、オレは奏とはもう二度と会えなくなってしまうじゃないか。辛いのは分かるが、どうか……オレの為にも考え直してほしいと思うのはダメか? 」
「七海先輩――」
すると、それまで黙って見守っていた九条も口を開いた。
「そうだぞ、奏くん。A.K機関は君の身柄との交換条件に、七海がアジア支部へ就任する事で構わないと譲歩したんだ。君は、七海の配慮を無駄にする気なのかい? 」
その説得に、奏は真意を問うような眼差しを相手へ向ける。
「…………九条理事も、その方がいいと思うのですか? 」
「――ああ」
少し辛そうな表情を浮かべながら、九条は頷く。
「私は、これからはもう、七海のやりたいようにさせてやろうと思っている。彼の、悔いが残らないようにしてやりたい」
残り少ない命が燃え尽きるまで、可能な限り、思う通りにさせてやりたい。
せめてもの恋の形見に、九条も七海との間に子供は欲しかったが……それはもう言うまい。
消えた命は戻らないのだから。
九条は、七海を心底愛している。
今は、ただ、愛しい七海の願いを一つでも叶えてやるのが先決だ。
「今の私の願いは、七海が少しでも幸せになってくれる事だけだよ。七海は、君が可愛くて仕方がないんだ。君が幸せになるのが、七海にとっての幸福になる」
「幸せなんて……」
「アメリカに行っても、どっちにしろ幸せにはなれないと思うよ。君は日本で、新しい道を切り拓くべきだ。その方が、幸せを掴む近道だと思う」
「七海先輩は……いい人に巡り逢えて幸せでしたね」
奏はそう言うと、シーツで涙を拭った。
自分の為ではなく、愛する者の為に奔走する九条が眩しく見える。
九条は、七海の為に、奏にアメリカ行きを思い止まってほしいのだろう。
A.Kアジア支部は、東京に研究所を構えている。奏も日本に留まるなら、これまでの通りに頻繁に顔を合わせて付き合って行く事は可能だ。
残り、一年の命。
死神の訪れを待つカウントは、既に始まっている。
七海は最期の瞬間まで、愛しい者達に囲まれていたいのだろう。
彼が、自分に対して、親愛の情を寄せているのは重々感じている奏である。
ここでアメリカなどに行ったら、もう――――。
(誰にも会いたくない、なんて……そんな事を言っている場合じゃない……)
奏は、自分を抱き締めてくれている七海に、ギュッと抱き付いた。
「いつも、いつも……七海先輩にはお世話になりっぱなしですね。本当に辛いのは、先輩と九条理事の方なのに」
長年の想いの末、ようやく番になったというのに、一人残される運命が確定している九条も憐れだ。
そして、その一人残される番の為に、なんとか恋の形見を残そうと努力したというのに――――とうとうそれさえ叶わなかった七海が、哀れで仕方がない。
この、どうにもならない状況を、自分の力で変える事は出来ないだろうか?
(……そうだ、究極の手段になるけど……もしもそれが叶うなら……)
だが、果たして自分に可能だろうか?
確率は五分五分になるか。
いや、もっと低いだろう。
しかし、試す価値はある。もうそれしか方法はないのだから。
「七海先輩……九条理事……お二人に、相談があります」
涙を振り払い、奏はキリっと眼に力を入れる。
その決意を秘めた様子に、七海と九条は何事かと身構えた。
「どうした? アメリカ行きの考えを変えてはくれないのか……? 」
「ああ、いいえ。そうではなく」
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