彼が恋した華の名は：3

8 Eden

８ Eden

　その前で陣取っている佐々木は、綾瀬の調べ直した報告書へ目を通しながら、複雑な顔になる。

「この問題は、小耳に挟んだ事はありましたが――難しいですね、これは……」

「日本国という楽園Edenを維持する為に、枠に入らないイレギュラーはとことん排斥する傾向が、この国にはあるからなぁ」

　確かに難しい問題だと呟き、綾瀬は再び嘆息した。

　日本には、いわゆる無戸籍児が一万人は存在すると言われている。

　竹野京香フロランスが産み落としたジンは、母親が直後に死亡し後見人も代理人も不明だった為に、出生届が提出されなかった。

　この場合、遺棄児……つまり捨て子として戸籍法５７条が適用される。

“第五十七条 棄児を発見した者又は棄児発見の申告を受けた警察官は、二十四時間以内にその旨を市町村長に申し出なければならない。
前項の申出があったときは、市町村長は、氏名をつけ、本籍を定め、且つ、附属品、発見の場所、年月日時その他の状況並びに氏名、男女の別、出生の推定年月日及び本籍を調書に記載しなければならない。その調書は、これを届書とみなす“

　その結果、竹野京香フロランスの赤子、竹野仁ジンは一時期無戸籍・・・であったが、紆余曲折の末、保護した市町村長によって戸籍が作られた。

　その際、「子供の名前はジン」という、母親が生前に残した走り書きが残されていたので、適当に『仁』という漢字が充てられたようだ。

　しかし引き取り手が現われなかった為、ジンはその後養護施設へと預けられたわけだが……これは、極めて幸運な例だ。

　母親京香が正規の手続きを踏んで帰化していたおかげで、「日本人」の戸籍が比較的スムーズに取得出来たのだから。

　それに対し、こっちの方はあまり知られていない。

　それは無国籍児・・・・の存在だ。

　件の赤羽新は、この無国籍児に該当する。