未来史シリーズ-②花の様な彼女は花の中で花と共に。

江戸川ばた散歩

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13.レナ202号

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 ユエと呼ばれた中年女は、それまで扉のところに貼り付いて見ていたのだが、とうとうクーロン氏を押しのけるようにして話に加わってきた。
 きついパーマがかかった頭は、妙に固そうだ、と朱明は思う。昔からこういう女は居た。
 おそらくこの先一世紀経ってもいるのではないか、と彼は思う。

「合成花かい。ふうん。やっぱりね。よくできたもんだ。確かにすぐにはわからんね」
「だろう?」

 朱明は意地悪く笑ってみせる。

「難しい話じゃない。彼女はダールヨン氏の遺体を彼の遺言通りの場所に葬ることさえできたら、自分の知っているこの合成花に関するデータを全て提供する、と言ってるんだ」

 ふん、とユエは首を傾げる。

「悪い取引ではないはずだ」

 朱明は言った。

「彼女はそれ以外、何も要求しない。その後の保証も要求しない」
「だが所詮は機械だ。要求する権利などあると思うのか?」

 クーロン氏は反論する。言われるだろうな、と朱明が思っていた通りの反応だった。彼は近くの、肘の高さくらいのショウケースをぴん、と弾く。

「あのな? 実際にそんな権利があるかどうかなんて別にどうでもいいんだよ」

 ぴく、と相手の頬の肉が少しばかり動く。

「問題は、こちらはそういう彼女にひどく同情してるってことなんだよな」
「……だが一体、そもそもあんたは何なんだね?」

 ユエは訊ねる。と、それに呼応するかのように、中の者達が次々にそうだそうだ、と声を上げ始める。
 次々と放たれる罵声を聞きながら彼は、ちら、とサングラスの下で、シファの様子を伺った。
 指の中で、少し前から何かをこね回しているのが彼の目に映る。
 言っておいた通りだ。そして彼女はその指の中のものを、さりげなくガラスのショウケースの脇につける。そこはちょうど、親族達からは死角の場所にあった。

「ごちゃごちゃとうるせえな」

 よし、と様子をはからったところで朱明は言った。

「俺はこの街の市民だ。それとも何かそのスジの者とでも言えばいいのかな?」
「何」

 奥の一人が、動く気配があった。
 と、その時。
 ぴ、とショウウインドウにひびが入った―――
 と思うと、次の瞬間、それはきしむような、奇妙な音を立て、一気に砕けた。
 目の前のクーロン氏は、口を大きく開けたまま、動けないでいる。
 さすがに女は強かった。ユエはいち早く事態を把握すると、朱明にくってかかる。

「……あんた、今何を……」
「さあて? 何か俺がやったとでも?」

 彼はにやりと笑ってみせた。



 一方その頃、道路をはさんだ向こう側にある雑居ビルの、階段の踊り場にハルは居た。
 手には旧式かカメラ。レンズの部分が大きく、長い。
 踊り場についている窓を開けると、彼はそこから何かを確かめるように、カメラを構えた。
 そしてファインダーごしに、標的を定める。何しろ彼の目は、非常に正確なのだ。
 ―――ところで、外惑星では武器の携帯は、基本的に禁じられていない。火星もまた、ご多分にもれない。それがどれだけ地球に近い惑星であろうが、コロニーであろうが、地球でない限り、武器の携帯は認められている。
 無論彼等も家にはなにがしの武器を備えていた。それはこの世知辛い場所で生きていくためには当たり前のことだった。
 ただ、実際に武器というものは、大規模に使われることは少ない。自分の身などどうでもいいと思うようなテロリスト以外、ドームが壊れる程の破壊なと望んではいないのだ。
 まあテロリストがいない訳ではないが、その法律を制定する地球側にとっては、「所詮外宇宙」なのである。
 それはともかくとして、その幾つかある武器の中から、彼等はあるものを持ち出していた。
 単品では武器とはならない。もう一つ、材料が必要だった。彼等はそれをシファの手に持たせていた。
 ハルはレンズの具合を確かめるフリをする。
 のぞき込む、その視界に、シファがショウケースにパテを貼り付けるのが映る。
 彼はそれをじっと見つめ、ややまぶしそうに目を細める。
 そして、カメラの上につくつまみをひねる。見る者が見れば、そんなつまみは、カメラには無いはずである。
 調整終わり。彼は焦点を合わせる。

 シャッターを押す。
 光の線が飛ぶ。
 次の瞬間、ガラスにひびが入る。

 音がしたので、彼は車のエンジンをかけた。
 近くに待機して、引き上げの用意をしていた藍地は、彼らの「武器」の一つの話を聞いて、ため息をついた。
 ハンドルにややもたれかかる格好で、藍地は店の扉が開くのを確認していた。
 粉々に砕けたショウウインドウに、人々が次第に集まってくる。ちら、と雑居ビルの方に視線を飛ばすと、ハルの姿は既にそこにはなかった。じきやってくるだろう。藍地はオートロックを解除しておく。
 そして後ろの扉が開いて、バックミラーに友人の顔が映る。

「お帰りハル。上手くやったね」
「いつものこと。あれはあまり証拠が残らないから、俺は結構気に入ってる」
「……『レナ202号』だっけ?」

 そう、とハルはうなづいた。
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