未来史シリーズ-②花の様な彼女は花の中で花と共に。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
15 / 26

14.「それ以上は、計算しないこと」

しおりを挟む
 人肌くらいで暖めるとパテ状になる物質。商品名を「レナ202号」といい、宇宙での建設及び破壊作業の際によく使用されたものである。
 まあそれだけでは、まず危険ではない。危険になるのは、ある条件が揃った時である。
 人肌で柔らかくなったその「レナ202号」は、平らかな面にぴったりと貼り付く。この場合の広げ方は大して正確ではなくてもよい。正確でなくてはならないのは次からである。
 その貼り付けられた点から、ある決められた距離範囲に、ある強さの光を集中的にぶつけると、そこに反作用が生じる。パテと光の特定の距離内にある、ガラスのように壊れやすい物質は、その分子の手の部分が切れるのだ。
 効果はそれなりに知られてはいるが、普通の市民にとっては無用の長物である。武器にはならない。
 そこには大量の演算が必要となってくる。軍なり警察でそれを使用する場合には、それを即座に計算する装置の方が必要なのだが、それは単品で購入には、コスト高な装置なのである。爆薬や銃と違って、他に使い道が無いのだ。
 つまりは携帯するには、非常に不向きな武器なのだ。買うことも持つことも難しくはないが、使うだけのメリットが、そうそう無い。
 だがそれは持つ者によって、その価値が変わってくるものでもある。
 レプリカントの演算能力なら、その場に最も必要な光度を導きだすのは難しいことではない――― と藍地は思う。
 レプリカントなら。

「結構、良く使ってる?」
「割とね。ま、逆にばれたら俺がやばそうだけどさ。使う奴のいい加減さに対して、成功率が高すぎるーって」
「ハル……」

 バックミラーの中の友人は、いつものように穏やかな、それでいて何処か冷めた表情をしている。昔のように、必要以上に笑うようなことはない。

「心配しないでいいよ、藍地」
「心配は、していないよ。心配なんていうのは、すればした相手が何とかなるという時するもんだ。俺が思ったところで、お前もう、何もしないだろ?」
「藍地」

 鏡の中の友人は、やや困ったような表情をする。冗談、と藍地は背中を向けたまま、答える。

「そう言えばお前、奥さん、後で来るって言ったよな?」
「うん。向こうの家の引き払い関係を任せたから、少し時間がかかるって言っていた。こっちに家を買う関係とか、色々あるしね」
「それまでにはカタがつけばいいな」

 そうだね、と藍地はうなづいた。
 やがてガラス越しに、朱明とシファが大きな荷物を抱えて出てくるのが見えた。
 本当に上手くやったんだろうか、と藍地はやや不安に思うが、近づくにつれて、友人が仏頂面を作っているのが確認できた。

「おいハル、ちょっと詰めろ」

 ハルは扉から押し込まれる「荷物」にややぎょっとした顔になる。
 箱だった。ただ非常に大きい。パッケージ自体は花屋のそれだったが、重さはそこから予想して気軽に手を出すと、予想との落差に、腰がやられるのが目に見える程だった。
 だがそれを抱えているのはシファだった。

「重くない? シファ」
「大丈夫です。わたし力ありますから」

 確かにそうだった。

「あー…… じゃあ、シファ、真ん中に座ってよ。朱明、ハル、お前ら一番後ろ行って」

 へいへい、と二人は改めて乗り直す。一応仕入れにも使う車なので、そのくらいは充分な広さである。一番後ろは、席にもなっているが、倒せば荷物も載る。
 この席順は果たして気を利かせているのか、嫌がらせなのか、朱明にはやや判断のしにくいところだった。兎にも角にも、さっさと移動するハルの横に彼は座り、足を投げだし、腕を広げ、つぶやく。

「相変わらずいい腕」

 当然でしょ、とハルは口元を上げた。

「でもハルさん、凄いですね……」

 くるりとシファは後ろを向いた。手には「箱」を抱えたままだった。
 決して下手に揺らしてはならない、と言うかのように、しっかりとそれは彼女の腕の中に抱きかかえられていた。

「まーね。俺の特技なの」
「だってそれでも」
「ストップ」

 ハルは片手を上げた。

「それ以上は、計算しないこと。答えはすぐに出るとは思うけど、俺は出して欲しくない」

 はい、とシファはやや怪訝そうな顔をしながらもうなづく。その様子を横目で見ながら、朱明はふっと何かがひっかかる自分に気付いていた。
 ハルはそれ以上何も言わず、ちらちらと外の様子を見ながらも、カメラに似たものの調整をしている。実際、カメラにもなるのだ。ただその見かけに反して、カメラとしての機能は大したことはないのだが。
 ―――機械と、人間。
 ずっと、考えるのを停止していたことが、シファが現れてから朱明の中でうずき出す。
 彼の中で、ハルは人間だった。元々がそうなのだし、その精神だけがレプリカントに乗り移っている状態なのだから、そうなのだ、と考えて疑わなかった。
 なのに―――
 彼女が現れてから不安になるのだ。ハルはあまりにもレプリカの機能を活用しすぎている。
 無論、普通の人間がサイバー化した時も、その機能を自分の使いやすいように自己調整していくというのは聞く。
 だがそれは、肉体の何処かが生身である場合である。その点だけ見れば、ハルはレプリカントと言われればそうなのである。
 そのレプリカがレプリカたるゆえんのHLMすら、彼は「利用」している。それは判る。判るし、判るのだが。

 ……何がひっかかっているのだろう?

 朱明は微かに開いた窓から吹き込む風に目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...