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14.「それ以上は、計算しないこと」
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人肌くらいで暖めるとパテ状になる物質。商品名を「レナ202号」といい、宇宙での建設及び破壊作業の際によく使用されたものである。
まあそれだけでは、まず危険ではない。危険になるのは、ある条件が揃った時である。
人肌で柔らかくなったその「レナ202号」は、平らかな面にぴったりと貼り付く。この場合の広げ方は大して正確ではなくてもよい。正確でなくてはならないのは次からである。
その貼り付けられた点から、ある決められた距離範囲に、ある強さの光を集中的にぶつけると、そこに反作用が生じる。パテと光の特定の距離内にある、ガラスのように壊れやすい物質は、その分子の手の部分が切れるのだ。
効果はそれなりに知られてはいるが、普通の市民にとっては無用の長物である。武器にはならない。
そこには大量の演算が必要となってくる。軍なり警察でそれを使用する場合には、それを即座に計算する装置の方が必要なのだが、それは単品で購入には、コスト高な装置なのである。爆薬や銃と違って、他に使い道が無いのだ。
つまりは携帯するには、非常に不向きな武器なのだ。買うことも持つことも難しくはないが、使うだけのメリットが、そうそう無い。
だがそれは持つ者によって、その価値が変わってくるものでもある。
レプリカントの演算能力なら、その場に最も必要な光度を導きだすのは難しいことではない――― と藍地は思う。
レプリカントなら。
「結構、良く使ってる?」
「割とね。ま、逆にばれたら俺がやばそうだけどさ。使う奴のいい加減さに対して、成功率が高すぎるーって」
「ハル……」
バックミラーの中の友人は、いつものように穏やかな、それでいて何処か冷めた表情をしている。昔のように、必要以上に笑うようなことはない。
「心配しないでいいよ、藍地」
「心配は、していないよ。心配なんていうのは、すればした相手が何とかなるという時するもんだ。俺が思ったところで、お前もう、何もしないだろ?」
「藍地」
鏡の中の友人は、やや困ったような表情をする。冗談、と藍地は背中を向けたまま、答える。
「そう言えばお前、奥さん、後で来るって言ったよな?」
「うん。向こうの家の引き払い関係を任せたから、少し時間がかかるって言っていた。こっちに家を買う関係とか、色々あるしね」
「それまでにはカタがつけばいいな」
そうだね、と藍地はうなづいた。
やがてガラス越しに、朱明とシファが大きな荷物を抱えて出てくるのが見えた。
本当に上手くやったんだろうか、と藍地はやや不安に思うが、近づくにつれて、友人が仏頂面を作っているのが確認できた。
「おいハル、ちょっと詰めろ」
ハルは扉から押し込まれる「荷物」にややぎょっとした顔になる。
箱だった。ただ非常に大きい。パッケージ自体は花屋のそれだったが、重さはそこから予想して気軽に手を出すと、予想との落差に、腰がやられるのが目に見える程だった。
だがそれを抱えているのはシファだった。
「重くない? シファ」
「大丈夫です。わたし力ありますから」
確かにそうだった。
「あー…… じゃあ、シファ、真ん中に座ってよ。朱明、ハル、お前ら一番後ろ行って」
へいへい、と二人は改めて乗り直す。一応仕入れにも使う車なので、そのくらいは充分な広さである。一番後ろは、席にもなっているが、倒せば荷物も載る。
この席順は果たして気を利かせているのか、嫌がらせなのか、朱明にはやや判断のしにくいところだった。兎にも角にも、さっさと移動するハルの横に彼は座り、足を投げだし、腕を広げ、つぶやく。
「相変わらずいい腕」
当然でしょ、とハルは口元を上げた。
「でもハルさん、凄いですね……」
くるりとシファは後ろを向いた。手には「箱」を抱えたままだった。
決して下手に揺らしてはならない、と言うかのように、しっかりとそれは彼女の腕の中に抱きかかえられていた。
「まーね。俺の特技なの」
「だってそれでも」
「ストップ」
ハルは片手を上げた。
「それ以上は、計算しないこと。答えはすぐに出るとは思うけど、俺は出して欲しくない」
はい、とシファはやや怪訝そうな顔をしながらもうなづく。その様子を横目で見ながら、朱明はふっと何かがひっかかる自分に気付いていた。
ハルはそれ以上何も言わず、ちらちらと外の様子を見ながらも、カメラに似たものの調整をしている。実際、カメラにもなるのだ。ただその見かけに反して、カメラとしての機能は大したことはないのだが。
―――機械と、人間。
ずっと、考えるのを停止していたことが、シファが現れてから朱明の中でうずき出す。
彼の中で、ハルは人間だった。元々がそうなのだし、その精神だけがレプリカントに乗り移っている状態なのだから、そうなのだ、と考えて疑わなかった。
なのに―――
彼女が現れてから不安になるのだ。ハルはあまりにもレプリカの機能を活用しすぎている。
無論、普通の人間がサイバー化した時も、その機能を自分の使いやすいように自己調整していくというのは聞く。
だがそれは、肉体の何処かが生身である場合である。その点だけ見れば、ハルはレプリカントと言われればそうなのである。
そのレプリカがレプリカたるゆえんのHLMすら、彼は「利用」している。それは判る。判るし、判るのだが。
……何がひっかかっているのだろう?
朱明は微かに開いた窓から吹き込む風に目を細めた。
まあそれだけでは、まず危険ではない。危険になるのは、ある条件が揃った時である。
人肌で柔らかくなったその「レナ202号」は、平らかな面にぴったりと貼り付く。この場合の広げ方は大して正確ではなくてもよい。正確でなくてはならないのは次からである。
その貼り付けられた点から、ある決められた距離範囲に、ある強さの光を集中的にぶつけると、そこに反作用が生じる。パテと光の特定の距離内にある、ガラスのように壊れやすい物質は、その分子の手の部分が切れるのだ。
効果はそれなりに知られてはいるが、普通の市民にとっては無用の長物である。武器にはならない。
そこには大量の演算が必要となってくる。軍なり警察でそれを使用する場合には、それを即座に計算する装置の方が必要なのだが、それは単品で購入には、コスト高な装置なのである。爆薬や銃と違って、他に使い道が無いのだ。
つまりは携帯するには、非常に不向きな武器なのだ。買うことも持つことも難しくはないが、使うだけのメリットが、そうそう無い。
だがそれは持つ者によって、その価値が変わってくるものでもある。
レプリカントの演算能力なら、その場に最も必要な光度を導きだすのは難しいことではない――― と藍地は思う。
レプリカントなら。
「結構、良く使ってる?」
「割とね。ま、逆にばれたら俺がやばそうだけどさ。使う奴のいい加減さに対して、成功率が高すぎるーって」
「ハル……」
バックミラーの中の友人は、いつものように穏やかな、それでいて何処か冷めた表情をしている。昔のように、必要以上に笑うようなことはない。
「心配しないでいいよ、藍地」
「心配は、していないよ。心配なんていうのは、すればした相手が何とかなるという時するもんだ。俺が思ったところで、お前もう、何もしないだろ?」
「藍地」
鏡の中の友人は、やや困ったような表情をする。冗談、と藍地は背中を向けたまま、答える。
「そう言えばお前、奥さん、後で来るって言ったよな?」
「うん。向こうの家の引き払い関係を任せたから、少し時間がかかるって言っていた。こっちに家を買う関係とか、色々あるしね」
「それまでにはカタがつけばいいな」
そうだね、と藍地はうなづいた。
やがてガラス越しに、朱明とシファが大きな荷物を抱えて出てくるのが見えた。
本当に上手くやったんだろうか、と藍地はやや不安に思うが、近づくにつれて、友人が仏頂面を作っているのが確認できた。
「おいハル、ちょっと詰めろ」
ハルは扉から押し込まれる「荷物」にややぎょっとした顔になる。
箱だった。ただ非常に大きい。パッケージ自体は花屋のそれだったが、重さはそこから予想して気軽に手を出すと、予想との落差に、腰がやられるのが目に見える程だった。
だがそれを抱えているのはシファだった。
「重くない? シファ」
「大丈夫です。わたし力ありますから」
確かにそうだった。
「あー…… じゃあ、シファ、真ん中に座ってよ。朱明、ハル、お前ら一番後ろ行って」
へいへい、と二人は改めて乗り直す。一応仕入れにも使う車なので、そのくらいは充分な広さである。一番後ろは、席にもなっているが、倒せば荷物も載る。
この席順は果たして気を利かせているのか、嫌がらせなのか、朱明にはやや判断のしにくいところだった。兎にも角にも、さっさと移動するハルの横に彼は座り、足を投げだし、腕を広げ、つぶやく。
「相変わらずいい腕」
当然でしょ、とハルは口元を上げた。
「でもハルさん、凄いですね……」
くるりとシファは後ろを向いた。手には「箱」を抱えたままだった。
決して下手に揺らしてはならない、と言うかのように、しっかりとそれは彼女の腕の中に抱きかかえられていた。
「まーね。俺の特技なの」
「だってそれでも」
「ストップ」
ハルは片手を上げた。
「それ以上は、計算しないこと。答えはすぐに出るとは思うけど、俺は出して欲しくない」
はい、とシファはやや怪訝そうな顔をしながらもうなづく。その様子を横目で見ながら、朱明はふっと何かがひっかかる自分に気付いていた。
ハルはそれ以上何も言わず、ちらちらと外の様子を見ながらも、カメラに似たものの調整をしている。実際、カメラにもなるのだ。ただその見かけに反して、カメラとしての機能は大したことはないのだが。
―――機械と、人間。
ずっと、考えるのを停止していたことが、シファが現れてから朱明の中でうずき出す。
彼の中で、ハルは人間だった。元々がそうなのだし、その精神だけがレプリカントに乗り移っている状態なのだから、そうなのだ、と考えて疑わなかった。
なのに―――
彼女が現れてから不安になるのだ。ハルはあまりにもレプリカの機能を活用しすぎている。
無論、普通の人間がサイバー化した時も、その機能を自分の使いやすいように自己調整していくというのは聞く。
だがそれは、肉体の何処かが生身である場合である。その点だけ見れば、ハルはレプリカントと言われればそうなのである。
そのレプリカがレプリカたるゆえんのHLMすら、彼は「利用」している。それは判る。判るし、判るのだが。
……何がひっかかっているのだろう?
朱明は微かに開いた窓から吹き込む風に目を細めた。
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