女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

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第49話 そのことのためだったら、僕は幾らでも強くなれる。

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「探してます」
「ふうん。何か、君、変わった格好ね」

 女性はそう言いながら、DBにゆっくりと近づいていく。何だろう、と彼は思う。
 街灯の下に来た時、あれ、と彼は思った。
 結構美人さんだ。ゆるくウエーブのかかった茶髪を後ろで一つに束ねて、あっさりとした格好だけど。

「変でしょう?」
「ええ、変ね。何かのパーティでもあったの?」

 さっきの少女達と同じことを聞く、と彼はくす、と笑う。

「悪いパーティが、あったんですよ」
「そう。それは可哀想に」
「それは別にいいんですよ。僕が勝手に行ったんだから、こうゆう格好になっても、それは僕の責任だし……」
「でもひどい格好よ。それに、どう見ても、あなた誰かにいたずらされてるじゃない」
「それはそうですけど」

 どうして初対面のひとに、こんなこと言ってるんだろう、と彼は思う。そもそも何でこの女性は、そんなことを聞くのだろう。

「ライヴハウスを探してるんです」
「ライヴハウス? でももうこんな時間よ」

 彼女はくい、と幾つか折ったシャツの下の腕を見せる。もう夜よりは、朝の方が近い時間帯かもしれない。二時間もすれば、夜が明けてしまうだろう。

「それでも、行かなくちゃ」
「行って、誰かが待ってるの?」
「判らない。だけど、僕は行かなくちゃいけない、と思ったから」

 ふうん、と女性はうなづいた。表情は特に変わる様子は無い。

「だったら、君、ずいぶん道を間違えてるわよ」
「え」
「近くまで行くの。一緒にどう?」

 よろこんで、と彼は大きくうなづいた。女性は大股に歩き出した。

「それにしても、本当にひどいパーティだったんじゃない? 私だったら、その格好だったら帰るの嫌よ」
「でも、大事な用事だったから」
「大事な用事だって、その格好じゃ、と思われるかもしれないでしょう?」
「そうかもしれない」

 彼はうなづく。だいたいライヴハウスに行ったところで、誰が待っているという保証があるのだろう。

「だけど、大事なひとに、約束したことだし」
「そのひとが待ってるの?」
「大事なひとのために、約束したひとが、そこの名を出したから。……僕は今、電車代の一つも持っていないから、とりあえずそこに行こうと思ったんだ。歩いて行ける距離だろうから」
「迎えを呼ぼう、とは思わなかったの? そのひどい格好じゃ」
「だってこれは僕の問題だったから」

 それで結局周囲に迷惑はかけてしまったけれど。

「何の問題だか判らないけれど、問題ってのは、解決しなくちゃあいけないものではないの?」

 女性は、並んで歩く彼の方を特に見ることはしない。半ば興味無さげに、聞くとも聞かないともつかない態度のまま問いかける。

「そうなんだ」

 彼もまた、女性の方は向かない。まっすぐ、前を向いたまま答える。

「もっと早く、僕は僕の問題を、解決しておくべきだったんだ」
「だったらもっと早く、すれば良かったんじゃあなくて?」
「でも、気付くのってのは、唐突だったから」
「言い訳ね」
「そうだよ、言い訳なんだ。ある日いきなり、それに気付いた、なんてのは、自分以外には言い訳だよ」

 頭では判っていた。
 だけどそうしなくてはならない――― そう動こう、という思いに達するのは別だ。そこには勇気が必要なのだ。意識的にせよ、無意識にせよ。

「気付いたの?」
「うん」
「それは良かった。それはじゃあ、君の大事なひとのため?」
「大事なひとと―――」

 P子さんの姿がふっと思い起こされる。だが、それだけではない。
 P子さん自身、ではなく、P子さんと過ごす自分、もその情景の中には存在していた。

「そのひとじゃないよ。僕が、そのひとと心地よく居られること、そのことのためなんだ」
「それは君のエゴじゃあないの? 自分勝手」
「かもしれない」

 否定はしない。

「でも、そのことのためだったら、僕は幾らでも強くなれる、と思うんだ」
「そう」

 軽く、女性は言った。

「だったら、そうなれたらいいわね」
「ええ」

 彼は大きくうなづいた。やがて大きな歩道橋が、彼らの目の前に現れた。

「私にも昔、そう思えるひとが居たわ」
「え」

 通りすがりだというのに、いきなり何を。しかし自分もよく考えてみたら、通りすがりの人だというのに、結構突っ込んだ話をしてしまっている。
 だが具体的な内容ではないから、逆に通りすがりに聞かせてしまいたい時があるのもしれない。女性は、階段を上りながら続けた。

「だけど、そうしたい自分が居ることに気付かないまま、そのひととはもう会えなくなってしまったのよ」
「え……」

 会えないって。

「昔の話。だから私は、今私の周りに居る大事な人達には、できるだけ幸せで居てほしい、って思うのよ」
「幸せに」
「そう、幸せに。私が彼女達を私のエゴに巻き込んでしまっている以上、それ以外の部分に関しては、できる限り、暖かくて、痛みの無い、幸せで居て欲しいって思うのよ」

 彼はどうそれに答えていいものか、迷った。

 やがて階段の最後の一歩を登り切る。
 案外広い歩道橋には、夜明かしするのだろうか、通りの向こう側のコンビニで食料や飲み物を調達し、座り込んで居る少年少女が居た。
 ライヴ帰りなのだろうか、とDBは思った。
 と、ふとその少女の一人が、奇妙な顔をしてこちらを見ているのに彼は気付いた。
 当初はその原因が自分なのだろうか、と彼は思った。
 だが、どうもその視線の向きが、態度が、先ほどまでに自分がすれ違った人々と違うような気がする。
 首を傾げ、眠りかかっている相棒を肘でつつき、不思議そうな顔をし。
 それが一度ならいい。
 だが、一人は焼きそばを口にしながら顔を上げた。
 一人はバニラ・シェイクの太いストローから思わず口を離した。目を丸くした。ええ? と小さく叫んでいた。
 何だろう。彼はそれでも女性がどんどん歩いて行くので、速度を緩める訳にはいかない。
 階段を降りる。あそこだ、と女性は既に灯りの消えた設置灯を示す。

「あそこの地下が、君の言う、ライヴハウス」
「地下」
「そう、地下。昔からあって、かび臭くて、昔は演芸場で、壁にポスターがべたべたと貼ってある、ライヴハウス」
「え」

 ふっ、と女性は笑った。このひとは。
 ポケットから女性は、携帯を出し、片手で器用に操作する。

「……ああ桜野サクラノ? そう。今、前」

 じゃ、と彼女がスイッチを切るか切らないか、というところで、中の階段がどたどたと音を立てた。
 地下へ続く階段から、大柄な女が駆け上がって来た。金髪だった。いつの時代にも流行の主流には決してならないような長髪の。

「早いじゃない、桜野」
「……待ってろって言うから、待ってたんですよ。―――HISAKAさん」

 は。

 DBは息を呑んだ。このひとが、HISAKA。PH7のリーダーで、ドラマーで、……

「初めましてDB君。そして、これからよろしく」

 よろしくお願いします、と彼が頭を下げるまで、たっぷり一分はかかっただろう。
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