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第22話 「こっちが輪をかけて楽しめば、こっちの勝ちだ」
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「……何だ、お前か。驚かせるなよ」
大きな目が、見開かれている。
「何やってるんですか、こんなとこで」
「お前こそ何やってるんだよ。ベンチに居なくちゃならないだろ」
「マーティさんを、追いかけて来たに決まってるじゃないですか! 一体お二人とも、何やってるんですか!?」
ち、とマーティは舌打ちをする。
だがすぐに笑顔に戻った。ダイスはこの貼り付けた様な笑顔は好きではなかった。そしてその笑顔のまま、ぽん、と後輩の肩を叩く。
「心配するなって。お前のマウンドは守ってやるから」
「そういうことじゃないんですよ!」
俺は思わず怒鳴っていた。
最寄りの売店の売り子がびっくりしてこっちを向いた。
「まずいな…… ちょっと来い」
ぐい、とマーティはダイスの腕を掴み、そのままトイレまで連れて行った。
「……さて、ここなら大丈夫だな」
「大丈夫、って何ですか」
「一応ここは男子専用だからな…… まああいつの神経ならそのあたりは無視しそうだが、さしあたり、ここならまず話も聞かれないだろ」
「だから、何ですか」
「単刀直入に言えば、俺等は、あの女を捜してたの」
「あ、そうなんですか」
だったら、始めからそう言ってくれれば良かったのに、と彼は思う。
しかし、ダイスが「居た」と言ってから、行動がおかしかった訳なので、そのあたりに気付かない彼自身が鈍感と言えば、言える。
「でまあ、ようやくイリジャの奴が、あの女を見つけたから、そろそろやってくるだろ」
「聞きました。何かそのひとが、よく『嫌がらせ』してくるってことですね」
「ま、正確に言えば、『連盟』がな」
「何でですか?」
「そりゃあ、新入りいじめは伝統的なものだろう」
「だけど」
ん? とマーティは後輩の顔をのぞき込む。
「でもウチのチームでは、今のところ無いですよ。だから伝統って訳でも」
「『連盟』は伝統があるから、そういうことするんだよ」
あまりにも、それはとってつけた様な言い訳だ、とダイスは思った。
「あ、お前不服そうな顔しているな」
「してますよ」
ふふん、という顔でマーティは腰に手を当て、ダイスを見た。
「お前、納得しないとてこでも動かない、って奴だもんなあ」
「え」
「ピッチング、見てりゃ判るじゃないの。球は正直よ。俺なんか、ちょっと気ぃ抜くと、すぐに頭の中がとっちらかる。そういう時には、どんだけ真っ直ぐ投げようと思っても、真っ直ぐに行かないんだぜ」
ダイスは何となく、彼の言葉に不安なものを感じて、眉を寄せた。
「ええまあ。俺は、知りたいことは、知りたいですから」
「ほんと、真っ直ぐだからなあ。羨ましい」
「そんなことないですよ。今だって、さっきから、ずーっと頭の中がぐるぐるしてます」
実際そうだった。そしてそれを振り切る様に、球を投げてきた。それが功を奏した場合はいいのだが、上手く行かなかった時には、……ホイが思わずマスクを取ってしまう自体になってしまうのだ。
「……ま、あの女が連れて来られたら、お前ちょっともう一度、声合わせしてくれや」
「判りました。……でもマーティさん」
「何?」
「……マーティさんには、その嫌がらせの本当の対象が、判ってるんじゃないですか?」
出て行こうと踏み出しかけた彼は、その足を止めた。
「何でそう思う」
「勘ですが」
そう、実際それは、ダイスにとって、勘に過ぎなかった。
「勘、ね」
マーティは苦笑する。
「……なるほど。最強の理由だな、それは」
確かにそうだった。何の根拠もそこにはないのだ。ただ自分の中で、そう感じるものが、確かにダイスの中にあったのだ。
無論それは、全くのゼロからではない。ダイスの中の、マーティに関する様々な情報が、その時、そういう形で統合されたのかもしれない。
しかしまあ、本人にしてみれば「勘」の一言で尽きる。だからこそ、「最強の理由」なのだ。
「まあな」
マーティは軽く答える。
一体何に、とダイスが問いかけると、彼はあっさりと言った。
「俺だよ」
さすがに、それにはダイスも数秒黙った。次の言葉を捜した。
「……あなたが? マーティさん個人が、対象なんですか?」
「そうだよ」
彼は重ねて答えた。
「俺は今ではただのサンライズの中継ぎ投手、戸籍はレーゲンボーゲン星系アルクにある、マーティ・ラビイだと思ってるんだがね、いつまでもそう思ってくれない奴等ってのが居るのよ」
「DD」
「有名な選手」の名前をダイスは口にする。
「そう。それ。今でも俺を、それだと思っている奴等が、『連盟』には多すぎるんだよ。下手に歳くっちまった奴ってのは始末が悪い。こっちがすっかり忘れさせられてしまっていることを妙に根に持ってたりするらしいんだよ」
「忘れ……」
「俺はね、ダイス、ある時点から前の記憶が、断片的にしか無いの」
は、と彼は心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「自分がそいつだ、というのを思い出したのもつい最近だったからね。それも本当に断片的だから、下手すると、ストンウェルの方が、よっぽど当時の俺に関しては良く知ってる。あの頃あいつは、俺のチームメイトだったからね」
ダイスはふと、ストンウェルの言葉を思い出した。
好きな選手が居て、その選手と一緒にプレイできたら。
「……で、その俺の忘れてる俺らしい奴が、何かやらかしたらしいことに対して、今でも何か覚えていて、根に持ってるお偉いさんが、居るんだよ」
「『連盟』に?」
「そう」
廊下に視線を落として、彼はうなづいた。
「だから奴等にしてみれば、そんな、昔、自分達をコケにしたDDが、何ごとも無かったような顔をして、楽しそうに野球しているのが気にくわないんじゃねえかなあ…… 全く、なあ……」
マーティは彼はふい、と明後日の方を向いた。
「俺の望みは、ただ楽しくベースボールをやることだけなんだぜ? 非常にささやかな、望みだと思わないかい? ダイちゃん」
別に有名になろうとは思わない。
別に金持ちになろうとも思わない。
ただもう、皆と一緒に、ベースボールを毎日やっていたいだけなのに。
そんな気持ちが、ダイスには伝わってくる。
マーティは目を伏せた。だがそれは一瞬だった。
再び開いた大きめの目は、後輩に向かって、不敵に笑う。
「だけどな、だからと言って、奴らの言うがままになっているってのはつまらないだろう?」
「……それはそうですけど」
「だろ? だから、俺達は本当に、毎度楽しくゲームをしなくちゃならないんだよ」
「楽しく」
ダイスはその言葉を繰り返す。
「そうさ。連中は俺を――― 俺達を困らせて楽しんでいるのさ。困ってる俺達を見るのが楽しいんだ。だったらこっちが輪をかけて楽しめば、こっちの勝ちだ」
ふっふっふ、と彼は笑う。
は、とダイスは口を開けた。どういう理屈だ。
「あのな、ダイス」
はい、と彼は反射的に答えていた。思わず姿勢を正す。するとマーティはぐい、とその肩を壁に押しつけた。
「相手を不幸にしてやりたい、って思う奴に対する、一番の攻撃方法って何か知ってるか?」
「……何ですか?」
「こっちがシアワセになることさ」
大きな目が、見開かれている。
「何やってるんですか、こんなとこで」
「お前こそ何やってるんだよ。ベンチに居なくちゃならないだろ」
「マーティさんを、追いかけて来たに決まってるじゃないですか! 一体お二人とも、何やってるんですか!?」
ち、とマーティは舌打ちをする。
だがすぐに笑顔に戻った。ダイスはこの貼り付けた様な笑顔は好きではなかった。そしてその笑顔のまま、ぽん、と後輩の肩を叩く。
「心配するなって。お前のマウンドは守ってやるから」
「そういうことじゃないんですよ!」
俺は思わず怒鳴っていた。
最寄りの売店の売り子がびっくりしてこっちを向いた。
「まずいな…… ちょっと来い」
ぐい、とマーティはダイスの腕を掴み、そのままトイレまで連れて行った。
「……さて、ここなら大丈夫だな」
「大丈夫、って何ですか」
「一応ここは男子専用だからな…… まああいつの神経ならそのあたりは無視しそうだが、さしあたり、ここならまず話も聞かれないだろ」
「だから、何ですか」
「単刀直入に言えば、俺等は、あの女を捜してたの」
「あ、そうなんですか」
だったら、始めからそう言ってくれれば良かったのに、と彼は思う。
しかし、ダイスが「居た」と言ってから、行動がおかしかった訳なので、そのあたりに気付かない彼自身が鈍感と言えば、言える。
「でまあ、ようやくイリジャの奴が、あの女を見つけたから、そろそろやってくるだろ」
「聞きました。何かそのひとが、よく『嫌がらせ』してくるってことですね」
「ま、正確に言えば、『連盟』がな」
「何でですか?」
「そりゃあ、新入りいじめは伝統的なものだろう」
「だけど」
ん? とマーティは後輩の顔をのぞき込む。
「でもウチのチームでは、今のところ無いですよ。だから伝統って訳でも」
「『連盟』は伝統があるから、そういうことするんだよ」
あまりにも、それはとってつけた様な言い訳だ、とダイスは思った。
「あ、お前不服そうな顔しているな」
「してますよ」
ふふん、という顔でマーティは腰に手を当て、ダイスを見た。
「お前、納得しないとてこでも動かない、って奴だもんなあ」
「え」
「ピッチング、見てりゃ判るじゃないの。球は正直よ。俺なんか、ちょっと気ぃ抜くと、すぐに頭の中がとっちらかる。そういう時には、どんだけ真っ直ぐ投げようと思っても、真っ直ぐに行かないんだぜ」
ダイスは何となく、彼の言葉に不安なものを感じて、眉を寄せた。
「ええまあ。俺は、知りたいことは、知りたいですから」
「ほんと、真っ直ぐだからなあ。羨ましい」
「そんなことないですよ。今だって、さっきから、ずーっと頭の中がぐるぐるしてます」
実際そうだった。そしてそれを振り切る様に、球を投げてきた。それが功を奏した場合はいいのだが、上手く行かなかった時には、……ホイが思わずマスクを取ってしまう自体になってしまうのだ。
「……ま、あの女が連れて来られたら、お前ちょっともう一度、声合わせしてくれや」
「判りました。……でもマーティさん」
「何?」
「……マーティさんには、その嫌がらせの本当の対象が、判ってるんじゃないですか?」
出て行こうと踏み出しかけた彼は、その足を止めた。
「何でそう思う」
「勘ですが」
そう、実際それは、ダイスにとって、勘に過ぎなかった。
「勘、ね」
マーティは苦笑する。
「……なるほど。最強の理由だな、それは」
確かにそうだった。何の根拠もそこにはないのだ。ただ自分の中で、そう感じるものが、確かにダイスの中にあったのだ。
無論それは、全くのゼロからではない。ダイスの中の、マーティに関する様々な情報が、その時、そういう形で統合されたのかもしれない。
しかしまあ、本人にしてみれば「勘」の一言で尽きる。だからこそ、「最強の理由」なのだ。
「まあな」
マーティは軽く答える。
一体何に、とダイスが問いかけると、彼はあっさりと言った。
「俺だよ」
さすがに、それにはダイスも数秒黙った。次の言葉を捜した。
「……あなたが? マーティさん個人が、対象なんですか?」
「そうだよ」
彼は重ねて答えた。
「俺は今ではただのサンライズの中継ぎ投手、戸籍はレーゲンボーゲン星系アルクにある、マーティ・ラビイだと思ってるんだがね、いつまでもそう思ってくれない奴等ってのが居るのよ」
「DD」
「有名な選手」の名前をダイスは口にする。
「そう。それ。今でも俺を、それだと思っている奴等が、『連盟』には多すぎるんだよ。下手に歳くっちまった奴ってのは始末が悪い。こっちがすっかり忘れさせられてしまっていることを妙に根に持ってたりするらしいんだよ」
「忘れ……」
「俺はね、ダイス、ある時点から前の記憶が、断片的にしか無いの」
は、と彼は心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「自分がそいつだ、というのを思い出したのもつい最近だったからね。それも本当に断片的だから、下手すると、ストンウェルの方が、よっぽど当時の俺に関しては良く知ってる。あの頃あいつは、俺のチームメイトだったからね」
ダイスはふと、ストンウェルの言葉を思い出した。
好きな選手が居て、その選手と一緒にプレイできたら。
「……で、その俺の忘れてる俺らしい奴が、何かやらかしたらしいことに対して、今でも何か覚えていて、根に持ってるお偉いさんが、居るんだよ」
「『連盟』に?」
「そう」
廊下に視線を落として、彼はうなづいた。
「だから奴等にしてみれば、そんな、昔、自分達をコケにしたDDが、何ごとも無かったような顔をして、楽しそうに野球しているのが気にくわないんじゃねえかなあ…… 全く、なあ……」
マーティは彼はふい、と明後日の方を向いた。
「俺の望みは、ただ楽しくベースボールをやることだけなんだぜ? 非常にささやかな、望みだと思わないかい? ダイちゃん」
別に有名になろうとは思わない。
別に金持ちになろうとも思わない。
ただもう、皆と一緒に、ベースボールを毎日やっていたいだけなのに。
そんな気持ちが、ダイスには伝わってくる。
マーティは目を伏せた。だがそれは一瞬だった。
再び開いた大きめの目は、後輩に向かって、不敵に笑う。
「だけどな、だからと言って、奴らの言うがままになっているってのはつまらないだろう?」
「……それはそうですけど」
「だろ? だから、俺達は本当に、毎度楽しくゲームをしなくちゃならないんだよ」
「楽しく」
ダイスはその言葉を繰り返す。
「そうさ。連中は俺を――― 俺達を困らせて楽しんでいるのさ。困ってる俺達を見るのが楽しいんだ。だったらこっちが輪をかけて楽しめば、こっちの勝ちだ」
ふっふっふ、と彼は笑う。
は、とダイスは口を開けた。どういう理屈だ。
「あのな、ダイス」
はい、と彼は反射的に答えていた。思わず姿勢を正す。するとマーティはぐい、とその肩を壁に押しつけた。
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