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第3話 こうなったというのも(到着時)②
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マスターよりやや背が高く、やや恰幅もいいそのひとは、思った通りの反応を見せた。そのままその場で固まって、あたしとマスターの顔を交互に見る。
「と言うことらしい、ぜ、K」
「……と言われたって、なあ」
「と言うことなんだけど。ルイーゼロッテ」
うん、とうなづくと、あたしはカウンタの椅子から降り、つかつかと「K」と呼ばれているひとの前まで歩み寄った。
「あたし―――ルイーゼロッテ・ケルデンって言います。マリアルイーゼ・ケルデンの娘です。クルト・ケルデンさん」
「ふーん、あんた、そういう名だったの」
「……いや、判らない」
きっとそう言うだろう、とは思ってた。
「あなたが知らなくても、あたしは知ってるんです」
*
「……なるほど確かに、私の姿だ」
「間違い無いのかよ、あんた」
四人掛けのテーブル。あたしを前に、マスターと「パパ」は並んで座っている。空いたスペースにあたしはママのアルバムを開いた。
「……確かに、これは私なのかもしれない。私は実際医者だった訳だし」
「じゃあ、認めてくれるの?」
「おいK、認めるのかよ!」
あたしとマスターの声は揃った。
「事実としては、な」
「って」
あたしは「パパ」の方を真っ直ぐ見つめた。
「それに普通、私を捜すなら、君ではなく、君のママの方じゃないか? ……君、今幾つだ? 見たところ、十……一? 二?」
あたしは思わずぱん、とテーブルに手をついて立ち上がった。
「十三よ! それにママに探せるなら、……」
あたしの声は詰まる。
「ちょっと待て、おい、それってもしかして…… ルイーゼロッテ、お前のおかーさんって」
「ママは、死んだわ」
今度は「パパ」の眉が大きく上がった。だけどそれは一瞬だった。
「しかしそれはそれ、だ」
「おいK」
「私が記憶を無くしていることくらい、君は判ってここにやってきて居るのだろう?」
あたしはうなづく。
「だったら、私を捜しても、今更どうにもならないことじゃないか? それとも何か、他に目的があるのか?」
「……別に何かしてもらおう、なんて、思ってないわよ! ……さっきまでは、ママのお墓参りをして欲しいと思ってたけどね」
「死んだ人間は元には戻らない。もし私が君の言うところの人物だったとしても、それは既に戸籍の上では死んでいる。死んでいる人間には何もできない」
「おい冷たいんじゃないか? K、それは」
「事実だろう。いずれにせよ、ルイーゼロッテ、君の『パパ』であるべき男は、ここには居ないんだ」
「ええよーく判りました。訪ねてきたあたしが馬鹿見た、って訳ね」
そして立ち上がる。既に食器もカップも空になっていた。
「帰る」
「ちょっと待て」
強い力でテーブルの横を通り抜けようとしたあたしはぐっと引き止められた。
「何よ」
「お前さん、行くとこ、あるわけ? お金無い、ってさっき言ってたろ」
「……それは」
確かにそうだった。没収される前にって下ろして来たのは全部旅費に回った。
「それに俺達のことを知ってここまでやってこれたあたり、とんでもねーガキだよなあ、なあ? K」
「それは」
パパ…… いや「ドクトルK」は、言葉に詰まった。
「俺達は確かに、自分を捜して欲しい場合には、データをメディアに提供したけど、そうでないヤツ、探して欲しくないヤツは、結構そいつを秘密にしておいて、って頼んでおいたはずだしなー」
あたしはぷい、とその蜂蜜色の目から目を逸らした。
「ま、お前さんがとんでもない子供だってのはよーく判ったし、まあたぶんこのひとの娘だろーし、そーすると確かにお前さんにはこの町に居る権利が無きにしもあらず、だ。俺自身としては、別に構わないと思う。ただ」
「ただ?」
「その前に、お前さんの目の前のカフェオレは呑んでしまって」
? 言われるままに、あたしはややぬるくなったカフェオレを飲み干した。
「OK?」
「OK」
んじゃ、とばかりにマスターは唐突にドクトルの後頭部に腕を回した。何を。
「あ」
ぶちゅ、と音がしそうな程に、彼はドクトルの唇に吸い付いた。うわ。うわ。うわ。き、キスしてるーっ!! いや単にキスだったら別に驚かない。だって軽いキスなんて、男同士だってマウストゥマウスはありだ。だけど。
だけど目の前で長々と行われているのは……ディーーーーーーープキス、というヤツだ。
……そしてどのくらい経っただろう。ぷは、と空気補給、とばかりに離れた二人は明らかに上気していて。
「……おや、結構しっかりしてるねー」
ふふふふふふふ、とあたし達はまた笑いながらにらみ合った。
「……つまりマスター、トパーズさん、アナタ達もーしかして」
「もーしかしなくても、そうなんだよね」
「それって思いっきり、ホモって言うんじゃないでしょうか」
「思いっきり言います。言わなくちゃおかしいです。でも付け足すとね、先に俺をこましたのはこっちのオヤジだからね!」
あたしははた、とドクトルを見た。彼は「仕方ないだろう」とつぶやくと、悠然とコーヒーのお代わりをカップに注いだ。
「……つーまーりー、マスター、あたしがもしこの関係に対して平気で居られるなら、ここに居てもいいってこと?」
「おお、さすがに察しがいい」
「おいトパーズ」
「いいじゃんかよ、この歳で物騒な覚悟の逃走してきたなんて、頼もしい。いい覚悟」
そう言って彼は、あたしの頭をぐりぐりと撫でた。
そしてあたしは、この「アンデル」駅前「食事もできるカフェ」の居候・兼・ウエイトレスになった。
「と言うことらしい、ぜ、K」
「……と言われたって、なあ」
「と言うことなんだけど。ルイーゼロッテ」
うん、とうなづくと、あたしはカウンタの椅子から降り、つかつかと「K」と呼ばれているひとの前まで歩み寄った。
「あたし―――ルイーゼロッテ・ケルデンって言います。マリアルイーゼ・ケルデンの娘です。クルト・ケルデンさん」
「ふーん、あんた、そういう名だったの」
「……いや、判らない」
きっとそう言うだろう、とは思ってた。
「あなたが知らなくても、あたしは知ってるんです」
*
「……なるほど確かに、私の姿だ」
「間違い無いのかよ、あんた」
四人掛けのテーブル。あたしを前に、マスターと「パパ」は並んで座っている。空いたスペースにあたしはママのアルバムを開いた。
「……確かに、これは私なのかもしれない。私は実際医者だった訳だし」
「じゃあ、認めてくれるの?」
「おいK、認めるのかよ!」
あたしとマスターの声は揃った。
「事実としては、な」
「って」
あたしは「パパ」の方を真っ直ぐ見つめた。
「それに普通、私を捜すなら、君ではなく、君のママの方じゃないか? ……君、今幾つだ? 見たところ、十……一? 二?」
あたしは思わずぱん、とテーブルに手をついて立ち上がった。
「十三よ! それにママに探せるなら、……」
あたしの声は詰まる。
「ちょっと待て、おい、それってもしかして…… ルイーゼロッテ、お前のおかーさんって」
「ママは、死んだわ」
今度は「パパ」の眉が大きく上がった。だけどそれは一瞬だった。
「しかしそれはそれ、だ」
「おいK」
「私が記憶を無くしていることくらい、君は判ってここにやってきて居るのだろう?」
あたしはうなづく。
「だったら、私を捜しても、今更どうにもならないことじゃないか? それとも何か、他に目的があるのか?」
「……別に何かしてもらおう、なんて、思ってないわよ! ……さっきまでは、ママのお墓参りをして欲しいと思ってたけどね」
「死んだ人間は元には戻らない。もし私が君の言うところの人物だったとしても、それは既に戸籍の上では死んでいる。死んでいる人間には何もできない」
「おい冷たいんじゃないか? K、それは」
「事実だろう。いずれにせよ、ルイーゼロッテ、君の『パパ』であるべき男は、ここには居ないんだ」
「ええよーく判りました。訪ねてきたあたしが馬鹿見た、って訳ね」
そして立ち上がる。既に食器もカップも空になっていた。
「帰る」
「ちょっと待て」
強い力でテーブルの横を通り抜けようとしたあたしはぐっと引き止められた。
「何よ」
「お前さん、行くとこ、あるわけ? お金無い、ってさっき言ってたろ」
「……それは」
確かにそうだった。没収される前にって下ろして来たのは全部旅費に回った。
「それに俺達のことを知ってここまでやってこれたあたり、とんでもねーガキだよなあ、なあ? K」
「それは」
パパ…… いや「ドクトルK」は、言葉に詰まった。
「俺達は確かに、自分を捜して欲しい場合には、データをメディアに提供したけど、そうでないヤツ、探して欲しくないヤツは、結構そいつを秘密にしておいて、って頼んでおいたはずだしなー」
あたしはぷい、とその蜂蜜色の目から目を逸らした。
「ま、お前さんがとんでもない子供だってのはよーく判ったし、まあたぶんこのひとの娘だろーし、そーすると確かにお前さんにはこの町に居る権利が無きにしもあらず、だ。俺自身としては、別に構わないと思う。ただ」
「ただ?」
「その前に、お前さんの目の前のカフェオレは呑んでしまって」
? 言われるままに、あたしはややぬるくなったカフェオレを飲み干した。
「OK?」
「OK」
んじゃ、とばかりにマスターは唐突にドクトルの後頭部に腕を回した。何を。
「あ」
ぶちゅ、と音がしそうな程に、彼はドクトルの唇に吸い付いた。うわ。うわ。うわ。き、キスしてるーっ!! いや単にキスだったら別に驚かない。だって軽いキスなんて、男同士だってマウストゥマウスはありだ。だけど。
だけど目の前で長々と行われているのは……ディーーーーーーープキス、というヤツだ。
……そしてどのくらい経っただろう。ぷは、と空気補給、とばかりに離れた二人は明らかに上気していて。
「……おや、結構しっかりしてるねー」
ふふふふふふふ、とあたし達はまた笑いながらにらみ合った。
「……つまりマスター、トパーズさん、アナタ達もーしかして」
「もーしかしなくても、そうなんだよね」
「それって思いっきり、ホモって言うんじゃないでしょうか」
「思いっきり言います。言わなくちゃおかしいです。でも付け足すとね、先に俺をこましたのはこっちのオヤジだからね!」
あたしははた、とドクトルを見た。彼は「仕方ないだろう」とつぶやくと、悠然とコーヒーのお代わりをカップに注いだ。
「……つーまーりー、マスター、あたしがもしこの関係に対して平気で居られるなら、ここに居てもいいってこと?」
「おお、さすがに察しがいい」
「おいトパーズ」
「いいじゃんかよ、この歳で物騒な覚悟の逃走してきたなんて、頼もしい。いい覚悟」
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