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第18話 「悪いのは全て、私だ」

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   気がついたのは、それから二日後だった。
 覚えの無い場所でうつ伏せで目を覚ましたので、嫌な予感がしたが……
 案の定、背中がこれでもかとばかりに痛かった。身体を起こすと、前あき式の寝間着に、……中に思いっきり、包帯。
 あの時の状況を冷静になって考えてみると、……あまりにもあたしらしくない、行動。でもまあ、仕方が無い。一番聞きたくない言葉を言われそうになったのだから。
 寝違えたのか、首も痛い。
 と。

「よかった~ロッテ~」

 どさ、と足の上に重みがかかる。ううううううう、とマスターはあたしのベッドの上に泣き崩れた。それから約五分、彼は泣き続けた。

「……無茶にも程がある。いや、無茶じゃなくて、あれじゃはヒステリーだ」

 ドクトルはそう言いながら、あたしの調子を見た。

「だって!」
「まあしばらく休めば良くなる。輸血の血が足りなかったから、抗争中の連中から無理矢理AB型を絞り出した」
「……」
「どうした?」

 うつむいてしまったあたしに、ドクトルは問いかける。先日の詰問口調とは違う。

「ごめんなさい」
「……いや、あの時は、こっちも多少感情的になりすぎていた」
「感情的も何もねーよ!! お前はっ!!」

 がしがし、とマスターはあたしの髪をかき回す。

「どんだけ心配させれば気が済むって言うんだよっ!」

 そう言って、頭だけを抱え込んで、また泣きそうな顔にになる。

「え…… と、あ、昨日は店あったんだよね、ごめんなさい」
「昨日も休み! 今日も休み!」
「ええっ」

 この仕事の虫達が。

「……それだけじゃねーよ。常連客達がお前がケガしたって心配してもー、俺、対応に大変だったんだからなあ」
「……うん、ごめん」

 その時は非常に素直に謝ることができた。
 ただ。

「ドクトル―――」

 これだけは聞いておきたいのだ。何だ、と彼は問い返した。

「ねえドクトルは、いつからあたしがニセモノのルイーゼロッテって気付いてたの?」
「ロッテ……?」

 あたしとドクトルの顔の間を、マスターの金色の視線は往復する。
 確かにあたしは油断していた。彼等が「クーデター側出身」の科学技術庁長官と親しく連絡取り合う仲だと見抜くことがまるでできない程、目先のことしか見ない様にしてきた。
 だけどそれは、ドクトルの態度が終始変わらなかったせいでもあるのだ。

「最初から、知ってたんでしょ?」
「おいK…… それって」

 マスターは立ち上がり、ドクトルに詰め寄った。

「それって、あんた……」
「ああ」

 ドクトルはうなづいた。

「最初から、知っていた」
「おいっ!」
「―――私の娘は、本物のルイーゼロッテは、明るい色の髪をしていた」
「……ってつまりそれはあんた」
「いや、お前の想像とはやや違う」

 首を横に振り、ドクトルは目を伏せた。

「思い出していた、訳じゃない…… 私は記憶を、最初から失っていないんだ」



「悪いのは全て、私だ」

 ドクトルは丸椅子に座って言った。

「そもそも、最初から、私は彼女を偽っていたのだ」
「ママを……? マリアルイーゼを?」

 ああ、と彼はうなづいた。
 彼の話によるとこうだった。
 もともと彼は、現在と同じ性癖――― つまりはホモセクシュアルだったという。
 だとしたら、婦長さんの話も判る。ケルデン医師は皆の憧れだったのに、とりどりの花々の中から選んだのは、大人しいマリアルイーゼだったこと。

 ―――だってマリアルイーゼは、あの頃本当に引っ込み思案で…… ああ、ごめんね。別にけなしてはいないわよ。

 そう、それはすごく理解できる。セールス一つ追い返せないママだった。そんなひとがどうやって、皆の人気者を自分から射止めることができただろうか。
 と、したら、ケルデン医師の方から寄っていったのだろう。
 それは正解。ただ理由が問題だった。

「私は、偽装結婚をしたのだよ」

 あたしは思わず毛布をぐっ、と掴んだ。

「年齢も年齢だったし、当時の立場上、結婚をすることは必要だった。後ろ盾も欲しかった。私はこの惑星に身寄りは無かった」

 偽装結婚をしたケルデン医師は、そのままマリアルイーゼの実家の医院を継ぐことになり、ハルシャー市民病院を辞め、四人家族で生活を始めた。

「それは楽しかった。とても、楽しかった。マリアの父親も母親も、いい人達だった。私は家族というものに縁が薄かったから、彼等の裏表の無い人の良さに、喜びと――― 同時に、ひどい憂鬱を覚えてしまったんだ」
「憂鬱?」

 あたしは問い返した。

「騙していることに対して。そして彼女の思いに、自分が決して応えきれないことに対して。私は結婚したあとも、医師の一人と付き合っていたんだ」
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