未来史シリーズ⑪ベル~父をたずねてここまできたぜ

江戸川ばた散歩

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第17話 ロッテ正体ばれ、飛び出した途端。

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「おいロッテ、そんな怒るなよ、だいたいけが人ったって、そのためにこいつが待機してるんだろーに」
「マスターっ」

 きっ、とあたしはマスターの方を向く。おっ、と彼はのけぞった。

「止めようとしたことは、無いのっ?」
「だから俺はそれなりに関係が」
「それで死人が出るのはいいっての?」
「ルイーゼロッテ」

 ぴしゃ、とドクトルの声が降りかかる。

「この先、見たくないなら、さっさとハルシャー市に帰りなさい」

 有無を言わせぬ響き。

「巻き込まれることに対して覚悟ができているというなら、そういうものを見るというのも覚悟の上だろう?」
「それはそう…… だけど」
「どれだけ君にとって馬鹿馬鹿しくても、それはそれで、ここの現実だ」
「おいK、その言い方は」
「事実だろう?」

 う、とマスターは眉を寄せて、口ごもる。

「この町に居るのは、その馬鹿馬鹿しさを日常と割り切れる奴だけだ。君がそれができないなら、この医院やカフェの前の店主の様に、出て行く方がいい」

 頭がぐらり、とした。
 ―――だから、それを打ち消そうと。
 だん!
 あたしは木の床を強く踏みしめた。

「おい、ロッテ……」

 だんだんだんだんだん!

「地団駄踏んでも状況は変わらない」
「知ってるわよ!」

 だんだんだん! だけど、止まらないのだ。

「それに、ルイーゼロッテ、君のことに関しては、話をつけてある」

 ぴた。
 足が止まる。

「どういう…… こと? ドクトル」
「言葉の通りだ。君の居た学校の方には、こちらから連絡をしてある。一時的に預かっていると」
「……言ったの!?」
「君が居たのは、政府の学校だろう?」

 はっ、とあたしはあるひとの顔を思い出した。確か―――確か、あのひとは。

 ―――……本物? 
 本物だよ、ありゃ。だって俺、前TVで顔見たぜ。
 ……そうそう! あの新年番組ん時も……
 あ、俺も見たぜ? 確かにそうだ……
 でもそれが何だって……―――

 それは、いつのTVだったろう。
 それは、何の時だったろう。
 TVで「彼」の顔が流されることは実はそう無い。だから「彼」の姿を見たというのは。

「あのひとは―――あの長官は、確か……」
「遅い」

 ドクトルは短く、だけど鋭く言った。

「新しい科学技術庁長官が、クーデター側から出た、という情報くらい、君は知っていたと思っていたよ、ルイーゼロッテ」

 知らなかった訳じゃ、ない。……情報と情報をつなげることができなかっただけだ。
 でも結果は同じだ。あの科学技術庁長官と、このひと達が同じ側の人間である、ということに…… どうして気がつかなかったんだろう。
 あの時、リストを全部記憶しておけば。
 その中にきっと、「ゼフ・フアルト教授」の名もあっただろう。写真入りでしっかりと。
 ぱんぱん、と外で音がし始める。

「……ああ、始まったな」

 ドクトルはふらり、と窓の外を見る。確かにあちこちで、何かが弾けている。
 この医院の窓から見えるのは、柵向こうの道の空き地。その向こうには鉄道。空き地の横には何ってことない普通の家。やっぱり「警報」を知らされているのか、窓も扉もぴったりと閉ざしている。
 その柵の一本が突然折れた。ぞく。
 それまで、TVのモニター越しにしか見たことの無いものが、いきなり現実に迫ってくる様な気がした。ぴし、とこの医院の周りを囲んでいる木の枝にも当たったみたいだ。

「奴は君に興味を持ったんだ」
「……奴って…… 長官のこと?」
「そう。ゼフ・フアルト教授。我々の中で最も今度の政府で出世した奴かな」
「出世って言うより、あいつは御指名だったろ?」
「それでも出世には違いない。当人はどう思おうとな。―――そして奴自身、その地位を楽しんでいる。それも事実だ。政府のため、そして自分自身のため」

 あの長官が。見かけはともかく、ひどく子供じみたところがある、あのひとが。

「さてそこで、だ。何で奴が君の学校にわざわざ君をスカウトに来たか判るか?」
「あたしが有能だったから、……だけじゃないんでしょ?」
「そう。有能は有能だ。ただし、物騒な有能だ、ということもある」

 あたしはうなづく。否定できない。

「当初、君をスカウトする予定だったのは、確かにキルデフォーン財団だったんだ。ところがそのデータに誰かが不正アクセスしていることが判った」

 ち、とあたしは舌打ちをした。

「それがヘライ女史ということは、すぐに判った。今後直接のアクセスに関しては禁止された。当の本人はどうでも良さそうだった、ということだが」
「……で、あたしが割り出された?」

 しかめっ面であたしはドクトルを見返す。

「いや」

 彼は腕を組み、首を横に振った。

「そこまでは、ただの『不埒者の学生』のやったことだ、と情報管理の連中もいつもの通りに処理するつもりだったらしい」
「いつもの通りって」
「簡単なことだ。気が付かなかったか? ヘライにはそのパスワードを使用することを制限し、その上で次に使う者を割り出して逮捕すればいいだけのことだ」

 ……それは予測した。だからこそ、なるべく特定されない様な場所でアクセスし、プリントアウトしたはずだった。

「君のやったことは、ある程度有効だ。ただ、図書館のカメラの解像度に関しては読み間違ったな」
「……そう」

 ふう、とあたしは目を閉じて、思い切り深呼吸した。

「我々の資料にアクセスした者は、基本的にマークされる」
「それの何処が悪いの?」

 あたしは反撃に出た。

「だってそうじゃない! 『尋ね人の時間』、ああいう番組だってあって、政治犯のひとで、記憶消されたひとってのは、身元確かめたいってひとも多いんでしょ?」
「ねえロッテ、逆もまた、多いんだよ。しかも、中には、調べられては未だに困る奴も、多いんだ」
「マスター……」

 心臓が跳ねた。
 マスターの表情は、今まで見たことの無いものだったのだ。重い―――
 いや、違う。疲れている―――様に、見えた。

「……ともかく、それで探り当てた今度の『不埒な学生』が、十二、三の少女だったことに、さすがの情報管理局の方も焦って、一日がかりで君のプロフィルを調べあげたって訳だ」
「あたしの―――プロフィル」
「それは、ここにある」

 あ、とあたしは声をあげた。それは最近良く来ていた「ジオ」という人からの手紙だった。ずいぶんと大きいと思っていたら、……資料が入っていたのか。何ってアナログな方法。

「案外この方法は穴でね」

 ドクトルは封筒の中身をざっ、と引き出す。

「あのねロッテ。何かしらの端末を使った通信だと、そうやって君の様な『不埒な学生』あたりに聞き取られてしまうこともある訳だ。だがただの郵便には案外皆油断するんだ」

 マスターは苦笑しながら説明する。そうですか。確かにそうですよ。あたしは何も知らずに、あたしに関する資料を「はい郵便」とばかりにあなた方に渡していた訳ですから。

「そしてそのプロフィルを見て、我らが仲間の科学技術庁長官は、驚いて楽しがって、なおかつこんな面白いものを、キルデフォーン財団なんかに取られてはたまらん、と思った訳さ」
「……あたしは面白いもの、って訳ね?」

 そう言えば、あの時もバケモノ呼ばわりしたな。

 ―――でもバケモノ結構。才能は生かすべき。才能を殺すのは、罪悪に等しいさ。

 彼はそう言った。そして、こうも。

 ―――ただ惜しむらくは、その才能の使い方をよぉく知らないことだよね。

 なるほど、このことを言ってたのか。もうこっちは知ってるんだ、と。
 さすがに内容をそのまま言うのははばかったけど、あたしがその位のアタマがあるなら、こっちの意図を読みとってみろ、と。

「でももう三ヶ月経ってるわ。いい加減、あたしは退学にでも何でもなっていて、おかしくないはずよ」
「それは止まってる」
「つまりねロッテ。……君がここに来てから、すぐに俺達は仲間に連絡取ってしまってたんだよ」
「……嘘……」
「だけど嘘というなら、君もそうじゃないか?」

 ドクトルは出した資料をぱらぱらとめくる。はっ、とあたしはその意味を察した。

「……止めて」
「君の本名はルイーゼロッテ・ケルデン。……現・本籍地、マジュット県ハルシャー市。ただし……」
「止めてってたらーっ!」

 あたしは耳を塞ぐ。

「いいわよ、出てくわよ! ここから、出てく!」

 だから、だから、その先を、言わないで!
 少なくとも、あなたの、口から!
 あたしはそのまま、扉の方へと駆けだした。

「おいロッテ!」

 マスターの声が背中から追いかけて来る。追わないで欲しい。
 ばたん。
 扉を開けて、大きな音をさせて閉じる。マスターはその扉から身体半分出して、とびきりの大声で叫んでいる。凄い声。もの凄いヴォリューム。

「おい今の状態が判ってんのかお前! ロッテ! ルイーゼロッテ!」

 今の状態? 何だっけ。ええと。
 メインストリートに、一歩、足を踏み出した時だった。

「う」

 背中を、ひどい力で、どつかれて。
 前のめりに、倒れて。
 ああやだ、鼻でもぶつけたらどうすんの。これ以上馬鹿にされるとこがあったら。綺麗だったママに似てないって言われるとこが増えたら。
 だって。だってあたしは。

「双方停止ーっ!! 中断ーっ!!!」

 強い力で、あたしは自分の身体が持ち上げられているのが判る。びんびんに響くマスターの声。

「馬鹿やろう!!」

 ねえ、それが最後なんて、嫌な言葉じゃない?
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