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第16話 「遊びで本気の殺し合いする訳?」

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「……何だよロッテ、ずいぶん難しい顔して」

 マスターは丸椅子の上で膝を抱えているあたしを不思議そうに眺めた。

「ほいカフェオレ。ミルクたっぷり、甘みたっぷり」
「あ、ありがとー」
「今んとこはいいけど、忙しい時には忙しいぞー。今日は」
「いいけど」

 あたしはカフェオレをず、とすすった。

「あたしは今日、何をすればいいの?」
「何って…… 言ってもなあ」
「まあ、気絶しなければ、いい」

 ほい、とマスターは口をはさんだドクトルにもカフェオレを渡した。

「気絶!?」
「けが人がやって来るんだ。今日は連中の貸し切り。だから、俺もお前もそのお手伝いな訳よ。お前、血は大丈夫?」
「……い、一応」
「生理は来てるか?」
「な」

 ドクトルの言葉に思わずあたしは顔が熱くなるのを感じた。

「十三にしては、発育が悪い」
「悪かったわね! ちゃんともう毎月毎月来てるわよ!」
「あ、それは俺も保証する」

 マスターは片手を挙げる。あたしはその頭を無言で張り手した。

「なら大丈夫だ」
「……なら、って何よ」
「女の方が血には強い」
「あ、それは言えてる。……俺も参ったもんなー、当初は」
「スプラッタの方がましって、前、言ってたじゃない」
「あのねロッテ、自分がドンパチの主人公になる場合と、観客の場合じゃ違うんだよ」
「主人公になられてたまるか」

 ぼそ、とドクトルはつぶやく。おや、とあたし達はそろって彼の方を向いた。

「何、パパさん、それは父性本能って奴ですか?」
「馬鹿野郎、そうでなくても、これ以上そういうことがあるのは良く無いだろうが」

 はいはい、とマスターはにやにやと笑った。そしてちょいちょい、と窓の外を指さす。見ろ、ということだろうか。
 あたしはガラスにぴったりと顔を押しつけて、メインストリートの左右に目をやった。よく晴れて、ちょっと風の強い日。メインストリートには砂ぼこり。

「右から来るのが、アンテパスティ一家。左から来るのがゴヴリーン組」
「……もろギャングじゃない……」
「いや一応、アンティパスティ一家は、食品産業の方にも手を出しているし、ゴヴリーン組は、人材派遣業という奴が建前だ」
「建前ってことは」
「つまりアンティ一家は」

 彼は省略する。まあ確かにあまりフルネームで言いたい名前ではない。……料理と間違えそうだ。

「食品流通の方が建前でね。だからウチに当初金を貸してくれてたのはあっち」
「……もしかして、ウチに材料とか卸してたりする?」
「いんやそれは無し。それやっちまうと、後でややこしいじゃんか。だからそれは『アンデル』の業者使ってるよ。だいたいそもそもどーしていちいち隣町の業者通さないといけないよ」

 それはそうだ。

「ただ食品と言ってもイロイロありまして」
「はあ」

 あたしはうなづく。

「食品の箱の形をしていれば、中のものは何か判らない、ということも大有りでしょう」

 と中央TVのニュースキャスターの声でマスターは言った。

「と言うことは…… 密輸?」
「正解」

 にや、とマスターは笑った。

「一応マトモな食品の箱の中には、マトモでない食品が入ってたりもする訳さ。例えば幻覚キノコとか」
「……違法でしょ」
「違法すれすれ。こーゆーとこが姑息っーか何つーか。ロッテお前、ミラクルマッシュルームって知ってる?」
「ウチの学校で退学になった馬鹿が居た」
「そーゆーこと。退学だけで済んだでしょ」
「あ、そか」
「成分に依存性が無いものは一応法律では取り締まっていないけど、それによって幻覚見た奴が犯罪起こす確率が高いモノ。そーゆーものをこっちからあっちへ流す商売、というものはやってるワケよ」
「……一応違法では、ない、と」
「そ。でも数年以内には違法になるけどね」
「本当?」
「本当。それは確実な情報」

 ……そんなもの、何処で仕入れるんだ? そう思ったが、顔をしかめただけで、あたしは口には出さなかった。
 この人達には時々そういう所がある。何処からか判らない「確実な情報」というのが時々やって来る。
 そしてマスターときたら、そんな貴重だかんだか判らない情報を、結構あたしにはぽろぽろ流す。彼があたしのことを信用しまくっているとは思えないのだけど。
 わからん人だ。全く。

「で、だロッテ、向こうのゴヴリーン組は」
「……ゴヴリンってあたりが既にとっても怪しいんですが」
「小鬼? 確かに」

 あはは、とマスターは笑った。

「ま、あそこはあそこで、いろーんな仕事に人材を派遣する、……いろーんな、仕事にね」
「いろんな?」
「例えば運び屋とか」
「……じゃあ市場は違うじゃない」
「だから、あくまで『抗争』。何っか、血が騒ぐんだってさ」

 何それ、とあたしは目を丸くした。

「あれは、ああいう連中なんだ」

 とドクトルが口をはさむ。

「時々ドンパチをやらかさんと、血が騒ぐんだ。だったら町民に迷惑かけるより、時間限定でやらかした方がいいだろう。そのために『警報』を出す様には双方に言ってある」
「……じゃあ抗争って言っても、それって遊びみたいなものなの?」
「いや、本気だ」

 ドクトルはすっぱりと言う。

「本気で、銃の撃ち合いをするのは確かだ。けが人も出るし死人も出たこともある」
「ばっかじゃないの!! 遊びで本気の殺し合いする訳?」
「馬鹿かもしれないが、連中にはそれが必要なんだ」
「……わっかんないよ」

 あたしはどん、とカップをデスクの上に置いた。カフェオレが跳ねた。デスクに滴が飛んだ。
 おじーちゃんの医院にあったのと良く似た、木製の大きなデスクだ。その上にはきちんとカルテが立てられて整頓されている。

「だって銃、本物なんでしょ?」

 ああ、ドクトルはうなづいた。

「何それ。何だってそんなことしたい訳? 死んだら哀しいじゃない! 周りのひとも。馬鹿と違う!?」
「うん、馬鹿だ。すっげー馬鹿。だけど、せずには居られないことってあるだろ」
「マスターまで……」

 あたしはぎ、と唇を噛みしめた。
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