未来史シリーズ①君の居る空の下~建築を愛する二人はまた巡り会う。

江戸川ばた散歩

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第12話 キュア・ファミ、コヴィエで運動

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「おーい、今日の話し合いの結果、タイプしておいてくれたか?」

 現場監督はひょい、と隣室に顔をのぞかせた。かちゃかちゃという旧式の端末を叩く音が、途切れる。洗いざらしのTシャツとジーンズの青年達が、数名、顔を上げた。

「すいません、まだ途中です…… 専門用語が多くて、何か詰まっちまうんですよ」

 ふう、と現場監督はため息をついた。
 しかしここで言葉を荒げてはいけない。何せ彼らはボランティアなのだ。現在彼が運動の本拠地としているのも、この地元の学校の校舎の一室であるし、その機材を借りて成り立っているのだ。

「そう疲れてないでくださいよ、監督。皆一生懸命は一生懸命なんですから」
「それはそうなんだけどな、ヨギ」

 監督は好き勝手に跳ね回る髪の毛をうるさそうにかき回し、バンダナを巻き直す。だったらもう少し切ればいいのに、と皆こっそりつぶやいているのだが、本人はそんなことはお構いなしに、ずっと同じくらいの長さを保っている。

「それに、もうじきそういった分類とかファイリングのエキスパートが来るってことじゃないですか。もうじきですよもうじき」
「そう言えばそうだったなあ。うん。そうしたらもう少し、偉いさん方を動かせる様なびしっとしたデータが作れるんだけどなあ」

 まあコーヒーでもどうぞ、とヨギと呼ばれた青年はあらかじめポットに入ったそれを紙コップに入れると、監督に差し出した。

「それにしても、君はよく働いてくれるな、ヨギ。大変だろうに。ここの連中をまとめるにしても、そもそも君だって仕事はあるのだろうに」
「まあそれは…… 俺は一応ここの集団の中では年長者だし…… 仕事は、皆同じだし。それに何と言ったって、好きですからね。ここの建物が。キュア監督も、お好きだから、こうやって、わざわざ仕事を中断していらしたのでしょう? 有名な建築家のくせに」

 ははは、と監督は乾いた笑いを浮かべた。

「有名という訳ではないよ。そうだな、確かに俺は、辺境では有名かもしれんな。そっちを専門にやってきたから。でもここではそうでもないだろう? コヴィエは辺境という程辺境じゃない」
「ええそうです。それでいて、結構歴史が古い。だから下手に狙われたりするんですよね。そのあたり質が悪い。軍用施設に徴収されるだけならともかく、取り壊して建て直そう、なんて…… 冗談じゃないですよ」
「そうだな。全くだ」

 そして思い出したかの様に、監督はヨギに訊ねた。

「そう言えば、そのエキスパート、何って名前だったかな。女性だったとは聞いているが」
「えーと…… 何って言ったかな。ああそうそう、フォーレン夫人とか」
「ミセスか」
「あ、でも未亡人だそうですよ」

 そう言ってから、ヨギはちら、と意味深な視線を向けた。

「だからって、手出しはしないでくださいね」
「俺が一体何をするって」
「いやあまりにも監督、今まで女気なかったじゃないですか。何がどう起こるか判りませんからねー」

 馬鹿、と監督はヨギの頭を軽くこづいた。

   *

「フォーレンです。よろしくお願いします」

 そう言って、遠方からはるばるやってきたという女性は、深々と頭を下げた。

「……おい本当にミセスなのか?」
「しかも未亡人だってよ。信じられるか?」

 ボランティアの学生達はざわめく。黒い長い髪を後ろで緩い三つ編みにまとめたその女性は、「ミセス」とか「未亡人」という単語から想像される姿とはかけ離れていた。
 ただこれだけは言えるな、と握手の手を出した監督は思う。いい育ちのお嬢さんだったのだろう、と。彼はそんな女性を知っていた。
「はるばるようこそ、フォーレン夫人。ウェストウェストからの旅は長かったことでしょう」
「いえ、それほどでは。昔はもっと長い船の旅をしたこともありますわ」

 彼女は微妙な笑いを浮かべる。何となくヨギはそれを見て、あまり表情の変わらない人だな、という印象を受けた。
 監督は早速、とばかりに彼女を「仕事場」へ連れて行った。そこにはいつもの通り、ボランティアの学生が多数「作業」に取り組んでいた。

「あなたにはここで、彼らと共に、我々の収集したデータの分類をお願いしたいのです。ただ皆基本的に素人ですから、あなたがリーダーとなって進めていただけると、ありがたいのですが」
「それで皆さんはよろしいのですの?」
「見てやってください。この期待の目を!」

 彼は苦笑しつつ、学生達を指す。あらあら、と彼女はすがる様な目で自分を見る学生達に微笑んだ。

「わかりました。できるだけのことはさせていただきます。私もここの建物は大好きですもの」
「ご存じなのですか?」
「ええ。そうでなければ、わざわざ長い旅はしませんことよ」

 ふふふ、と彼女はそう言ってまた笑った。

   *

「お疲れさまあ」
「お疲れさまです。また明日」
「また残りですか? ミセス・フォーレン」

 夜になり、学生達が一人二人と作業場から消えていく。彼らが入れたデータを一通りチェックし、間違いを正し、とりまとめるのが、彼女の日課だった。
 しばらく静かな部屋に、彼女の打つ端末のキーの音だけがかたかたと響く。と、扉をノックする音が聞こえた。

「はい?」

 彼女は答える。ダーリニイです、という声とともに、監督は扉を開けて入ってきた。

「まあ監督。どうしましたの? もう皆帰りましたよ」
「ええ。でもあなたは仕事を続けてますね」
「それはもう。これが私のお仕事ですから」
「お若いですのに」
「あらそれは皮肉ですこと?」

 くす、と彼女は笑った。ふと見ると、その手には何やら大きな紙袋があった。

「何てすの、それ」
「ああ、そうそう。もう少しかかるなら、ご一緒に食事でも、と思いまして」

 監督は中から、近くの店で調達してきたらしい、ホットドッグとサラダとコーンポタージュのパックを取り出した。ほんの少し前に買ってきたらしく、ふたを開けたポタージュのパックからは湯気が立っている。

「あら美味しそう」
「でしょう。でも、よく学生達からは、有名な建築家らしくない、と言われますがね」
「確かにそうですわね」
「俺は別に『有名な』建築家になってるつもりはないんですけどね」
「なりたかったことは、ありますの?」

 ポタージュの厚手のカップを両手でくるむように持ちながら、彼女は問いかけた。ええ、と監督はやや照れくさそうに答えた。

「若い時の話ですよ。ウェネイク大学に居たこともあるんですが……結局あそこの体質に耐えられなくて、出てしまいました。それからはもう、現場現場、ですね」
「そのお話、もう少し聞きたいですわ」
「大した話ではないですよ」
「聞いてみなくては判らないでしょう?」

 フォーレン夫人は口元をひゅっ、と上げた。

「そうですね…… 当時は俺も、血の気の多い学生でしたから、もう少しで卒業ってとこで、教授に楯突いてしまったんですよ」
「あら勇ましい」
「そんなものじゃないです。今から考えれば、確かに、あの派閥抗争がはなはだしい学界で、分野トップの位置でありつづけるというのは、単に純粋に建築学のエキスパート、優秀なアーキテクト、というだけじゃいけなくて、周囲の、色んなしがらみ、それこそ軍の力も借りなくてはならないこともある訳ですよ。もしかしたら、軍の要請を受けないことには、後でウェネイクの建築学部自体の立場がまずいことになったかもしれない、と思うこともあります」
「それで納得してしまったのですか? その時の楯突いた教授には」
「いえ」

 彼は苦笑する。

「無理でしょうね」
「あらどうして。何かすごい要請を軍から受けていたのでしょう?」
「……例えば、『見せしめ』のために、このコヴィエの建物を一気に破壊する、ということがあったらどうします?」
「それは、許せませんね」

 彼女はきっぱりと言う。

「でしょう? だけどその時俺の教授だったひとは、そういう時の効率の良い破壊工作の方法を軍に教えるために出向いていったのですよ。……だから自分の選択はそう間違っていないと思いますよ。今になっても」
「それは正しいことだと思いますわ。でも、それでも振り切って行くのには、勇気が要ったでしょう?」
「ちょうど当時、恋人を亡くしたんです」
「あら」
「そうですね、彼女もあなたの様に、いい所のお嬢さんだったんですが、……ちょっとそういうタイプではなかったですね」
「それは彼女に対して誉めているのかしら?」
「うーん…… 誉めているというと、あなたに失礼だし、でもけなしている訳ではないし」
「正直な人ですね」

 くすくす、と彼女は笑った。

「まあそういうことはどうでもいいです。だからその頃、もう何が何でもどうでもいい、と思っていたのかもしれませんね。結果としては悪くはなかった訳だし」
「今でも、その彼女のことは…… 失礼ですが、ご結婚は?」

 彼は首を横に振った。

「何となく、その気になれなかったんですよ」

 はあ、と彼女はうなづいた。

「彼女はこのコヴィエで空襲に合って死んだ、と聞きました。ここの建物を卒業研究のテーマに選んだので、当時危険度Bだったにも関わらず、やって来たんです。今はそれでも危険度CマイナスからDですからいいですが……」

 彼はそこで口を閉じた。手にした食事に、なかなか口を付けられずにいる。

「そんなに思われればその方も本望でしょうね」
「いえ」

 彼は首を横に振る。

「一年前のことです。ちょうど俺は大きな仕事が終わったばかりだったんですが、そんな時に、このコヴィエの建物が、軍から取り壊し命令が出ている、ということを聞いて、居ても立ってもいられなくなったんです。……でも、その時まで、すっぱり、彼女のことは忘れていました」
「すっぱり?」
「ええ、すっぱり。忘れようとした訳ではないけれど、忘れたかったのかもしれません」
「辛すぎて?」
「でしょうね。でも、コヴィエのことを聞いてから、どうしても、思い出さずにはいられなかった。彼女があれほど好きだった場所に、俺も行ってみたかった。そして」
「彼女の好きだったものを守りたいと思った?」

 彼は顔を上げた。

「だったら、嬉しいわ」
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