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第二章 浮気した義兄のもとへ問い詰めに行ってみた

②マルミュットは静かに怒っている

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「先日カイエ様のところにお姉様のお使いで参りましたの」
「うん」
「その際、色々なことを伺いまして」
「色々なこと」
「ええ、何よりお義兄様とのことを」

 嗚呼、とばかりにお義兄様――いや、まあもういい、義兄としておく。
 いや突然現れたお姉様の子供というのが、このひとの浮気の結果だと分かるまでは、お父様の弟子の一人、何よりお姉様の夫をやれている人として、それなりに私としても敬愛していた訳だ。
 だがしかし!
 だがしかしだ!
 お姉様と結婚していて家庭を築いているというのに!
 少なくともお姉様が旦那様として立てようと努力しているのが分かるのに!
 そんなお姉様を裏切る様な真似をするなんて!
 まずそれだけでも私の彼に対する評価は地に落ちた。
 その上相手がお姉様の親友。
 この時点で評価は地にめり込み。
 更にそれをちょっとしたミスでお姉様に気付かせてしまい。
 更には相手のカイエ様を妊娠させてしまい。
 更に更にその件でどうにもできなくなって結局お姉様に泣きついたあたりで、ついに彼の評価だの信用だのは地の底まで行き果てた。
 要するに私は今この目の前にいる男に対し、もの凄く、ものすごーく! 怒っているのだ。
 ただ私の――いや、これは私達姉妹共通しているのかもしれないが、芯から怒ると頭の中が恐ろしく冷静になり、ついつい笑顔が溢れてしまう。

「でもまあ、それはおいおい。それよりまずお義兄様、ずっと前からお聞きしたいことがあったんですが」
「え?」
「いえ、まだカイエ様のことが起こる前のことですが。お義兄様、その時点でもう結婚して三年?」
「四年だったかな」
「お姉様に子供ができないこと、何か言ったりしました?」
「いや……」
「そうですか、じゃあもう一つ、お義兄様って、朝機嫌が悪い方ですか?」
「君は何を?」
「あ、いえ、あの頃時々聞かされていたものですから。お姉様がせっかく用意した朝食だのコーヒーだのに、いちいちケチをつけられていたとか何とか。お姉様がそう家事的な器用さを持っている訳ではないことはお義兄様ご存じだったでしょう?」
「ああ。だからそんなに家事が厄介だったら、メイドを通いでなく、今のミニヤの様に住み込みにさせればいい、と僕は言っていたよ」
「でもお姉様が拒否したんでしたね」
「何だい、知っているんじゃないか」
「お姉様は倹約なさってたから、でしょう? その理由もご存じなかった?」
「ああ、トリールは夢みたいなことを言っていたな、何年かこうやって倹約節約していたら僕が上の学校に行けずに研究できなかったことをさせてあげるとか言っていて」
「そうなんですか」

 夢の様な話?
 トリールお姉様は夢で済ませる様なひとじゃない。
 だいたい何故今こうやって住み込みメイドが使えていると思っているのだ。
 いやそれだけじゃない。
 今カイエ様が郊外に借りている家。
 あれもお姉様が出しているはず。
 いやそれ以前の産科への入院にしても結構長い期間だったはず。
 向こうのお義父様にそのお金を無心する訳がないのだから、それはお姉様が用立てた訳だ。
 つまり、それだけのお金を義兄の知らぬ間に貯めていたということだ。
 ちなみに義兄の稼ぎは悪くはない。
 それなりに名の通った会社で専門の技師をしているのだから、たとえ最高学府には行けなかったとしても、同じ年頃の庶民に比べればずいぶんと貰っているはずだ。
 だからお姉様は本気で数年、義兄が最高学府で研究できる様な資金を貯めていたのだと思う。
 お姉様は計算はとても得意なのだ。
 だがそういうところは義兄には見えなかったのだろう。
 それに。

「夢の様だとおっしゃいますが、お義兄様、上の学校にもう一度挑戦して学位論文を書くとかする気はないのですか?」
「今更」

 彼は自嘲気味に笑った。 
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