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1 今は昔、それは出会いの四月。
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これは昔の話だ。
今となっては何でそこまで悩んだんだ、ということも。
その時はただ一生懸命だった、という自分の記録だ。
そんな、二十年がところ昔の話だ。
***
……まだかなあ。
気がつくと、僕は何度も何度も壁の時計に目を走らせていた。
もう九時だ。
九時だというのに、なかなか新入生歓迎のコンパは終わる気配を見ない。
あっちのボックス席では、一発芸を披露して爆笑を巻き起こしてるひとがいる。
こっちでは、カラオケの曲を選ぼうとマスク片手で必死でページをめくってる女の子達。
画面では何かのバンドのプロモーションビデオが流れている。
誰だったかなあ。
いまいち思い出せない。
聞いたことはあるんだけど。
クラスのオリエンテーションの終わった後、流される様にここまで連れて来られてしまった。
最初に僕に声をかけたのは誰だっただろう?
確か小柄な男子だったような気はするんだけど。
記憶力って奴が僕は良くない。
この場に居るのは、入学したばかりの専門学校のクラスの総勢二十五人。
それに幹事を引き受けてくれた上級生有志。
何にしろ、合わせるとかなりな人数だ。
店もこの日は貸し切り。
僕の通っていた高校のあった田舎にもあった、全国チェーンのものだった。
ああそうそう、もしかしたら、女の子目当ての先輩もこの中には居るかもしれない。
何かすごい勢いで皆仲良くなってる。
出会ったのは、つい数時間前? だというのに。
今日は午前中に入学式があって、午後が授業の説明のオリエンテーション。
GD科は二年制。
じゃあ今年は何の授業をするのか、時間割は、その時に必要なものは、来年は広告と編集のコースに別れて、とか色々説明を受けて。
僕の頭は結構パンク状態。
そんな状態でクラスの連中と顔を合わせたんで、覚える余裕なんてまるでない。
それにしても。
七時から始まったんだから、そろそろ一次会という奴はここで終わってもいいはずなのに。
そうしたらさっさと帰るつもりだった。
だって新入生歓迎って言ったって、明日にはもう授業が始まるんだよ?
そんな、二次会三次会、なんて出てて、起きていられる自信は僕にはない。
何時なんだろ。
貸し切りってことは、もしかして閉店までなんだろうか。そうすると十時?
何となく嫌だなあ。
そんなことをつらつらと考えていたら、ちょっとかすれた声が、耳に飛びこんできた。
「あ、お前コップ空っぽじゃねーの。すいませーん」
斜め前に座った小柄な奴が、めざとく見つけて、店員を呼ぶ。
あ、そういえばこいつだ。
名前は。えーと。
「オーダー追加お願いしまーす。えーと」
「あ、僕は……」
手を振って、次のオーダーなんか止めさせようとする。
酒は強くない。
いや殆ど初めてと言ってもいい。
高校時代だってそういう友達はほとんどいなかった。
いても僕に無理強いすることはなかった。
「またお前、そんなこと言って。だめだめ。あ、これ美味そう。ほら」
そう言って、斜め前の奴は、金髪の店員が持ってきた写真入りのメニューを僕に向ける。
オレンジジュース?
だったらいいかも。
軽くうなづいてみせる。
「じゃ、店員さんこれね」
金髪の店員は、首を傾げながら黙って伝票に何やら書き付ける。
そしてメニューを持ってだるそうにその場から去った。
でかい人だなあ、と思った。
金髪かあ。
茶髪は今は珍しくはないけど、ああいう色思いっきり抜いて、おまけに背中の半分まである金髪。
バンドマンかなあ。
「ああまたぼーっとしてる!」
「あ、ごめん……」
「いいけどな。何っかお前楽しそうじゃないよ、アトリ」
「え?」
びっくりして僕はそいつを見る。
「僕の名前、知ってるんだあ」
ああーっ、とそいつはその場に突っ伏せた。
何をこのひとは脱力してるんだろう。
今となっては何でそこまで悩んだんだ、ということも。
その時はただ一生懸命だった、という自分の記録だ。
そんな、二十年がところ昔の話だ。
***
……まだかなあ。
気がつくと、僕は何度も何度も壁の時計に目を走らせていた。
もう九時だ。
九時だというのに、なかなか新入生歓迎のコンパは終わる気配を見ない。
あっちのボックス席では、一発芸を披露して爆笑を巻き起こしてるひとがいる。
こっちでは、カラオケの曲を選ぼうとマスク片手で必死でページをめくってる女の子達。
画面では何かのバンドのプロモーションビデオが流れている。
誰だったかなあ。
いまいち思い出せない。
聞いたことはあるんだけど。
クラスのオリエンテーションの終わった後、流される様にここまで連れて来られてしまった。
最初に僕に声をかけたのは誰だっただろう?
確か小柄な男子だったような気はするんだけど。
記憶力って奴が僕は良くない。
この場に居るのは、入学したばかりの専門学校のクラスの総勢二十五人。
それに幹事を引き受けてくれた上級生有志。
何にしろ、合わせるとかなりな人数だ。
店もこの日は貸し切り。
僕の通っていた高校のあった田舎にもあった、全国チェーンのものだった。
ああそうそう、もしかしたら、女の子目当ての先輩もこの中には居るかもしれない。
何かすごい勢いで皆仲良くなってる。
出会ったのは、つい数時間前? だというのに。
今日は午前中に入学式があって、午後が授業の説明のオリエンテーション。
GD科は二年制。
じゃあ今年は何の授業をするのか、時間割は、その時に必要なものは、来年は広告と編集のコースに別れて、とか色々説明を受けて。
僕の頭は結構パンク状態。
そんな状態でクラスの連中と顔を合わせたんで、覚える余裕なんてまるでない。
それにしても。
七時から始まったんだから、そろそろ一次会という奴はここで終わってもいいはずなのに。
そうしたらさっさと帰るつもりだった。
だって新入生歓迎って言ったって、明日にはもう授業が始まるんだよ?
そんな、二次会三次会、なんて出てて、起きていられる自信は僕にはない。
何時なんだろ。
貸し切りってことは、もしかして閉店までなんだろうか。そうすると十時?
何となく嫌だなあ。
そんなことをつらつらと考えていたら、ちょっとかすれた声が、耳に飛びこんできた。
「あ、お前コップ空っぽじゃねーの。すいませーん」
斜め前に座った小柄な奴が、めざとく見つけて、店員を呼ぶ。
あ、そういえばこいつだ。
名前は。えーと。
「オーダー追加お願いしまーす。えーと」
「あ、僕は……」
手を振って、次のオーダーなんか止めさせようとする。
酒は強くない。
いや殆ど初めてと言ってもいい。
高校時代だってそういう友達はほとんどいなかった。
いても僕に無理強いすることはなかった。
「またお前、そんなこと言って。だめだめ。あ、これ美味そう。ほら」
そう言って、斜め前の奴は、金髪の店員が持ってきた写真入りのメニューを僕に向ける。
オレンジジュース?
だったらいいかも。
軽くうなづいてみせる。
「じゃ、店員さんこれね」
金髪の店員は、首を傾げながら黙って伝票に何やら書き付ける。
そしてメニューを持ってだるそうにその場から去った。
でかい人だなあ、と思った。
金髪かあ。
茶髪は今は珍しくはないけど、ああいう色思いっきり抜いて、おまけに背中の半分まである金髪。
バンドマンかなあ。
「ああまたぼーっとしてる!」
「あ、ごめん……」
「いいけどな。何っかお前楽しそうじゃないよ、アトリ」
「え?」
びっくりして僕はそいつを見る。
「僕の名前、知ってるんだあ」
ああーっ、とそいつはその場に突っ伏せた。
何をこのひとは脱力してるんだろう。
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