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27 久しぶりのひとと新たな出会い

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「あらあ」

 休み明け、食堂で久しぶりに会ったノゾエさんは見事に日焼けしていた。
 今日のA定食のスパゲッティのサーモンクリームソースセットを手にした彼女はすとん、と僕の前に陣取った。

「元気だった? アトリ君。……あれ? 何か、君、顔、変わった?」
「え? 何か変ですか?」

 僕は問い返した。

「や、何か、前よりかわ…… いや、綺麗になったんじゃないの?」
「綺麗ってノゾエさん、何ですかそれ」

 僕は慌てて手を振る。詰まった言葉も予想はつく。
 だけど、そういう彼女の方が僕にとってはよっぽど綺麗に見えるのだけど。
 きっとまた、いつもの様にあちこちを回ってきたのだろう。

「休み中、何処か行ってました? また」
「うん。今度は九州」
「へえ」

 九州。そういえば、アハネの故郷はさらに向こうだ。

「そうだね、だいたい二十日間くらい、九州の中をうろうろしていたよ。一泊三千円くらいの安宿とって」
「へえ…… よく焼けてますよ」
「うん。時間のある限り回ってやろう、って思ったからね。今回は」
「今回は?」
「ま、今度はちゃんと進級しなくちゃまずいでしょ。さすがに」
「進級」
「アトリ君はそういう心配はないだろうけど」
「心配…… うーん……」

 僕は少しばかり言葉を濁す。
 正直言って、実は心配だった。
 バンド活動に身が入るにつれて、僕の学校の方の課題に向ける熱意は減っていた。

「何だあ? すごーく情けなさそうに!」
「ちょっと…… 危ない」
「はあ!」

 僕はそう言いながら、スプーンでカレーライスをかき回した。

「何でまた。君ずいぶんまじめそうだったのに」
「まじめとまじめそう、は違うんですよ~」
「何でまた」
「バンドが」
「バンド…… ちょっと待ってよ、アトリ君、もしかして、まだ、続けてるの?」
「まだ、って何ですか」
「試しで入る、って聞いた時だって信じられなかったわよ? だって、あの男のバンドでしょ?」
「そういう言い方、よしてくださいよ」

 僕は少しばかりむっとした。

「音楽には、まじめなんですよ?」
「それはそうなのかもしれないけど」

 彼女は眉間にしわを寄せながらも引いて、スパゲティのサーモンクリームソースをからげ出す。
 そして器用にくるくるとフォークだけで細いスパゲティを巻いて口に運ぶ。

「……最近、そのバンド、……何って言ったっけ?」
「RINGER」
「そうRINGER。どうなの?」
「最初の頃よりは、慣れてきたから…… 今度、見に来ます?」

 そういえば、そうだった。
 慣れてきていた。
 と言うか、ステージでの格好を変えたあの時から、僕は変わった。
 ケンショーの言うところの鎧だ。
 別に僕の中身がどう変わるという訳ではないけれど、派手な格好をすることによって、むやみやたらな緊張から僕が解放されたのは確かだ。
 それに。

「行ってもいいなら。……ああ、でも君、あの友達も行ったことあるの?」
「友達? アハネ?」
「そう、そのアハネ君」
「ああ、そういえばまだあいつ、故郷のほうから戻って来ないんですけど…… そろそろ戻ってくるかな?」
「だったら彼も一緒にしてよ。あたしだけ誘うと、それはそれで、何か良くないと思うけど」

 そうかなあ、と僕は首を傾げた。



 服を着替えて、鏡に向かって、髪とメイクを整える。
 それは僕にとって、ライヴの前の儀式のようなものだった。
 それが、楽屋とも言えない、ライヴハウスの奥の狭っ苦しい空間だったとしても、だ。
 もっとも、今日のライヴハウスは、その空間がいつもより広かった。
 ACID-JAM。
 僕は初めてだった。
 出演するのだけではない。
 爆発した様な髪の、綺麗な女性が時々出入りしている。
 どうやらこの店のスタッフらしい。
 Tシャツにくるまれた大きな胸の上に店の名前が白抜きで入っている。

「上手ね」

 鏡に彼女が入ってきた時に、はっと僕は顔を上げた。

「でも、口紅はも少しラインをくっきりさせた方がいいんじゃない?」

 彼女は僕の手から口紅を取り、袋の中のメイク道具をがさごそと探ると専用の筆を取り出した。

「じっとして」

 その筆が、すっ、と僕の唇の上を動く。
 ほら、と彼女は鏡を僕に手渡した。
 確かに、何となく印象が変わる。

「うんやっぱり、その方がいいわ」
「あ、ありがと…… えーと」
「初めて? あたしはナナよ。覚えておくと便利よ」
「ナナさん?」
「演奏が終わったら、飲み物は何がいい? 後ろのカウンターへ取りに来ればいいわ」

 そう言うと、彼女はさっと立ち上がってその部屋を出て行った。
 僕はあっけに取られてその後ろ姿を見ていた。
 色んな人がいるものだ。
 僕は、と言えばそのテンポには相変わらずついて行けてない。

「支度できたか?」

 ケンショーが入れ替わりの様に入ってくる。

「あれ、ちょっと顔変わった?」

 奴は目を細めてみる。

「あんたの目でも。そう思うの?」
「何となく」

 だとしたら、あのひとは上手いんだ、本当に。

「ケンショー、ナナさんって知ってる?」
「ナナさん? ああ、ここのスタッフの? まあな。あ、でもお前、あのひとは駄目だぞ」
「え?」
「あのひとは、BELL-FIRSTのノセさんの彼女だし」

 何を言ってるんだろ。この男は。
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