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35 オズさんの見てる先
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しかしそうこうしているうちに、僕は本格的に学校に行かなくなってしまった。
アハネと顔が会わせづらい、ということもあった。
バイトとバンドはどっちも忙しかった。
特にバンドの方は、秋の終わりに作った配布カセットの評判も良く、ライヴの動員数も増えてるみたいだった。
ただ、このカセットには写真を使えなかった。
あの時のことがどうしても頭に引っかかって、せっかく撮った写真なのに、僕はずっとカバンの中にしまったままだった。
代わりに、と二色でなるべく「お洒落な」デザインのインデックスを作って見せたので、メンバーにはうなづいてもらった。
いや実際、写真を使ってフルカラー印刷を百枚も二百枚も刷るだけの余裕が無かったというのもある。
単色カラーの方がまだコストは低い。
「やっぱりいい感じになったねー」
とそのサンプルをカセットケースに入れた時、オズさんは言った。
「そうかなあ?」
「うん。俺的には、部屋の中に転がしておいて、友達が来た時恥ずかしくて隠したくなるような奴は嫌だからね」
「友達、ですか?」
僕はにや、と笑ってオズさんに訊ねる。
知ってるんだ。
この間、さっぱりとした感じの女性が一緒だったこと。
「……あ、めぐみちゃん、どっかで見たのか?」
「まあ一度。いい感じの人ですね」
「紗里はそういうんじゃないよ」
「でも、よく部屋に遊びに来るんでしょ?」
「時には寝たりもするけどね。だけど友達。……あー…… も少し言えば、昔の恋人」
「ええええええええ?」
「……そんなに驚くか?」
オズさんは露骨に嫌そうな顔をした。
だって、そんなに驚いた、から久々に声を張り上げてしまったのだ。
「高校ん時、田舎でそういう関係だったの。だけど俺がこっち来てから、自然消滅って感じだったんだけど」
「でも、こっちに居るじゃないですか。……まさか追って?」
「そのまさか…… と言いたいとこだけど、残念でした」
僕は首をかしげる。
「あいつは向こうで高卒でOLやってたんだけどさ、何かそれだけではやりきれなかったらしくって、大学受け直したんだよ。四大」
へえ、と僕は目を大きく広げた。
それはすごい。
「だからそーだな、今就職活動の真っ最中なんだわ。大変そうだよ」
「へえ」
「俺にはよく判らんけどさ、一浪で四大で女、ってなると、何か就職も大変らしいよ。それなりにちゃんとしたとこ、探そうとしたら」
「……ふうーん……」
ひたすらうなづくしかなかった。
前向きな人なんだな。
「めぐみちゃんは、どうしようと思ってる?」
「どうしようって?」
「いや、就職」
「え」
その単語が、バンドメンバーから出るとは僕はさすがに思ってなかった。
「だってさ、一応デザイン関係の仕事つきたくて、あの学校入ったんだろ?」
「んまあ、そのつもりだけど」
休んでばかりだけど。
「手に職があるってのはいいらしいぜ。あいつが言うには。だから紗里の奴も、何か紺色のスーツ着て、慣れないヒールはいて就職活動しながら、資格も取ろうっての。いや~ 俺には絶対真似できない」
「僕は」
言いかけて、詰まった。
オズさんはん? と首をかしげる。
「でもまだ、時間はあるから」
「まあ、そうだよな。めぐみちゃんはまだ若いし」
そう言って、子供にそうするように、僕の頭を撫でた。
「オズさんだって若いじゃないですか」
「だけど、もうこの世界に入ってから結構なるよ? 俺高校卒業して飛び出してきたクチだから」
指を折って数える。
紗里さんが一浪で今四年、ということは……
「あ、オズさんってもうそんな歳だったんだ」
「意外か?」
意外だった。
あんがいこの人は童顔の部類なので、つい忘れそうになる。
「ま、歳はあまり関係ない世界ではあるからなあ」
「オズさんは、ずっとこのバンドを続けてくつもり?」
「そりゃあ、このバンド、俺はかなり好きだから、できればメジャーに行きたいね。そりゃあまあ、メジャーに行くことがすべてじゃないけど、俺はドラマーだから、少しでも、その世界で生き残るためには、そちら側に入り込めた方がいい、と思うし」
「そういうもの?」
「俺はプレーヤーだからね。ケンショーと違って、曲を作るってことはできない。だけどドラムが好きで、それさえできれば、何の仕事だっていいんだ、本当言うと」
「ケンショーは…… 違うのかなあ」
「奴もプレーヤーと言えばプレーヤーなんだけど、その半分で、やっぱ、『音楽』をしたい、って奴だからさ。俺なんかの様に、ハコバンでもカラオケの裏方でも何でもいい、って奴じゃあないんだよな」
オズさんは当たり前の様に、そう言った。
でも実際、確かにケンショーにはそういうところがある。
そうでなくちゃ、あっさりとヴォーカルが逃げたから、って次のヴォーカルを探さないと思う。
「じゃあケンショーは、メジャーに行く行かない、よりはバンドで好きなことをやっている方がいい、ってことかなあ」
「……どうだろうなあ」
そうだ、という答えを期待していたから、オズさんのこの言葉は、少なからず僕を驚かせた。
「それだけじゃ、済まない奴だ、ってのは感じるんだよなあ。何となく。……めぐみちゃんは、どう?」
「え?」
いきなり振られて、僕は戸惑う。
「どうって?」
「メジャーデビウできる程のバンドになって欲しい?」
「……考えたこともなかった」
それは確かだ。
「人気が出るのは楽しいよね。確かに。僕は今まで、意識してる時に大声で歌ったことなかったから、歌って、僕の歌が好きで、それを表してくれるひとが居るってのは、すごく、嬉しい。だからそれがどんどん大きくなれば、それはそれで、すごく楽しいことじゃないかって思うんだけど」
だけど。
そこで僕の言葉は止まるのだ。
いっそメジャーデビウを目指してみようか?
僕の中で囁く声がする。
それも悪くない、と考える自分が居る。
それが単に、自分に降りかかる声援が嬉しいからなのか、背中から回される手の熱さと重みが気持ちいいからなのか、その時の僕には判らなかったのだけど。
アハネと顔が会わせづらい、ということもあった。
バイトとバンドはどっちも忙しかった。
特にバンドの方は、秋の終わりに作った配布カセットの評判も良く、ライヴの動員数も増えてるみたいだった。
ただ、このカセットには写真を使えなかった。
あの時のことがどうしても頭に引っかかって、せっかく撮った写真なのに、僕はずっとカバンの中にしまったままだった。
代わりに、と二色でなるべく「お洒落な」デザインのインデックスを作って見せたので、メンバーにはうなづいてもらった。
いや実際、写真を使ってフルカラー印刷を百枚も二百枚も刷るだけの余裕が無かったというのもある。
単色カラーの方がまだコストは低い。
「やっぱりいい感じになったねー」
とそのサンプルをカセットケースに入れた時、オズさんは言った。
「そうかなあ?」
「うん。俺的には、部屋の中に転がしておいて、友達が来た時恥ずかしくて隠したくなるような奴は嫌だからね」
「友達、ですか?」
僕はにや、と笑ってオズさんに訊ねる。
知ってるんだ。
この間、さっぱりとした感じの女性が一緒だったこと。
「……あ、めぐみちゃん、どっかで見たのか?」
「まあ一度。いい感じの人ですね」
「紗里はそういうんじゃないよ」
「でも、よく部屋に遊びに来るんでしょ?」
「時には寝たりもするけどね。だけど友達。……あー…… も少し言えば、昔の恋人」
「ええええええええ?」
「……そんなに驚くか?」
オズさんは露骨に嫌そうな顔をした。
だって、そんなに驚いた、から久々に声を張り上げてしまったのだ。
「高校ん時、田舎でそういう関係だったの。だけど俺がこっち来てから、自然消滅って感じだったんだけど」
「でも、こっちに居るじゃないですか。……まさか追って?」
「そのまさか…… と言いたいとこだけど、残念でした」
僕は首をかしげる。
「あいつは向こうで高卒でOLやってたんだけどさ、何かそれだけではやりきれなかったらしくって、大学受け直したんだよ。四大」
へえ、と僕は目を大きく広げた。
それはすごい。
「だからそーだな、今就職活動の真っ最中なんだわ。大変そうだよ」
「へえ」
「俺にはよく判らんけどさ、一浪で四大で女、ってなると、何か就職も大変らしいよ。それなりにちゃんとしたとこ、探そうとしたら」
「……ふうーん……」
ひたすらうなづくしかなかった。
前向きな人なんだな。
「めぐみちゃんは、どうしようと思ってる?」
「どうしようって?」
「いや、就職」
「え」
その単語が、バンドメンバーから出るとは僕はさすがに思ってなかった。
「だってさ、一応デザイン関係の仕事つきたくて、あの学校入ったんだろ?」
「んまあ、そのつもりだけど」
休んでばかりだけど。
「手に職があるってのはいいらしいぜ。あいつが言うには。だから紗里の奴も、何か紺色のスーツ着て、慣れないヒールはいて就職活動しながら、資格も取ろうっての。いや~ 俺には絶対真似できない」
「僕は」
言いかけて、詰まった。
オズさんはん? と首をかしげる。
「でもまだ、時間はあるから」
「まあ、そうだよな。めぐみちゃんはまだ若いし」
そう言って、子供にそうするように、僕の頭を撫でた。
「オズさんだって若いじゃないですか」
「だけど、もうこの世界に入ってから結構なるよ? 俺高校卒業して飛び出してきたクチだから」
指を折って数える。
紗里さんが一浪で今四年、ということは……
「あ、オズさんってもうそんな歳だったんだ」
「意外か?」
意外だった。
あんがいこの人は童顔の部類なので、つい忘れそうになる。
「ま、歳はあまり関係ない世界ではあるからなあ」
「オズさんは、ずっとこのバンドを続けてくつもり?」
「そりゃあ、このバンド、俺はかなり好きだから、できればメジャーに行きたいね。そりゃあまあ、メジャーに行くことがすべてじゃないけど、俺はドラマーだから、少しでも、その世界で生き残るためには、そちら側に入り込めた方がいい、と思うし」
「そういうもの?」
「俺はプレーヤーだからね。ケンショーと違って、曲を作るってことはできない。だけどドラムが好きで、それさえできれば、何の仕事だっていいんだ、本当言うと」
「ケンショーは…… 違うのかなあ」
「奴もプレーヤーと言えばプレーヤーなんだけど、その半分で、やっぱ、『音楽』をしたい、って奴だからさ。俺なんかの様に、ハコバンでもカラオケの裏方でも何でもいい、って奴じゃあないんだよな」
オズさんは当たり前の様に、そう言った。
でも実際、確かにケンショーにはそういうところがある。
そうでなくちゃ、あっさりとヴォーカルが逃げたから、って次のヴォーカルを探さないと思う。
「じゃあケンショーは、メジャーに行く行かない、よりはバンドで好きなことをやっている方がいい、ってことかなあ」
「……どうだろうなあ」
そうだ、という答えを期待していたから、オズさんのこの言葉は、少なからず僕を驚かせた。
「それだけじゃ、済まない奴だ、ってのは感じるんだよなあ。何となく。……めぐみちゃんは、どう?」
「え?」
いきなり振られて、僕は戸惑う。
「どうって?」
「メジャーデビウできる程のバンドになって欲しい?」
「……考えたこともなかった」
それは確かだ。
「人気が出るのは楽しいよね。確かに。僕は今まで、意識してる時に大声で歌ったことなかったから、歌って、僕の歌が好きで、それを表してくれるひとが居るってのは、すごく、嬉しい。だからそれがどんどん大きくなれば、それはそれで、すごく楽しいことじゃないかって思うんだけど」
だけど。
そこで僕の言葉は止まるのだ。
いっそメジャーデビウを目指してみようか?
僕の中で囁く声がする。
それも悪くない、と考える自分が居る。
それが単に、自分に降りかかる声援が嬉しいからなのか、背中から回される手の熱さと重みが気持ちいいからなのか、その時の僕には判らなかったのだけど。
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