反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

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第5話 七日目の夜には髪のリボンが上級生の手で解かれていた。

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 ふっと自分の周りの気温が下がるのをGは感じていた。それほど接近していたことに、彼はようやく気がついた。
 はあ、と大きく息をついた。ずる、と背中が壁にへばりついたまま落ちていくのを感じながら、緊張が解けていくのを感じた。
 その元凶は、あはは、と笑いながら上着のポケットに手を突っ込んでその部屋から出ていった。
 Gは全身で安堵した。
 額から背中から汗が一気に吹き出すのを感じていた。
 何が起こったのか、頭は一気に整理しようと努力を始めていた。
 ―――それだけで済んでほしい、と彼は思った。

 だがそれだけでは済まなかった。

 翌日も上級生はやってきた。ただその時は、ただ右の横で面白そうに彼の様子を見ていただけだった。
 そしてその「ただ見ているだけ」が奇妙に彼に不安を起こさせた。
 視線が、絡み付くような気がした。
 別にどうということもないのに、腕が背中が妙に服の布地にすら敏感に反応していた。

 さらにその翌日は、真面目に歌の練習をした。
 その翌日もそうだった。最初の日のように、あからさまに接近するようなことはなかった。
 だが明らかにそこには作為があった。無論それにはGも気付いていた。
 だからと言って、その時の彼がどうやって逆らえただろう?
 必ずと言っていい程彼の右側から接近した上級生は、自分の声が彼に対して持つ力に気付きだしていた。
 Gもさすがに、そんに日々が五日も続くうちには訊ねていた。ピアノと上級生の身体の間にはさまれるような形で。
 人と人との至近距離に慣れていない訳ではない。母星に居た頃にはそれなりにそういうこともあった。
 そういった関わりはたまらなく好きという訳でもないが、嫌いでもない。
 なのに、全く違う。
 動けない自分自身に戸惑った。
 鼓動が激しく、うずくように、治まらない自分を持て余した。
 絞り出すような声で、彼はようやく、ほんの数センチ程度の距離に居る上級生から目をそらしながらつぶやいた。
 声がかすれていた。

「あなたは…… 僕をからかって、楽しいんですか?」

 すると上級生は、平然とした顔で言った。

「当然だよ。楽しい」
「どうして……」
「さあどうしてだろうね?」

 それまで座っていた彼は、何となく怒りに似た感情を覚えて、立ち上がった。
 だがそこでそうすべきではなかった。後の祭りだ。
 ピアノの鍵盤が、彼の手のひらの下で、悲鳴のような不揃いの音を立てた。
 その音に彼はふとバランスを崩した。そこを上級生の大きな手が後ろから支えた。Gは反射的に顔を上げ、自分の目の前の相手を見た。視線が不本意にも、まともに合ってしまった。

「やっとこっちを見た」
「……」

 背中に回された大きな手に力が込められるの。強く引き寄せられる。熱い手のひらだった。
 おかしな位に力が出ない。
 大して自分と変わらないくらい、下手すると身長なんかは自分の方が大きいかもしれないのに、はね除けようという感情が何処かへ飛んでいってしまったのだろうか。

「放して下さい」

 絞り出すような声は、言い訳に似ていた。
 上級生は、簡潔な答えを返す。

「嫌だ」

 引き寄せられ、体温が伝わってきた。
 ひどく熱かった。だがそれがどうしようもなく、心地よいのに気付くのには時間はかからなかった。

 七日目の夜には髪のリボンが上級生の手で解かれていた。


 
 それからずっと、こんな関係は続いている。
 悪くはない。
 Gはそうずっと思っている。
 強烈に、胸を焼くような思いはないが、明らかにその声はどんな刺激よりも自分を酔わせるものだった。
 奇妙なことに、右の耳から入った時だけにそれが反応するものだから、普段は右側に立たないでくれ、と彼は言っているのだが―――
 それ自体、アンジェラスの人間が必ず持つ、何らかの特殊能力の一つなのだろう、と想像することはできる。
 だが自分以外の人間に、この年上の友人がそれを使ったという話は聞いたことがない。一見軽げにも見えて、それでいてこの友人は、妙なところで頑固なのだ。無論そんなことはつき合いの浅い相手には決して見せないのだが。
 つまりは自分は、この年上の友人から充分以上に好かれているのだろう。そう彼は長いつきあいの間に納得していた。
 この先輩は、優秀な軍人――― 多少の軍規違反をする時はあったが――― でもあったから、後輩の自分に教えられることは全て教えてくれた。おかげで彼もまた、この友人と同じ地位にまで昇っている。
 ではこれが果たして恋愛かどうか、と問われると、言葉を濁したくなる。
 確かに他の人間よりはずっと好きだし関係は持っているしその関係が気持ちがいいのは事実だ。
 だが熱い感情があるのか、と言われると、彼はそう断言できない自分に気付くのだ。
 悪くはない。平和な時代など知らないのだから、こんな関係もこれなりに。そういうものだろう。
 そう彼はぼんやりと考えてしまうのだ。人間のつき合いなんてそんなものだろう、と自己弁護まじりに。

「そう言えば、あのレプリカの首領ってさあ」

 耳に飛び込む声に、彼はうつ伏せたまま、軽く友人の方へ顔を向けた。元々明るくもない部屋だが、さらに逆光で、相手の表情が見えない。

「何?」
「あれは一体、何処から送った映像なんだろうな? 転送されてきたとは言っていたけど」
「マレエフ上の何処かからかも知れない?」
「まあな。それも考えられる。そしてそれを隠すためにわざわざ転送したということも」

 鷹の言葉に、彼は目を伏せた。
 モニターの中のレプリカの首領。大きくくっきりとした二重の目に浮かぶ、強烈な、そして残酷さまでもはらんだような視線を思い出す。
 あれをレプリカと考えることの方が彼には難しかった。
 強烈な視線。強烈な声。

「何でいきなり、奴ら、あんなこと言い出したんだろうな」

 Gはつぶやく。

「必要があるからじゃないのか?」
「何の? それに今更?」
「奴らの思考回路は、判らないよ。俺達には、偉大なる第一世代のようなテレパシイはないからな」

 そうだね、と彼はうなづいた。
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