七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第64話 上級生の夜這い

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 その日は、全新入生徒が寄宿舎に入った日でもあった。揃って食事をし、寄宿舎での暮らし方を舎監や最上級生が説明をする集まりがあった。
 ようやくそれら集団のもろもろから解放されたのは、もう消灯の十時半まで十五分、というところだった。

「消灯時間がさすがに遅くなるわね」
「前はもっと早かったんですか?」
「九時半よ」
「一時間は大きいですね」
「そうよ。だからほら、みんな眠そうだったでしょ?」
「なるほど」

 そのあたりの会話は普通の声である。そしてナギは耳打ちする。

「……昼間も言いましたけれど、とにかく今夜だけは大人しくしていて下さいな」
「……だから何があるって言うのよ」
「……だから口では説明しにくいんですってば」
「……判ったわよ、でもちょっと耳に息吹きかけるのはよして」

 シラは何となく困ってしまうのだ。

 十五分後、予告通り消灯された。
 「消灯」時刻というのは、生徒が自発的に明かりを消すのではなく、主電源が切られる時刻のことを言う。何をしていようと強制的に。
 大人しくしてろと言っても。
 シラは初めてのベッドの中で何となく、なかなか寝付かれなかった。ナギは眠っているのかどうか判らないが、ぴくりともしない。
 あまり厚くないカーテンを通して月の光が差し込んでくる。妙にそれが目にうるさい。
 それでも何となく、うとうととしだした頃だった。
 かさかさ、と音がする。

 何の音だろう?

 今まで夜にそんな音を聞いたことはなかった。かさかさ、は天井からだった。天井の裏、上の階で何かが動いている音がする。
 五階建ての寄宿舎の、新入生は一番公共の場である食堂や集会室に近い三階である。上で音がする、といえば、上級生が動いているに違いない。
 初めて見た上級生は、「大人」に見えた。確かにそうだ。何せ、自分達はせいぜい子供に毛が生えた程度だが、上級生の中には、卒業を待たずに結婚する者もいるのだ。
 まあそれはそれだ。何かその上級生の部屋で音がする。
 耳を澄ます。階段を降りる音が聞こえる。さすが古い校舎。

 降りてくる?

 シラはその意味を考えた。

 つまりは新入生の方へやってくるってことじゃない!

 ベッドの中で身体を丸める。

 見回りだろうか? ちゃんと眠っているかどうかとか…… 

 だけどすぐにその想像は違うことに気付く。

 それなら、こんなに足音が乱れているはずがない!

 確かに足音は乱れていた。その足音は、時々止まる。耳を澄ます。扉を開ける音が聞こえる。……しばらく静かになる。そしてまた動き出す……

 何?

 シラは相棒の方を向いた。やっと月あかりだけの室内に目が慣れてきた。……相棒はやれやれ、という調子で腹這いになって両手でほおづえをついていた。
 落ち着いている。不気味なほどに。

「ナ……」

 し、と唇に指を当てる。とにかく今夜だけは。そう言いたげに軽く手を振る。
 隣の扉が閉じる音。足音が近付いてくる。
 かち、とノブを回す音がする。来た!
 シラは眠ったふりをする。目を固く閉じて、何がやってくるのか待つ。何がやってくるにせよ、来なくては判らない。
 揺さぶられる。起こされるのだ。起きたふりをする。誰かの手が目を塞ぐ。誰かの手が腕を掴む。
 ぞくり、とシラは全身に悪寒が走るのを感じる。
 ふわり、と肌にひんやりとした感触が走る。羽根ふとんと毛布がはねのけられたらしい。
 そしてそれだけではない。
 器用な手が、前開きの寝間着のボタンを素早く開けていった。
 掴まれた腕が一瞬離され、そのすきに寝間着の腕が抜かれる。
 そして今度は片方づつが掴まれるのがわかる。
 戸惑っているのに…… 焦っているのに、自分が冷静に事態を見ていることにシラは驚いた。
 片方の腕を一人づつが押さえる。
 両手で掴んでいるからきっとそうだろう。
 大きく横に広げられているから、手首のあたりからもうベッドからはみ出ている。

「ああ丸い可愛い胸だ」

 甘い声が聞こえる。何か聞き覚えがあるような気がする。もしかしたら、先刻の説明会で話していた誰かかもしれない。

「ん~とても可愛い」

 何かが触れていく。あちらともこちらとも知れずに触れていく。
 何人居るのかも、どうしたいのかも、まるでシラには判らない。
 目は閉ざされたまま。

 何処にこんな大きい手の上級生がいるんだろう?

 頭が全然動かせない。
 気がついたら、下にまでふっと冷たい風がかかるのをシラは感じていた。胸のあたりに気を回しているうちに、下履きまで取られていたらしい。
 確かにこれは無茶苦茶だ、と彼女は思う。
 だが大人しくしていないと、もっと何をされるか判らない。相棒の言うことはこういうことだったのだろうか?

「……ああこれは極上品だよ」

 誰かのつぶやきが聞こえる。だがそれは自分に向けられたものではないらしい。声が遠い。
 では相棒もそうされているんだ。シラは気がついた。
 そしてとりあえずそっちに気を移すことにした。とうの昔に驚きは峠を越していた。
 シラは、自分が驚きや怒りが度を過ぎると、妙に冷静になるのを知っている。父親が本当の父親でないと知った時のように。
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