七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)

第109話 『海の危険』

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 ただし相応の宿代は先払いした。そうでないと公平ではない、とナギは言う。
 用意された部屋は、そう広くはない。飾り気もない。
 あるのは、大きめの寝台が一つと、食事がとれる程度のテーブル、そして洗面台だけだった。窓には白い格子がはまっている。
 なるほど、とユカリはその窓を見てここが何だったのか、納得した。

「こういう所だったんだ」

 きょろきょろとユカリは辺りを見渡す。天井の飾り絵が妙に気になる。

「落ち着かないようだな? こういう場所は初めてか?」
「まあ確かに」
「別に恥じなくてもいいだろう。無ければ無いにこしたことはない」
「いや俺は別にいいんだけど、ナギあなた、俺をそういう連れと今度は思わせてるんだよね?」
「ああ」

 あっさりと彼女は言った。

「何でまた」
「馬鹿かあなたは。違うとでも言ったら、こんな所では、適当な女の部屋に入れられて、搾り取られるぞ」
「それは嫌だな」
「だろう。それに、ちょっと気になる」
「何が?」
「しっ」

 ナギは唇に指を立てた。そして辺りを見渡すと、壁寄りに置かれた鏡の裏に手をやる。彼女はそこから線のついた何かをつまみ上げた。

「それ……」

 しっ、と再び彼女は唇に指を置く。そしてカバンの中から小さな手帳を取り出すと、さらさらと書き付けた。

『昔からそうなんだが、不審な客は、こういう部屋に通すんだ』

 なるほど、と彼は思った。それはひどく単純な型ではあるが、有線の盗聴器だった。彼はナギからペンを借りて、彼女の書いた下に書き付ける。

『それでは俺達は何か疑われているというのか?』
『不審は不審だろう? 海を調べようなどというのは。だがここだったらまだ、不審がられていることが判るからいい』

 確かにそうかもしれない、と彼は思った。あらかじめ疑われてることが判っているなら、相手の出方をある程度判っている方がいい、とナギは言っているのだ。

「ところでその、あなたの友達の海に沈んだ時、っていうのは、船だったんだ?」
「そう」

 ナギも音声に戻る。

「凪いだ夜だったらしいんだが。まずそれで単純に沈む、というのはあり得ないだろう? だけど船そのものが戻ってこなかったらしい。で、例の『海の危険』だ」
「海の危険?」
「原因も何も分からない、霧が延々とかかって、向こう側も見えない。そしてその霧に入った途端、そこから出られなくなる」
「調べに出ることも、できなかったと」
「そう」

 全くの嘘という訳じゃないんだ、とナギは書き付けた。

「男爵は、決して行動的に誉められた奴ではないし、私も決して好きではなかったが、何はともあれ、商人だ。そのために連合のことに詳しい、それでいて結構当局からは目をつけられているような学者達をそばに置いていた。まあ持ちつ持たれつ、というところだな。向こうは隠れ住まわせてもらっているだけで十分だし、こっちは普通ならよっぽどの高額支払わなくてはならないような学者さま達から一流の講義が聴けるのだからな」
「なるほど」

 しかしそれは聞こえてもいいのか、と彼は思った。ナギがそのあたりを考えていない訳ではないだろうが、ふとそれは彼も気になった。

「で、知りたいのは、そのあなたの友達が消息を絶った地点ということだけど。それは要するに、どういうこと?」

 彼女は黙って、さらさらと文字を書き付ける。

『普通は、遠いんだ』
「というと?」
『若い女が手漕ぎの船で行けるあたりには、無いはずなんだ』

 ああ、と彼は納得した。つまり彼女が知りたいのは、その地点に海岸から近づくことのできる場所なのだ。

「だけどそれが判ったら、あなたは」
「無論行ってみるさ」

 当たり前の様にナギは言った。そして腕を胸の前で組んで、それがどうしたという様に彼を眺める。

「けどそれは危険じゃ」
「ああ、必要なものがあるな。ユカリは、これを作れるだろう?」

 そしてまたさらさら、と書き付ける彼女の手を見るうちに…… 彼は「げっ」と思わず声を立てていた。

   *

 軽い食事だ、と言って女将が扉を叩いたのは、それからそう時間の経たないうちだった。
 それまで厳しい顔をしていたナギは、ぱっとその表情を切り替える。
 手がふさがっているだろう女将に、扉を開けてやると、その盆の上には、お茶の支度と軽い食事、それに巻いた紙が乗せられていた。

「あんた別にお茶に好みはなかったよね? ナギちゃん」
「何でも。そうだっだろ?」
「そうだねえ、あんたは何でも好きだったねえ」

 人のいい笑みを浮かべて、ほらこれが地図、と女将は広げて見せた。この近くの、縮尺の少ない地図だ、とユカリは判断した。そしてふと、こんな言葉が口をついた。

「ああ、ここから海はそう遠くないんだ」

 実際にそうだった。地図の上に記されたこの町は、ちょうど入り江に面した場所だった。しかし歩いて行くにはやや遠くないか、と彼は縮尺からおおよその距離を推し量る。

「で、ここ?」
「そう、ここいらだったね。あの子が船を出したのは。それはいいけど、あんた達、冷めないうちにお食べよ」

 ありがとう、とナギはにっこりと笑った。
 女将が出て行った後、ユカリはその運ばれてきたお茶をカップに注ぐ。そして呑もうとした時――― 彼女はその手を止め、首を横に振った。呑むな、ということか、と彼は理解した。
 彼女は自分のカップにも一杯注ぎ、それから洗面台に流した。そしてこちらは良い、とばかりに盛られた菓子を指さす。
 だがそれは、水気の少ないパンの様な、少し腹にたまる類のものだった。
 茶無しで食べるにはやや無理があるし、おそらくはだからこそ、それが出されているのだろう、と彼も思った。
 ナギは平気な顔をしてそれをかじる。
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