バンドRINGERを巡る話⑤決して彼女には気付かれてはいけない。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
13 / 26

第13話 『できれば、判らない方が楽だけどね』

しおりを挟む
「―――と思うんですけどね」

 向こう側で、笑う気配。
 卒業式の日、手首に書かれた住所と電話番号は、机の上の卓上カレンダーに引っ越した。
 さすがに遠距離も遠距離なので、そうそう回数も時間も掛けられないが、ワタシは時々、向こう側の先輩と連絡を取っていた。

「何で笑うんですか」
『だってあまりにもお前らしすぎ』

 ワタシも苦笑する。
 不思議なもので、それまで面と向かって話すと話せなかったことが、電話を通すと、妙に気楽に口から出てくる。
 それは向こうも同じだったらしい。ナオキ先輩の口調からは、同じ種類の、吐き出し口を求める気分があふれていた。

「そっちは、どうですか?」

 ワタシは「そっち」での彼の思い人のことを訊ねる。

『うん、元気だね。ちょっと前が、新入生歓迎シーズンの真っ盛りでさ。奴の大学、お城の門から入るだろ』
「お城の門ですか」
『そ。城下町だからね。俺のとこはそうでもないけど、あのあたりは結構観光地にもなってるからさ。歓迎会とかもうどんちゃん騒ぎ』

 へえ、とワタシはくすくす笑う。

「先輩はどうですか?」
『うちの大学も結構いいよ。エントランス入ると、でかいニケが居るの』
「でかいんですか?」
『でかいんだよ。一つ一つの教室は決してでかいとかいうんじゃないけどさ。ちゃんと図書館には、美術関係ばっかり』
「いいなあ」
『お前は何やりたいか、判ったの?』
「まだ。でもたぶん純粋絵画ですよ。先輩確か、商業デザインでしたっけ」
『そ。上級生の話聞くとさ、新しい店の開店を予想して、広告計画を立てる、とか、パッケージをデザインして紙の段階から考えて試作品を作る、とか何かすごい、トータルなことできそうで、俺は結構わくわくしてる』
「へえ」

 それは確かに、彼の口調からも想像できた。

『ま、そういうのもありだし、単にイラストレーションを卒業制作に作る人も居るみたいだし。ああ、卒業制作のパンフレット見せてもらったんだけど…… おいヤナセ、聞いてる?』
「聞いてますよ」

 何か妙に楽しい。今までただ突飛な行動はしてきても、ワタシ達の前では先輩先輩してきただけの人と思っていたのに、こうも、冒険に出かけたような子供の口調で話すとは。
 目を閉じて、端末の向こう側の相手の声に神経を集中する。

「ただそういう先輩の話、聞いてると、色々考えてしまうんですってば」
『考えるのはいいことさ。思考を惜しむとだんだん頭も鈍るからね』

 そうですね、と言いながらワタシは頭の半分で考える。
 何をしたいんだろう。
 確かに絵を描くことは好きだが、それを仕事にしたいのか、それともただひたすら趣味の範囲で好きな様に描いていたいのか。それすらもまだ今のワタシには判らない。

「やっぱり予備校とか行った方がいいですかね」
『まあ受験のテクニックとか知るにはな。あれは便利は便利だ。客観的に例えばデッサンの狂いとかは修正できる。だけど好きかどうかというと別だよな』
「そうですか?」
『俺はデッサンってのは、確かにちゃんと形を捉える訓練だとは思うんだけどさ、それ以上に、ちゃんと形を捉える目を作る訓練だと思うんだよ』
「と言うと?」
『だから、人間の目だからさ、絶対見ているものに何かの気持ちが入り込んでしまうだろ?だけど、だんだんそこにあるものを見つめていくうちに、何か、頭の中で考えることが消えてくんだ』
「思考を惜しむと馬鹿になるんじゃないですか?」

 ワタシはくす、と笑った。

『ったく揚げ足取りだなもう。つまり感覚と手が、直結するって感覚。お前判るか?』
「……ああ」

 思わずワタシはうなづいていた。

「それなら、判る」
『だろ? だからその感覚とか、目と手を直結させる訓練というのは判るんだけどさ、それを何時間以内に完成させるためのテクニックって奴をああいうとこでは習うんだよ。悪くはないさ。それは手順としては確かに正しいんだと思うんだよ。だけどさ』
「何か違う」
『そう』

 ワタシは再びうなづいた。

『いやたぶん、ある意味間違ってはないとは思うんだ。その学校でやっていける能力を推し量る意味だからさ。ただ、ああいう所に行っていると、どうも周囲が、訳判らなくなってきたからさ』
「どういう風に?」
『目的と手段がさ、逆転してる感覚って、お前判る?』
「いまいち」
『あくまで、デッサンも、平面構成も、その大学なら大学で、学ぶための基礎の基礎だと思うし、その大学だって、あくまで手段じゃないかな、と俺は思うんだけど』
「先輩」
『何だよ』
「もしかして、落ち込んでません?」

 ばれたか、と向こう側の声は答えた。

『で、お前はどうなんだよ』
「ワタシですか? 未だに判りませんよ。何にも。進学のことも、サエナのことも。先輩は、いつ気付いたんですか?」
『俺は外部生だったからね。高校入ってからちょっとしてから。別にその趣味はなかったから、気付いた時にはかなりのショックだったね』
「先輩でも?」
『そりゃそうだろ』
「じゃあ、それはどういう感じ、なんですか?」
『どういう感じって?』
「判らないんですよ、ワタシには。誰かを特別に好き、という感覚が」

 ヤナセ、と相手はワタシの名を呼んだ。

「いや特別、は判るんですよ。サエナは特別。だけどその特別が、先輩の言う特別とは、どう違うのかどう同じなのか、ワタシには判らないんですって」
『できれば、判らない方が楽だけどね』

 やや自嘲気味の声が届く。

「でも、判る時には、判ってしまうよ。それだけは俺も言える。判らなかった方が良かったかもしれないって、今でも思ってるからね』

 そういうものだろうか、とワタシは思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...